平成23年4月の経営統合を目指してキリンホールディングスとサントリーホールディングス間で、昨年の7月から進められていた統合交渉が決裂した。両社による統合交渉が開始されるというニュースは、戦後最大の合併話として経済界に激震が走った。結局、財閥系と創業者グループが厳然と力を有するビッグな両社は、仲良しにはなれなかったのである。『大山鳴動してネズミ一匹』と言ってしまえば語弊が有るだろうが、サントリー側の二つの要求をキリン側としては、飲めなかったという事らしい。
即ち、サントリーが統合新会社の発行済み株式の3分の1超を同社の創業家一族が握ることを「絶対条件」とした事とキリンの医薬品事業「協和発酵キリン」の統合後数年以内に売却するよう求めた事である。大袈裟かもしれないが、恐らく三菱グループの一部からは、サントリーの創業者鳥井一族の「キリン乗っ取り工作」との意見も出たのではないだろうか?又、サントリー側すれば事前にキリン側からは了解を得ていたという主張らしい。折しも昨年のビール系飲料(ビール・発泡酒・新ジャンル)のシェアが、微差ながらアサヒを抜いて9年ぶりにトップに返り咲いたし、サントリーも最高益を計上したため互いに早急な統合の必要性を欠いたのだ。
前にも書いたと思うが、三菱グループには創業者である「岩崎家」の影が無いのに対して、サントリーは株主として「鳥井一族」が今も君臨しているらしい。グローバル化を目指した両社の縁談?は土台無理だったのかもしれない。そう言えば、経営再建中の日本航空も稲盛さんの判断でデルタ航空との提携話を白紙に戻したそうだ。企業文化が異なる会社同士のM&Aは、難しいものだとつくづく思い知らされるニュースである。
![]()
先週末、「インビクタス/負けざる者たち」という映画を見た。反アパルトヘイト運動で27年間投獄され釈放された後、南アフリカ共和国大統領となったネルソン・マンデラと、同国のラグビー代表チームのキャプテンとの人種を越えた友情を、クリント・イーストウッド監督が心に沁みる作品に描き上げた映画である。20世紀最大の指導者と言われる南アフリカの元大統領ネルソン・マンデラ氏をモーガン・フリーマンが、1995年ラグビー・ワールドカップで優勝した南アのキャプテン、フランソワ・ピナールをハーバード大学中退の俳優マット・デイモンが好演している。
マンデラ氏の関する映画は2007年制作の「マンデラの名もなき看守」という素晴らしい映画が過去にも有ったが、今回の主役には彼自信がM・フリーマンを指名したそうだ。M・フリーマン、M・デイモン共にアカデミー賞の主演及び助演男優賞の呼び声が高く、どちらかが確実に受賞するだろうと言われている。人種差別と言えばやはりアメリカに於けるアングロサクソン系の白人達がブラック・アフリカンを蔑視続けた歴史を我々は思い起こすが、実は我が国でも厳然と長きに亘って"差別"は存在した。
江戸時代に確立された身分制度に、「士農工商穢多(えた)非人(ひにん)」というやつがある。当時は、商人の下は人間扱いされなかったそうだが、「穢多」ということばの文献上の初出は13世紀においてであり、『天狗草紙』(1296)などに見られる。又有る文献には、「河原の辺に住して牛馬を食する人をゑたとなつく、如何」と書かれており、江戸幕府の公文書にも1644年以降に現れてくるそうだ。明治以降彼らが集団で生活することが多いため「部落民」と呼ぶようになったみたいだが、私の知る限りでは東京より以西、特に信州・関西・九州に多く居住していたようだ。
戦前までは、戸籍で区別していた制度も廃止され今では人々の移動もあって事実上判別出来なくなったが、社会党の代議士であった松本治一郎 氏が1946年に設立した「部落解放同盟」は今でも厳然と存在する。世界的には、インドの「カースト制度」などが有名であるが、最も悲惨な例は第二次大戦でドイツの独裁者ヒットラーがアインシュビッツ収容所で約100万人のユダヤ人を虐殺した事件であろう。又、我が国でも支那事変の折、南京で20万人とも30万人(但し中国側の発表)とも言われる中国人を虐殺した消し去る事が出来ない歴史が存在する。
今年は、今週末から開始される「バンクーバー冬季オリンピック」や5月から開催される「上海万博」、そして6月から32カ国が参加して熱戦が繰り広げられる「サッカー・ワールドカップ南ア大会」が開催される。今やインターネットで世界は一つになり、完成すればサッカー場とほぼ同じ大きさとなる「国際宇宙ステーション」には、我が国の野口宇宙飛行士他世界各国の宇宙飛行士が長期に滞在している。そろそろ「人種差別問題」とは、おさらばして「地球環境問題」に真剣に取り組む時期に来たようだ。正に、"地球は一つ"である!
