18
4月

2016年4月18日(月)   ≪都立文化財9庭園の一つ『六義園』≫

東京都内に存在する≪都立文化財9庭園≫を全て言える人は、少ないと思う。端から挙げてみよう。 中央区にある「浜離宮恩賜庭園」、港区海岸にある「 旧芝離宮恩賜庭園 」、文京区後楽にある「 小石川後楽園 」、同じく文京区の駒込にある『六義園』、 墨田区東向島にある「向島百花園 」、江東区清澄にある「 清澄庭園 」、北区西ヶ原にある「 旧古河庭園 」、台東区池之端にある「 旧岩崎邸庭園 」、そして国分寺市南町にある「殿ヶ谷戸庭園」である。これらの庭園は、「日本三大庭園」には選ばれていないものの、江戸、明治、大正時代の歴史の中で震災や戦災、進む都市化の中で残された何れも国や都の文化財に指定されている貴重な存在だ。

斯くいう私、昨日私の兄弟の集まりで『六義園』を訪れた。この庭園は、五代将軍・徳川綱吉の信任が厚かった川越藩主・柳沢吉保が元禄15(1702)年に築園した和歌の趣味を基調とする「回遊式築山泉水」の大名庭園である。中には、「つつじ茶屋」や「滝見茶屋」、「蓬莱島(ほうらいじま)」や「藤代峠」、「渡月橋」や「妹山(いもやま)・背山(せやま)」、「蛛道(ささがにのみち)」などを配し、桜の季節には「内庭大門」の広場に咲き誇る枝垂桜は、目を見張るものがあるという。江戸時代の大名庭園としては、最も代表的なものだが明治時代に入って、三菱の創業者である岩崎弥太郎の別邸となったが、昭和13年に岩崎家から東京都に寄贈された。(写真をクリックしてください)

IMG_0655IMG_0656IMG_0661IMG_0658IMG_0660IMG_0664

名前の由来は、中国の詩の分類法(詩の六義)にならった古今集の序にある若の分類の六体(そえ歌、数え歌、なぞらえ歌、たとえ歌、ただごと歌、いわい歌)に由来したものだそうだ。(「説明書き」参照)普段、長男の家が近いため側を通ることが多いが、私は初めてだったので都内の喧騒の中にあるこの庭園に魅せられてしまった。但し、桜の花が咲く季節を外したのが残念だった。その後、お年寄りの街としてしられた巣鴨の「地蔵通り商店街」に回ったが、意外と若い人が多いのには驚いた。何でも最近は、「ガモラー?」と言って若い人が集まる街に変身したという。

話は変わるが、『六義園』を散策した際に雰囲気が似ている熊本の『水前寺公園』をふっと思い出してしまった。今頃、『水前寺公園』はどうなっているのだろうか?