Category: 日頃思うこと

今日2月10日は、「キタノ記念日」だそうだ。芸人・映画監督・俳優・司会者・東京芸術大学大学映像研究科教授の元漫才師のビートたけし(北野武)を記念する日だそうだ。。「ツー(2)ビート(10)」の語呂合せで、CS放送の番組『チャンネル北野』が2002(平成14)年に制定した。彼は、私と同じ1947年1月に東京都足立区島根町で、ペンキ職人の父(北野菊次郎)と、母(さき)の四男(次男が夭逝し、実質は三男として育つ)として生まれ、「竹のようにどんなものにも耐えてすくすく伸びてほしい」との願いから、「武(たけし)」と命名された。

彼は、教育熱心な母の薦めもあって明治大学工学部に進むが、大学生活に馴染めず2年生の時に出奔し新宿界隈で、ボーイやビル解体工や空港に荷役など職を転々とするうちに若松孝二小水一男らと知り合ったという。この間、若松との縁で『新宿マッド』『腹貸し女』など、幾つかの若松プロ初期作品に端役ながら出演し、やがて芸能に興味を覚えて曲折を経た後、ついに浅草フランス座でのコント漫才師「ツー・ビート」として名を売り出した。その後、「注意一秒ケガ一生、車に飛び込め元気な子」「気をつけよう、ブスが痴漢を待っている」「寝る前にきちんと絞めよう親の首」「赤信号みんなで渡れば恐くない」等の一連の「毒ガス標語」で、毒舌家としての地位を築いて行った。

彼自身「漫才では洋七に勝てない、しゃべりではさんまに勝てない、司会では紳助に勝てない。でも芸能人としてのトータルでは良い所には行くと思う」と、言ってる通り「つかみ」や「一部の評論」は上手いが、笑いでは決してNO.1ではないと思っているようだ。私が考えるに最も評価すべきは、映画の分野かもしれない?彼は、1983年大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」で俳優デビューを果たし、その後1989年に『その男、凶暴につき』という映画で深作監督に代わって映画監督としてデビューした。

その後ソナチネ(1993)・キッズリターン(1996)・HANABI(1998)・座頭市(2003)・アキレスと亀(2008)と数々の作品を世に送り出し海外からも高い評価を得ているようである。彼の作品のビジュアル面での最大の特徴は、「キタノブルー」と評される青の色使い、多くの作品で登場人物「死」が描かれ、青みの深い画面のもたらすひんやりした映像感覚とあいまって、全編に静謐な不気味さを醸し出している。突然残酷なシーンが映し出される場面が多く、私のように余り評価をしない人達も多いようである。

黒澤明監督亡きあと、未だ世界に通用する"ビッグ"な映画監督が出てきておらず黒澤も認めた「北野武」にそれを求めるべきなのであろうか?新作のやくざ映画「アウトレイジ」に期待してみるとするか!

takeshi480.jpeg                      <少し丸くなった?最近の「北野武」>

170px-Yurakucyo-marion.JPG昔から大きな駅の側にに有る建物は、銀行・保険会社そしてデパートと相場が決まっていた。しかし昨日、1984年(S.59)に開業し現在セブン&アイ・ホールディングスが経営する、都心の一等地にある≪西武デパート有楽町店≫を、同社は長期の消費低迷などで黒字転換のめどが立たないとして、年内に閉店すると発表した。西武デパートは、堤清二氏がヨーロッパにならい「ファッションの総合商社」として1940年(S.15)に池袋本店を皮切りに開業した百貨店であるが、ある時期再編・統合を経たものの、昨今の低価格衣料専門店の攻勢など高額商品主体の百貨店そのものの存在感が薄まり、や止む無く閉鎖を決めたらしい。

過去にも都心から「有楽町そごう」や「池袋三越」が撤退したが、全て「ビックカメラ」等の大型電気店に様変わりしている。そう!現在駅の側に有るのは、銀行は別として大型電気店か「ユニクロ」と相場が決まってきた。≪西武デパート有楽町店≫は、「阪急百貨店」と有楽町マリオンの中でハーフスペースで展開しているが、ここが以前「日本劇場」、いわゆる≪日劇≫であった事を知る人は、最近少なくなって来た。≪日劇≫は当初、「陸の龍宮」「シネマパレス」といった構想のもと、収容客数4000人の大劇場、かつ本邦初の高級映画劇場として計画された。屈曲した外壁、広大な舞台、アールデコ調の内装など、当時としては画期的な建築要素をふんだんに取り入れ大林組の施工により、1933年(S.8)12月に盛大にオープンした。

