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2014年9月3日(水)  ≪「マッチ」の味を私は知ってます≫

≪年の瀬も押し迫った大晦日の夜、小さな少女が一人、寒空の下でマッチを売っていた。マッチが売れなければ父親に叱られるので、すべて売り切るまでは家には帰れない。しかし、人々は年の瀬の慌ただしさから、少女には目もくれずに通り過ぎていった。夜も更け、少女は少しでも自分を暖めようとマッチに火を付けた。マッチの炎と共に、暖かいストーブや七面鳥などのごちそう、飾られたクリスマスツリーなどの幻影が一つ一つと現れ、炎が消えると同時に幻影も消えた。

流れ星が流れ、少女は可愛がってくれた祖母が「流れ星は誰かの命が消えようとしている象徴なのだ」と言った事を思いだした。次のマッチをすると、その祖母の幻影が現れた。マッチの炎が消えると、祖母も消えてしまうことを恐れた少女は慌てて持っていたマッチ全てに火を付けた。祖母の姿は明るい光に包まれ、少女を優しく抱きしめながら天国へと昇っていった。

新しい年の朝、少女はマッチの燃えかすを抱えて幸せそうに微笑みながら死んでいた。しかし、人々は少女がマッチの火で祖母に会い、天国へのぼったことなどは誰一人も知る事はなかった。≫

200px-Streichholzこれは、デンマークの童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンが、1848年に5番目の作品として発表した代表的な創作童話『マッチ売りの少女』という作品である。「バッドエンド」の代表作として挙げられるこの作品は、経済的に全く恵まれない少女時代を送った母親をモデルにして、作ったといわれている。実は、今日の話題はこの物語ではなく「マッチ」に関してだ。一昔まで私たちの必需品として周りに有って、今なくなってしまった代表的なものが「マッチ」だ。私が高校時代に「マッチ」の収集家として仲間内で有名だったは、「今は昔の物語」である。恐らく今の子供たちは、「マッチ」自体をあまり見たことが無く、『マッチ売りの少女』で知る機会を得るのではなかろうか?

世の中には、好事家が居るもので燐寸倶楽部(マッチクラブ)という組織が有って今でも活発に活動しているらしい。何でも、1986年11月に設立されたマッチ好きな人たちががマッチを媒体として、それぞれに楽しむためのクラブらしい。(ネット調べてみてください)今なおマッチで点火するものは、バースデイケーキくらいのもので愛煙家が減った現在、タバコの点火も殆ど100円ライターだ。実は私、子供の頃「マッチ」の軸の頭薬を食べた事が有る。調べてみると頭薬は、塩素酸カリウム硫黄(いおう)、(にかわ)、ガラス粉、松脂(まつやに)、珪藻土顔料染料などから出来ているらしい。戦時中じゃないのでそんなに腹を空かしていたわけではないが、何故か好奇心から食べてみたのだ。恐らく「マッチ」の頭薬を食べた人間は私暗い者だろうが、決して不味くはなかったと記憶している。(マッチクラブで人気のマッチ箱の図柄と昔懐かしい伊万里焼の灰皿)

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