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2015年11月2日(月)  ≪「九転十起生」(きゅうてんじゅっきせい)≫

「九転十起生」(きゅうてんじゅきせい)とは、ある女性のペンネームである。その人とは、NHKの朝の連続テレビ小説の「あさが来た」のヒロイン今井あさ(波瑠)こと“明治の女傑”と呼ばれた広岡浅子のことだ。ドラマは、幕末から明治・大正時代を背景に、大阪有数の両替商に嫁いだヒロイン・今井あさが商売の才覚を発揮して実業家となり、日本初の女子大学設立に奔走する姿を描くものだが、スタート以来5週連続20%の大台超えを記録しているという。5月にクランクインし、朝ドラ史上最も裕福な家に生まれた設定(ウキペディア参照)のヒロイン「あさ」の実家・今井家など、京都の松竹撮影所のスタジオに豪華セットを設けて撮影されているそうだ。0140725bo22_t

江戸時代、大坂有数の豪商であった加島屋(ドラマでは加野屋)は、明治維新の動乱により家勢が傾くが、その危機を救ったのが、数え年17歳で加島屋・広岡信五郎(同、白岡新次郎=玉木宏)に嫁いだ広岡浅子だ。浅子は、七転び八起きを超える「九転十起」を座右の銘とし、加島銀行の設立や鉱山経営に参画。さらに中川小十郎をはじめとする有能な人材を招聘し、大同生命の創業にも深く関わるなど、その手腕を遺憾なく発揮するが、同社を女婿の二代目社長の広岡恵三に任せ、女性の地位向上のため日本初の女子大である日本女子大学校設立に心血を注ぐのであった。(写真は日本女子大の生徒に囲まれた中央の白い服を着た朝子)0581d55647975c68d334c7b586f22bdb

今ドラマは浅子が、新たなビジネスのチャンスをつかむことで加島屋の立て直しを図るべく、周囲の反対を押し切って当時新しいビジネスとして注目されていた炭鉱業へと進出して行く場面だ。そしてこの辺りからこのドラマのクライマクス突入となるわけだ。1885(明治18)年、まず最初に浅子が行ったのは、石炭を購入して海外へと輸出する事業に出資することだった。しかし、事業がうま行かないと知るや否や私が生まれた地である福岡県嘉穂郡鎮西村(現在の福岡県飯塚市)にあった潤野炭鉱を買取り、炭鉱経営そのものに手を伸ばす。しかしこれも失敗。炭鉱には大きな断層が立ちふさがり、思っていたような産出量にはならず、炭鉱は休業を余儀なくされるのである。(ネット参照)

しかし、朝子は諦めず周囲の反対を押し切って再開発を開始、自ら九州に赴き、時には炭鉱で生活をともにしながら、炭鉱夫を叱咤激励したのである。私が知っている限り炭鉱の町は命知らずの荒くれものの、所謂「川筋もの」の集まりだ。そこで朝子は、当時珍しい洋装姿で懐にピストルを忍ばせ自ら炭鉱に乗り込んだという。最初は抵抗していた炭鉱夫たちも、彼女の豪気さにひれ伏したというから大したものである。私が彼女に興味を持ったのは、この炭鉱の一件からだが、これ以上書くとドラマの興味が薄れるのでやめにしよう。あとは、皆さん朝ドラを観てください。