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2014年10月10日(金)    ≪或るストリッパーの嘆き・・・≫

昭和に栄えて平成になって廃れたものに、「ストリップショー」が有る。1館、また1館と劇場が閉館し、風前の灯火のストリップ業界、昭和時代の高度成長期、ストリップ劇場は全国に200館以上あったが、時代が平成に移るころ衰退し始め、現在は20館をほどに激減。それでもまだ100人以上の踊り子がいるという。私も高校時代、いわゆるストリップとは一線を画していたトップレスの女性ダンサーが躍る有楽町の日本劇場の5階にあった「日劇ミュージックホール」に興味本位で学生服のまま入場したことを思い起こす。昭和27年開場した当劇場も、有楽町再開発に伴い有楽町センタービル(有楽町マリオン)が同地に出来ると一旦東京宝塚劇場に移動したものの、昭和59年に閉館してしまった。

ストリップ劇場といえば怪しげな雰囲気がある。だが東京・浅草などでは昔、芸人が幕あいにコントなどを披露する修業の場でもあった。浅草出身のコント55号ビートたけしなどはその代表的な例である。『豆千代日記』で緑魔子が演じたストリッパーのように昔の踊り子には、「わけあり」の女性や「重いものを背負った人」が多かったというが、世の中が豊かになるにつれ、ストリップ界に飛び込む女性の意識は変わってきたという。我が国では、ストリッパーを踊り子と表現する事が多いが、或る大学中退の踊り子曰く、『私たちは『裸』を見せているんじゃない、“自分”を、“自分の生き様”をさらけ出しているんです。』

『私達ストリッパーは嘘をつくのが嫌いです。お客さんもいろんな人生を背負っていて、ステージをはさんで対話して何かを感じ合う。アダルトビデオインターネットなどの普及で女性の裸の価値が下がった時代に、不器用な頑張りかもしれませんが、このような生のステージでしか味わえない世界もあっていいと思うんです』、『1日3度のショーをこなす私達ストリッパーは、重労働です。身体を清めるためショーの度にシャワーを浴びます。移動も町から町へ旅する際も衣装が入った大きな荷物を運ばなければなりません。ストリップは法に触れるので、何回かは警察に捕まります。罪は公然わいせつ罪です。』(下は去年の9月に突然閉館した船橋の「若松劇場」。これで千葉県のストリップショーの火は消えた)

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『特定多数の人々に性器を露出ことが罪になるそうです。踊り子は二回捕まるまでは実刑にはならないという噂を愚かに信じて、仕事を続けています。初めての逮捕ではたいてい48時間で釈放ですが、劇場がきちんとした対応をしてくれなくて、初めてなのに21日間留置所にいたお姉さんもいました。それでも私たちは、仕事場を探して全国を旅しているのです!』