2010年2月5日(金) ≪私の趣味教えます≫
数少ないこのブログの愛読者から、たまに感想を頂くことが有る。それに依りますと概ね私が苦労しながら調べて書いた事よりも、私がこれまでの人生で体験した事や感じた事、或いは趣味等の話題が面白いと仰る方が多い。そこで、改めて無風流な人間だが数少ない私の趣味に付いて語ってみたい。
①先ずは「下手の横好き」、ゴルフの話題である。ゴルフは、私が新入社員として会社に入って間もない頃、上司から「筆おろし」をして貰って以来続けている。その頻度は別として、キャリアだけは35年以上と極めて長い。今年から又、スコアーをPCに取り込み始めたが、1月は既に5回プレーしており、平均アベレージは95.8でパット数は35.6である。これからすると、ハンデキャップは24となりオフィシャルハンデよりも10ほど悪くなる。本当の事を言うとそれが実力で、年末に息子たちプレーした際に、「お父さんと久しぶりにやったけど、飛ばなくなったね!愕然としたよ」と言われ、自分自身でも意識していたが、私も愕然とした。
②次に麻雀と将棋である。麻雀は、大学時代からなのでこれも随分と長くやっているが、最近はメンバーが揃わず月に1回か、2回程度か。九州在任当時は、好きな連中が居て勤め先が近い事もあって年間90回も打った事があったが、略4日に1回の割合である。現在のメンバーは、同業者の社長やトラックディーラーの部長、元建機関係の商社マンで今は自営の方、或るいは中古トラック買い取り業者の社長さん達である。私の勝率は高く、略8割程度は有るだろう。従って私に対するマークは厳しくなるが、それを掻い潜って和了るのは、楽しいものである。実は昨日も急遽御開帳となって、勝たせてもらった。将棋は、前にも書いたが"ヘボ"で、相手は只一人、同じヘボの同業者の社長さんである、今日あたり「胸を貸そうか?」と思っている。
③次に映画であるが、これも何度か書いたのでご存知の方もいらっしゃると思うが、私は洋画以外一切見ない。洋画であれば、アメリカ映画やイギリス映画、フランス映画やドイツ映画、そして勿論イタリア映画やスウェーデン映画・ポーランド映画・ロシア映画何でもござれである。基本的には、アジア映画も殆ど見た事がない。近々、ワイフとジョン・カーリン原作のノンフィクション小説をイーストウッド監督で映画化した「インビクタス」を見に行く積りでいる。
④もう直ぐ、カナダ・バンクバーオリンピックの幕が切って落とされるが大いに楽しみである。大方の男性がそうであるように、ボールゲームや格闘技等のスポーツ観戦が大好きである。最近つまらなくなったので「プロ野球中継」や「Jリーグ中継」「大相撲中継」などは見なくなってしまったが、オリンピックやワールドカップ等の国際試合は、必ず観戦する。その他にも、「K1」や「ボクシングのタイトルマッチ」或いはボールゲームの格闘技「ラグビー」なども見てて楽しい。
⑤音楽も学生時代に「グリークラブ」や「フォークソング」をやっていたので、自分で歌う事も見る事も好きである。昔は、ピアノやギターの弾き語りで歌う事が好きだったが今は専ら皆さんと一緒で、「カラオケ」である。歌謡曲は苦手で洋楽以外では「アリス」の曲や「松山千春」の歌が比較的得意??である。去年は、東京ドームに「サイモンとガーファンクル」を見に行ったが、今月の11日に兄貴とさいたまアリーナに「ホイットニー・ヒューストン」を聴きに行く。
その他にも、私にとって定番の「読書」や「赤ワインの試飲」なども有るが、誌面が無くなって来たので次回に譲る。又、私の紹介の欄にある「詩吟」は、今はやっていない。そして、これは趣味と言えるかどうか判らないが、のめり込むのが怖くてずーと封印していた「株取引」を数年前から始めた。トータルでは損をしているが、小遣い程度でやっているから高が知れている。
よく日本人には、物事を決める際に白と黒の間に"灰色"が有ると言われる。要するに、都合が悪いと「曖昧」(あいまい)に事を済ませるケースが多いのだ。東京地検特捜部は昨日、政治資金規正法違反(虚偽記入)容疑で告発された民主党の小沢幹事長を不起訴処分とする方針を固めた模様だ。民主党の一部議員は、"自浄作用"が必要だと語っているものの、恐らく小沢はこのまま幹事長職に居座るだろう。
