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2015年7月27日(月)≪『黄綬褒章受章記念祝賀会』に出席≫

無題日本建設機械レンタル協会」の副会長である大坂の北野建機社長北野一雄氏が「春の褒章」で『黄綬褒章』を受章され、その記念祝賀会が先週24日の金曜日に大阪のリーガロイヤルホテルで開催されたため、発起人の一人として日帰りで出席した。小物建機メーカーの社長や多くの協会関係者を含め180余名が参加したため、親交を深めるために一泊したかったが、土曜日に所要が有り20時過ぎの新大阪発の新幹線でとんぼ返りした。式典の進行は全て北野氏がプロデュースした由、大阪方式というか北野方式というか大変賑やかな祝賀会となった。冒頭先ずはプロの司会者による北野氏の生い立ちから現在に至るまでの歴史紹介に始まり、詩吟の師範代であるご実弟による兄を祝う創作詩吟の朗詠、そして角口協会会長の祝辞と続いた。

その後、演歌歌手の中村美津子さんの祝辞と「NHK紅白歌合戦」でも歌われた大ヒット曲である『河内おとこ節』が披露されるや否や、会は一気に盛り上がった。おみ足がややご不自由な北野氏だが、その後更に司会上手で演芸に長けた北野氏らしく、ご本人にピンマイクが取り付けられ1分間スピーチやその他のプロ歌手達の歌が延々と続き、豪華なフルコースを味わう暇もないほど楽しい会が繰り広げられた。 その間も中村美律子さんの新曲「潮騒」のCD50枚の即売会が実施され彼女の後援会の集いと見まごうほどである。話は、『褒章』に戻るが、褒章には「業務に精励し衆民の模範たるべき者」、即ち多年にわたり仕事に励んできた、人々の模範たるべき人に対して授与される『黄綬褒章』の他に以下の5つが有る。

それは、紅綬(人命救助等)、緑綬(社会奉仕等)、紫綬(学術芸術上の発明等)、紺綬(公益のため私財を寄附等)、藍綬(教育衛生慈善防疫の事業、学校病院の建設、道路河渠堤防橋梁の修築、田野の開墾、森林の栽培、水産の繁殖、農商工業の発達等)である。祝賀会も最高潮に達した時、司会者から私の名前が呼ばれた。発起人として謝辞を述べるためである。壇上に立った私は、自己紹介をした後、参加者の心を鷲づかみにしようと思い考えてきたこと全く違う言葉を発した。『本日は中村美津子さんの後援会の夕べにお集まり頂き誠に有難うございます、心から感謝申し上げます。』と。会場はドッと沸いたが、この事は、帰りの新幹線の中でも、寝付くベッドの上でも私の心を大いに悩ませた。(下は北野ご夫妻の前で歌うNHK紅白歌合戦15回出場の中村美津子氏)FullSizeRender

祝賀会の中締めは、一本締めや三本締めでも物足りないほど賑やかさだったので急遽北野氏の“いやさか”を願い、「万歳三唱」で会場を盛り上げた。過去協会関係者で褒章を受賞した方は、北野副会長を含め14名いらっしゃるそうだが、北野氏は最もその栄誉に相応しい方の一人である。私が悩んだ理由は、おめでたい祝賀の宴それも終わりに際して「中村さんの後援会にお越しいただき・・・」とやってしまい北野氏に対し礼を欠いた、即ち非礼ではなかったか?という思いだった。確かに当の中村美津子氏には「すごい迫力でしたね!」と帰り際に褒められものの、北野氏ご夫婦にどう思われたかが心配だったのである。翌日の土曜日の午後、北野氏からお礼の電話を頂いた。「いやー、藤本さん、最初のつかみが素晴らしかった!式典の後、女房を含め沢山の方々から締めが良かったと言われたよ!』

その途端、私の心配が杞憂に終わりホッと胸を撫で下ろした。