Category: いい話
当地ルイジアナ州ニューオーリンズには、リオのカーニバルなどと並ぶ世界で最も有名な、「マルディグラ」というカーニバル2月に催される。カーニバルとは謝肉祭の事であるが、この「マルディグラ」という言葉の意味は、その謝肉祭最終日の「ざんげの火曜日」のことを言うらしい。1699年、のちにニューオーリンズという町が出来上がるこの地域(ルイジアナ南部)には、或るフランス系カナダ人の探検家 が持ち込んだと言われている。 仮面舞踏会とストリート・パレイドが特徴的なこの祭りは、18世紀に入り、ニューオーリンズでは恒例の行事となっていった。その享楽的な性格ゆえに「マルディグラ」は何度か禁止となったそうだ。しかし多くの要望が有って、1830年代には正式に認められ、再びニューオーリンズの年中行事となったという。
カーニバルのパレードは、幾つかのクルーによって組織される。クルーのフロート(山車?) に乗る者は、プレゼントとして群衆に向かってカラフルなビーズの首飾り、ダブルーン(doubloon、コイン)、装飾されたプラスチックのカップや、小さくて安価なおもちゃなどが多く投げるという。それらは、幸運を呼ぶと言い伝えられており、皆が奪い合うらしいのだ。大きなクルーになると、毎年同じスケジュールと道順でパレードを行うそうだが、フロートの上に乗る者は結構なお金を払って権利を買うそうだ。以前は黒人は参加できなかったらしいが、今は全く差別なく誰でも参加できるという。
私たちが到着した明くる日の金曜日は、「マルディグラ」が始まった初めての週末だった。最終日の11日間目はの最高潮に盛り上がり、フレンチ・クオーターの上流側にあるセント・チャールズ大通りとカナル・ストリートに沿ったルートを進みマルディグラ・カラーと呼ばれる紫・金・緑の三色に町中が染まるという。"紫は正義、金は権力、緑は運命"の象徴だそうだ。フロートからは、マルディグラ・カラーのビーズが大量に投げられるが、 一方で、女性が胸をあらわにして乳輪の大きさを競う風習もあり、毎年その様子を 撮影しようとする人々が訪れることで街は経済的に成り立っているとガイドさんに聞いたが、残念ながらそこまでは私は滞在できない。(~_~;)
古代、文字を書くのに鉛を動物の皮などにこすって記述したという。のちに、細長い鉛と錫の合金、即ちハンダの外側に木軸を巻きつけて作られたのが筆記用具としての「鉛筆」の始まりだ。黒鉛を使った鉛筆が最初に作られる切っ掛けとなったのは、16世紀でイギリスのカンバーランド地方に黒鉛鉱が発見された事に由来する。当初は、先端に黒鉛の小さな塊を詰め替えるものだったらしいが、やがて中心の芯の部分が黒鉛に変わり、削って使うようになったことで現代の鉛筆の原型が出来上がった。
1761年に世界で初めて鉛筆を製造販売したのは、ドイツの「ファーバーカステル」というメーカーである。現在では、全世界で14ヶ所の製造拠点と23ヶ所の支店を持ち、7000人を擁する筆記具メーカーに成長し、世界120ヶ国以上に販路を拡げている。鉛筆が六角形になったのは、1839年に4代目社長のローター・ファーバーが、鉛筆を握った時に、親指・人差し指・中指の3本の指の倍数である六角形が最もフィットし、文字が書きやすい形であると考え作り始め標準化した。同時に鉛筆の長さや太さ、硬さの基準を設け、六角形の一つの面に初めて会社名を刻印したのである。
鉛筆が「緑色」をしているのは、6代目社長、アレクサンダー・ファーバーカステル伯爵が軍人であったため、それをイメージする色として「緑色」にしたのが始まりだそうだ。我が国で最初に鉛筆を使用したのは、徳川家康だと言われている。伊達政宗も使っていたらしい。当時の鉛筆のつくりは現代のものとほぼ同じだったが高価で普及せず、本格的に輸入が始まるのは19世紀後半の明治時代になってからだ。明治の初期は鉛筆の需要も少なく、東京や横浜の輸入品専門店で少量が売られるのみだった。又、現存する鉛筆メーカーとしては、真崎鉛筆製造所が最も古い。
<「ファーバーカステル」の直営店は六本木ミッドタウン4階に有る>
現在、削る手間がいらないシャープペンシルやボールペン等に押されぱなしの鉛筆だが、線の太さや濃さ或いは色を自在に操れる筆記用具として廃れる事は有り得ないと思う鉛筆ファンの私である。
ルーブル美術館の至宝≪ミロのビーナス≫、深く聡明な表情と女性らしくふくよかな輪郭を持つ裸体の美しさは他に類を見ない。 私も1964年に日本で公開された際にまじかで見て、その美しさに魅了された一人である。しかし、美し過ぎるが故にビーナス像の誕生には、数奇な運命があったようだ。その発見は、1820年のギリシアのキュクラデス諸島の南西メロス島に遡る。或る農夫が掘り出した2個の石に興味を抱いた若いフランス人オリヴィエ・ヴーティエが、さらに農夫に探して貰った合計6個の断片をパズルのように組み合わせ、やがて上半身裸体の美しい女性像を再び世に送り出したのだ。
