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2015年8月5日(水) ≪痛ましい歴史の1ページ「神風(シンプウ)特攻隊」≫

戦後70年、安倍首相が「戦後70年談話」で何を喋るかが注目を集めている。1993年当時の官房長官だった河野洋平氏が従軍慰安婦問題で謝罪した談話や1995年に戦後50年談話として当時の村山富一首相が語った「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」は良きにつけ悪しきにつけ歴史的な反省談話?として語り継がれる筈だ。

あの小泉純一郎首相でさえ2005年の戦後60年に際しては、村山談話を継承するとしているから右寄り?と言われる安倍さんとしてもこれらの談話は否定も出来ず、言葉を選んだ談話となると思う。今、日経新聞の「私の履歴者」は脚本家の倉本聰氏が執筆しているが、5回目の今日このような記述が有った。『国民学校4年のときに陸軍の配属将校が学年全員を校庭に集めて声を張り上げた。「特攻を志願する者、一歩前へ!」ぼんやり意識していた死が目の前に姿を現した気がして恐怖で身動きできない。緊張を打ち破るように数人が前に出ると、生徒たちが次々に足を踏み出した。隣の仲のいい級友を見た。彼は脚を震わせて前に出た。僕も出た。動かなかった生徒はふたりだけ。「卑怯(ひきょう)者」。ふたりに小声で言う奴(やつ)がいた・・・。banban-zero

神風特攻隊 (シンプウトッコウタイ) とは、爆弾を搭載した航空機や爆薬を装備した高速艇等で目標に乗組員ごと体当たり攻撃する戦法であり、その戦法を行う部隊を特別攻撃隊(特攻隊)と呼ぶ。第二次世界大戦末期ににおける日本海軍の主要戦法として実施されたのである。以前にも鹿児島県の知覧 にある『知覧特攻平和会館 』を訪れた際に10代にして散って行った若き特攻隊員の遺書を読んだときのやるせなさをここで綴った事が有るが、人間のその時々の環境に左右される心理は恐ろしいものである。神風特攻隊が初めて出撃したのは、1944年10月21日、レイテへの大日本帝国海軍連合艦隊の総力を挙げた戦闘の援護のために敷島隊以下4隊合計24機24名だった。しかしこの日は会敵できず帰還したいうのだが・・・・(この続きは又後で)