戦後、帰国した「李香蘭」(山口淑子)の歌謡ショーで観客が劇場の外に溢れ、"7周り半"したとか、昭和30年代はロカビリー旋風に乗り、「ウエスタン・カーニバル」が大盛況となった等、一時期歌謡界の歴史を築き上げたのである。あのNHKの「紅白歌合戦」も1953年(S.28:司会/高橋圭三・水の江滝子)と1960年(S.35:同/高橋圭三1・中村メイコ)と2回開催されている。又、5階には私も高校時代に学生服のまま興味本位で覗いた経験もある劇作家の丸尾長顕が設立した「日劇ミュージックホール」もあった。

所謂ここは、高級ストリップ劇場で、コント55号ツービートを産んだ浅草フランス座と並び昭和の娯楽の黄金時代を支えた。この頃の代表的なダンサーとしては、伊吹まり・メリー松原・春川ますみ・奈良あけみ・あき竹城・アンジェラ浅岡などがおり、トニー谷泉和助関敬六E・H・エリックたちがコントを担当していた。そして時代の移ろいと共に、1981年(S.56)娯楽の殿堂も老朽化には勝てず、閉鎖したのである。今後の関心事は、跡地に何が入るかであるが電器屋さんやユニクロさんには、今回はご遠慮願いたい。≪日本劇場≫の復活というのは、どうだろうか?平成の新しい芸能文化の発信地としては、誠の相応しい場所である! 350px-Nichi_Geki_1933_BW.JPG

                  (現在の有楽町マリオンと娯楽の殿堂≪日本劇場≫)

昨日私の兄弟6人の新年会で、浅草の観音さま(正式名称:聖観音宗金龍山浅草寺/しょうかんのんしゅう・きんりゅうざん・せんそうじ)に詣でた。3年振りの浅草寺だったが、仲見世通りは外国語が飛び交う相変わらずの大賑わいで、歩くのがままならないほどである。本堂は『平成本堂大営繕』の中のチタン屋根改修工事が始まっており、ご覧の通り大きな龍の絵が描かれている工事シートが掛かっていた。その後池之端に移動し「東天紅」で昼食を済ませた後、すぐ裏にある≪旧岩崎邸庭園≫を覗くことにした。

ここは、三菱の創設者岩崎家の旧邸宅を東京都が公園として整備したもので、英国人のジョサイア・コンドル設計の歴史的建造物は、国の重要文化財に指定されている。元々は、越後高田藩江戸屋敷跡らしいが、変遷を経て岩崎家の本邸として竣工した明治29年(1896年)には、今の3倍ほどの15,000坪余りの敷地に20棟もの建物が並んでいたそうである。現存するのは、本格的洋風建築の木造2階建の洋館とそれに地下道で繋がる撞球室(ビリヤード場)、そして橋本雅邦が描いた障壁画を残す書院造りの和館のみである。

係りの人に聞いたところに依ると、NHK大河ドラマ「龍馬伝」に岩崎弥太郎が度々登場するせいか、ここ最近訪れる人が増えたそうだ。蛇足だが、私は親父が三菱鉱業(今のマテリアル)で生涯を全うしたことに加え、私自身が三菱系の商社に約20年間身を置いたせいか、どちらかと言えば三菱贔屓である。三菱村?の「丸の内」で勤務していた13年間は、親父同様キリンビールしか飲まなかった。(もっとも当時丸の内には、殆どキリンビールしか置いてなかったと記憶している)しかし、三菱と縁が切れた今では、その当時を反省してか?アサヒやサッポロを頼むことが多くなった。