その後、このビーナス像は、その所有権をめぐって、 さまざまな逸話を残しながら人々の手から手へ受け継がれ、最後にルーブルへ。昨日の新聞に、たまたまビーナス像の失われた両腕に付いての記述が載っていた。右手でずり落ちそうな衣裳を押さえ、左手で林檎を手にしているという説が有力らしい。その林檎とはトロイア戦争の際、アテーナーとヘーラーを出し抜いてパリスから得た"黄金の林檎"のことで、アドルフ・フルトヴェングラーによる復元像がこれだ。
最近見た3DCGのアニメーション≪Without Arms≫をご紹介しよう。人気の無い真夜中のルーブル美術館、目覚めたミロのビーナスは自分の両腕が無い事に気づく。周りの像はみんな両手が有って、壺や植物を持っているのに自分は壺さえ抱きかかえる事すらできない。何とか動けるようになったビーナスは、腕を探し求めて美術館内を彷徨い歩く。しかし、思うように歩きまわれない彼女は、階段から後ろ向きに落ちて頭がもげてしまい、階下に展示されていた【サムトラケのニケ】(2008年8月5日のブログ参照)の肩の上に落ち、ニケの頭となってしまう。
【サムトラケのニケ】は、今までなかった頭を得て元気づき、大きく羽ばたきながらルーブル美術館のガラスの天井を突き破り天高く舞い上がって行くのであった。
BS日テレで毎週土曜日の夜10時から1時間、≪ブランドストーリー~悠久への誘い≫という番組が放映されているのをご存じだろうか?司会は仮面ライダー俳優?の要潤が担当し、色々なブランド商品の歴史の陰に隠れた秘話を紹介する一種のドキュメンタリー番組だ。私もある友人から「面白いから観てごらんよ!」と言われて観るようになった。1月14日に再放送されたのが、創業から今年で70年で世界20カ国以上に進出し、日本でも約170店舗を展開するアメリカ・ニューヨーク生まれのバッグブランドの『コーチ(COACH)』だ。なかなか面白かったので、ここでご紹介してみよう。
ニューヨークの街で私たちが連想するのは、「自由の女神」、「ハドソン川」、「ニューヨークヤンキース」、「セントラルパーク」、「フィフスアベニュー」、「ブロードウエイ」、「ウオール街」などだが、その昔セントラルパーク周辺をを走っていた観光名物の四輪馬車の事を、「コーチ」と呼んでいたそうだ。そもそもその名は、馬車作りで有名だったハンガリーの町の名(KOCS)に由来しており、そこで作られた馬車を「KOCSI」と呼んでいたのが、英語になって「COACH」となったそうだ。
スポーツの指導者である「コーチ」も同じ語源で、馬車のように人をよりよい方向に導くということで19世紀に学生の俗語で家庭教師を指すようになり、今は教える人の事を全般的に「コーチ」と呼ぶようになったのである。"手が届く高級品"をコンセプトに、ヨーロッパブランドとは一線を画し進化したのだが、1962年に「コーチ」のデザイナーであるボニー・カシンが、ユル・ブリンナー主演の映画『王様と私』の衣裳デザインを手がけてから一躍有名になったのだ。彼女が考案した「ドッグ・リーシュ」や「ターンロック」などの金具は、今では多くのブランドのバッグに使用されていると聞く。
今年の干支は5番目の「辰年」である。十干十二支で正確に言うと、「壬辰(みずのえたつ)」で、壬辰の「壬」とは海や湖といった水の集合体・固まり・大きな水を象徴しているらしい。「辰」の正式な読み方は、「しん」で原字は「蜃」である。これを判りやすいように「竜(龍)」という動物?になぞらえたのは、古く中国で庶民に十二支を浸透させるためである。もともとは、「動いて伸びる」とか「整う」と言うような意味が有るらしく、草木が盛んに成長し形が整った状態を表すと解釈されている。又、「震」や「振」、「娠」等の意味を持つと言うから、今年1年も要注意である。
昔、私の先輩が十二支のうち食べた事が無いのは、「虎」と「竜(龍)」だけだと豪語していたが、「虎」は我が国では99。9%食べることが出来ないし、唯一架空の動物である「竜(龍)」は当然食べることが出来る訳が無い。「竜(龍)」の姿を、南宋時代の博物誌『爾雅翼』では「三停九似」、つまり首〜腕の付け根〜腰〜尾の各部分の長さが等しく、角は鹿、頭は駱駝、眼は兎、身体は蛇、腹は蜃(架空の動物)、背中の鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛にそれぞれ似ると書いてある事から竜の中にも更に十二支が何匹か居ることになる。
また口辺に長髯をたくわえ、81枚の鱗の他に喉下には一尺四方の"逆鱗"(「逆鱗に触れる」という諺は此処から来ている)があり、顎下に宝珠を持っていて秋には淵の中に潜み、春には天に昇るとも言われている。「竜巻」とは、竜が天に昇る様に似ていることから名づけられたらしい。「昇り竜」という言葉の通り、竜は物事が発展する際に使われる事からおめでたい動物として扱われている。将棋の世界でも、飛車が"成る"と「竜王」になり、最も攻撃力の有る駒へと変身する。私の好きな麻雀でも、三元牌を竜に喩えることが有って(英語で Dragon tiles)、懸賞牌(懸牌)のドラは三元牌を「ドラゴン」と呼んだことに由来したものである。
斯くの如く、「辰(竜・龍)年」は先行きが明るく発展する年と言えよう。昨年が酷い年だったので尚更そう願いたいものである。