一方、泥酔暴行問題で物議をかもしている朝青竜も相手と示談が成立したそうで、一部に成るべく穏便に済ませようとする雰囲気が見え見えである。又、相撲協会の理事選で造反し一門に居づらくなり一旦退職の意向を明らかにした安治川親方が、世間の評判を恐れた一門の幹部たちが慰留したらしく、一夜明けると発言を撤回し協会に残ることを表明した。何れも「曖昧」な決着?で、推移を見守ろうという日本人独特な考え方に依るものである。
よく私は、興味ある日本語を英語では何と言うか「和英辞典」で引いてみる事がある。今回も調べてみた処、「曖昧」は"ambiguous"と言うらしく本来の意味は「多義的・不確かな」という意味があるそうだ。要するに選択肢を未だ残して置くという事だろう。私は、過去に仕事で外国の方とお会いする約束をすると時間的に余裕が有るにも拘わらず、必ず先方は何月何日の何時何分ですか?と聞いてくる。今出来る決めごとは、今決めておこうと思うらしくこの風潮は、中国人を始めとするアジア人も同様である。要するに、日本人の「中庸を良しとする」と言う常識は、外国人には通用しないのである。
私が思うに、小沢や朝青竜は早く辞めるべきだし、安治川親方も一旦男が口に出したことは翻すべきではない。正に、現在先送りしている「普天間基地」の移転問題もアメリカ側すれば"何を今さら"という感じかもしれない?
<どう見ても2人共善人の(*^_^*)ではない!>
我が千葉県には、現在約5,157平方キロメートルの面積(全国28位)の中に6,187千人(同6位)の人が住んでいる。都道府県ランキングでは、県民総所得・就業者数・住宅着工戸数・漁獲量・工業製品出荷額・銀行預金残高・小学校数・人口増加率・若者数?・グーグル検索数等が人口同様6位だそうだ。世帯数・自動車保有台数・銀行貸出残高・駅の数は7位らしいが、工事出来高・ゴルフ場の数が5位、観光客数が4位、農産物産出額とラーメン屋の数が2位だそうだ。(自殺者数は7位!)
ご承知の通り千葉県は、東西・南を海に接して居り、所謂袋小路状態が災いして首都圏に於いて神奈川や埼玉に後れを取る事が多々有ると言われている。又、昔からヤクザが多い事でも知られているが、我が県が生んだ代表的な偉人の1人に「伊能忠敬」を挙げる人が殆どだ。物の本に依ると彼は、九十九里に生まれ不幸な少年時代を過ごしたが、勉学をよくし養子先の商家では事業を3倍ほどに拡大させた後に、50歳で暦学や天文学を学ぶため江戸に出たという。
51歳で江戸幕府の天文方を勤める19歳年下の高橋至時(よしとき)に師事し、瞬く間に暦学を学ぶ一方で自費で高価な当時の観測器具を購入し、寸暇を惜しんで測量技術の習得に没頭したそうだ。彼は寛永12年(1800年)、56歳の時に江戸幕府に建言して蝦夷地、今の北海道から第1次測量を開始した。ロシアとの関係が緊張し始め事もあって、慌ただしく出発忠敬を含む6人は、十分な機材を持たず、距離の測定は、1歩を凡そ70cmとして計測したという。その時の測量地図を見た幕閣はその精巧さに驚き、忠敬はやがて幕府の以来で何度も測量旅に出るのであった。
日本全国の測量を開始した彼は、1815年2月19日最終測量地点の東京・八丁堀で、忠敬はすべての測量を終えた。時に忠敬70歳。彼が15年以上かけて歩いた距離は、実に4万キロ、つまり地球を一周したことになる!あとは、誤差を修正して各地の地図を一枚に繋ぎ合わせるだけであったが、既に高齢になっていた忠敬は肺を病み、1818年73歳で病没する。そしてその後彼の功績を知らしめる為、高橋景保(至時の息子)や弟子たちは彼の死を伏せて、完成した地図を発表したのであった。
こうみると忠敬は、50歳までと51以降73歳までの二つの人生を上手に歩んだことになる。私もこの会社を立ち上げた時が51歳の時で、少し遅いと思っていたが、彼の功績を見るにつけ決してそうではないと思うに事で安堵したものである。
<忠敬が作った日本地図の一部>



