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2015年12月24日(木)  ≪企業スポーツの衰退と学校スポーツの今後≫

これまで我が国のスポーツ文化、特にアマチュアスポーツを支えてきたのは企業スポーツ学校スポーツである。ところがここに来てその図式に異変が起きているようだ。特に戦後我が国独自のシステムとして発展した企業スポーツだが、バブル崩壊後企業の意識をリストラによる企業経営のスリム化に向かわせ経営体質の強化へと舵をきらせたのだ。そして、企業スポーツが持っていた社員の士気の高揚という本質的な役割や企業の広告塔としてのビジネス的な役割を低下させ、多くの企業スポーツチームが休部や廃部に追い込まれたのである。

一方、学校スポーツで代表的なものとしては、高校では「高校野球」、大学では新年の門出を祝う「大学箱根駅伝」がある。ところが、学校スポーツを代表する2大スポーツにも最近異変が起きているようだ。「高校野球」では、ピッチャーの投げすぎが指摘され、「大学箱根駅伝」では不要論である。某スポーツ評論家から聞いた話だが、かつて巨人のエースだった桑田真澄氏(写真:学校スポーツよく知る同氏は指導者として貴重な存在だ)が或る講演会でこう言ったそうだ。『私が巨人のエースで成功したのは、高校時代に私より優秀な沢山の選手が肩を壊して球界から去って行ったお陰です』と・・・。zu

箱根駅伝に於いては、これまで「山の神」とあがめられた5区のスペシャリストは多いが、卒業後も活躍した選手は殆どいない。05~07年大会の今井正人(順大/現トヨタ自動車九州)しかり、09~12年の柏原竜二(東洋大/現富士通)しかり。今年の正月、3代目山の神を襲名した青学大の神野大地も2月に左大腿骨、6月に右すねを疲労骨折して苦しんだ。(ネット参照)因果関係は定かではないが、真冬の寒い時期に複数年担当した山上りのダメージが影響していることは容易に想像できる。

我が国の夏季オリンピックに於ける通算金メダル獲得数は130個にのぼる。1964年の東京オリンピック及び2004年のアテネオリンピックの16個がピークだが、その間の40年間にモスクワを除く9回のオリンピックに出場しているものの、その間の獲得数が二ケタ台に乗せたのは3回のみである。その原因が企業スポーツの衰退に有るのは紛れもない事実だ。企業スポーツ衰退の理由の一つに、地域の一般市民に体育館の未解放を含め地域貢献活動を怠った付けが回ったことが挙げられる。その点、サッカーや水泳、体操や柔道やレスリングなどの日本が得意とする種目は昨今、地域に密着したクラブスポーツに負うところが大きい。

特にジュニアの育成面では貢献度が大きい。スポーツのプロ化が著しい近年、企業スポーツや学校スポーツに頼ることなくクラブスポーツに頼らざるを得なくなた。但し、国のサポートやスポーツ品メーカーを含む企業の支援も必須条件だ。それが、来年のリオを始め来る『2020年東京オリンピック・パラリンピック』の金メダル獲得数を左右するのである。