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2013年11月13日(水)  ≪初めて手にしたオリンピックの金メダル≫ 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA昨日の午後、市ヶ谷のホテルグランドヒルにおいて東京建設機械レンタル協会『流通問題勉強会』を催した。講座は3部制で、第1部が「中古建機流通市場の変化と協会の取り組みについて」と銘打って私(左の写真)が司会し、会員以外の中古機械取扱い業者や建機メーカー、大手広域レンタル業者を含む5名のパネラーに登場願い1時間半ほどディスカッションした。第2部は、「東京オリンピックの施設計画について」というテーマで東京都の“スポーツ振興局オリンピックパラリンピック大会準備部施設輸送計画課”の女性主査に来て貰ってメイン会場他全ての37会場と選手村に付いてレクチャー受けた。

第3部は、1964年の東京オリンピックに次ぐ1968年のメキシコミユヘンモントリオールの3大会連続で体操団体の金メダル獲得した“月面宙返り”で名を馳せた塚原光男氏にお願いし、『果てしない挑戦』という演題で講演願った。彼は日体大出身の体操選手だったが、私の1級後輩で同年代という事もあって私もこの3大会全てテレビにかじりついて観戦した口である。当時は、『体操ニッポン』と言われ東京の前のローマ大会から5大会連続で日本が団体優勝した最強の時代だった。今でこそ内村 航平白井健三などの若手が台頭し、復活を果たしつつあるが、当時は今以上かなり層が厚かったように記憶している。

話題は、今注目の選手の事から始まり、モントリオールでエースが盲腸になり更にもう一人が大会中に骨折して最低競技人数の5人となり最後の種目である鉄棒競技で彼がアンカーとなってトップのソ連を大逆転した話に及んだ。私も翌日の新聞で『体操ニッポン 奇跡の大逆転』という見出しが躍ったのをかすかに憶えている。今も彼は、日本体操協会の副会長として体操選手だった奥さん共々、後進の指導に当たっているという。ご覧の通り(下の中央)今は若干太目で、当時を彷彿させる雰囲気は些かも感じなかったが、種目別を加えると、オリンピック3大会で、金5、銀1、銅3という9個のメダルを獲得した体操界の重鎮らしい。

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昨日は記念すべきモントリオール五輪の記念すべき団体金メダルを持って来ていて、私も初めて金メダルを触らせてもらった。(上は金メダルを胸にかけて悦に入る私)