今話題の音羽の「鳩山会館」にも近々行ってみる積もりだが、寛永寺や迎賓館或いは池上本門寺や東京国立博物館等の重要文化財を巡るツアーも有るそうで、是非暇を見てチャレンジしたいと考えている。

sennsouji.JPG nakamise.JPG  〈浅草寺と岩崎邸〉 岩崎.JPG 岩崎邸.JPG

私は、先週の土曜日NHKラジオのアンコール放送で、秋山ちえこさんが『かわいそうなぞう』を朗読していたのを聞いて涙した。1951年に発表された土屋由岐雄作のこのノンフィクション童話は、絵本等の出版部数に於いて2005年迄に200万部を超えたらしく、ご存じの方も多い事であろう。あらすじは次の通りである。

『第二次世界大戦が激しくなり、東京・上野動物園では空襲で檻が破壊されて猛獣が街に逃げ出したら大変だということで、猛獣を殺すことを決定する。ライオンや熊が殺され、残すは象のジョン、トンキー、ワンリーだけになる。

象に毒の入った餌を与えるが、象たちは餌を吐き出してしまい、その後は毒餌を食べないため殺すことができない。毒を注射しようにも針が折れて注射が出来ないため、餌や水を与えるのをやめ餓死するのを待つことにする。象たちは餌をもらうために必死に芸をしたりするが、ジョン、ワンリー、トンキーの順に餓死していく。』

秋山さんは現在92歳、TBSラジオのパーソナリティとして1957年~2002年迄の45年間にわたり『秋山ちえ子の談話室』という番組を通じて、平和の大切さを語り続けてきた。そして、その証として彼女は毎年の8月15日の終戦記念日に、必ずこの『かわいそうなぞう』を朗読してきたそうだ。抑揚を抑えた朴訥な語り口には、涙を流す人も多いようで、戦争の悲惨さと憲法第九条の大切さを説くには充分な説得力だと感じた。

つい最近封切られた、リチャード・ギア主演の『HACHI(約束の犬)』という映画が好評を博しているようだ。所謂、忠犬ハチ公のアメリカ版だ。グローバル時代を迎え、先行きが不安な事だらけだけに、「癒し」を求めてこの手の映画が流行るのだろうが、人間同士は勿論のこと動物との共生こそ、人類の発展に繋がっていくものと考える。そういう意味で8月30日は、我々日本国民とって最も大切な日である。 かわいそうな.JPG                    <武部本一郎作の絵本『かわいそうなぞう』>

先週の金(14)・土(15)のお休みで、二男家族と河口湖に行った。喋りは始めた2歳の男の子の孫の目を見張る成長ぶりに、暫くぶりに会った我々夫婦は只々驚くばかりであった。二日目の土曜日には、孫が喜ぶだろうと思い「河口湖猿まわし劇場」に行ったが、生憎彼が寝てしまったため、楽しんだのは大人だけという皮肉な結果に終わった。

元々「猿まわし」は、猿使いの口上や太鼓の音に合わせて猿が踊りや寸劇≪猿芝居≫などを見せる大道芸の一種である。当日も「月形半平太」の下りを演じていたが、猿を使った芸は奈良時代に中国から伝わったとされている。昔から馬の守護神として武家の厩舎の悪魔払いや厄除けの祈祷の際に行われていたらしいが、室町時代以降から宗教性を失い、季節に関係なく「猿まわし」が大道芸として普及していったそうだ。

猿芝居≫には、『すぐに見透かされるような浅はかな企み』という意味もある。そう言えば最近≪猿芝居≫と評されても可笑しくない事例があった。例えば、田中真紀子夫妻の民主党への鞍替え会見や、後でどうせ判るであろう酒井法子の虚偽のドラッグ歴なども正に≪猿芝居≫と評したい。又、昨今のどのTV局でも同じようなお笑いタレントが出演する洪笑番組や、ぽっと出の人気タレントを起用するNHKの大河ドラマを見ていても、正に≪猿芝居≫の誹りを免れない。

猿には「猿まね」と言うように、人間に一番近いが人間ではない、即ち『偽物』という意味がある。総選挙を控え我々は、万事いかに本物を見分けるかがその人の評価に繋がるような気がする。 猿芝居.JPG

<「河口湖猿回し劇場」のビッグ君2歳の芸>