Category: 乗り物

明日11日、我が国98ヵ所目の空港である「茨城空港」が開港する。開港の意義をネットで確認すると、「グローバリゼーションの進展等により、国際線の旅客数は増加を続けており、国の予測では2012年には日本全体の国際旅客数は年間7,000万人を超えると見込まれている。その内の約4分の3は首都圏の需要で、海外の大都市圏には国際線、国内線が乗り入れる基幹空港に加え、中小の空港(セカンダリー空港)が立地している。茨城空港も海外と同様に混雑緩和と低コストという航空需要を取り込んだ首都圏3番目の空港として、大いに活用の意義が有るものと考える(要約)」となっている。

ところが、自衛隊の百里基地に併設されたこの空港の定期便として現在確定しているのは、スカイマークの神戸便と韓国・アシアナ航空のソウル便の2路線のみだ。徐々にチャーター便を取り込んでいくようだが、成田や羽田を補う首都圏の「セカンダリー空港」を目指すには、空港へのアクセス整備が追い付かず、"視界不良"のままのフライトとなる。即ち、当面飛行機があまり飛ばない空港なのだ。

折しも昨日、国土交通省が全国97空港の実態調査のが発表され、開港前などの需要予測がある開港済の72空港のうち、2008年の利用実績が予測を上回ったのは、羽田他8空港にとどまったそうだ。要するに、約9割に当たる64の空港が予測を下回ったという。特に北海道の紋別や奥尻空港、島根県の石見空港、広島県の広島西空港、長野県の松本空港などは20%にも達しておらず空港行政のずさんさが浮き彫りになった。

又、経営の危機に瀕している日本航空の稲盛会長は追加対策として、更なる希望退職(首切り?)を募集する事を決めたそうだ。結果JALの従業員は、15,000人減って半分になるという。民間では、即責任が追及されるこれら行政の失敗は、お役人であるため誰もお咎めないというのは、誠に理不尽な話である! 20100308k0000m040073000p_size5.jpeg

                         <明日開港する「茨城空港」>

昨日、1951年から我が国の空に輝き続けていたツルのマークでお馴染みの≪日本航空≫が会社更生法を申請し事実上破綻した。グループ3社の負債合計2兆3221億円というのは、戦後4番目の大型倒産らしいが金融機関を除く事業会社としては、「そごうグループ22社」の倒産を凌いで過去最大という。日航と言えば、我々が子供の頃一度はパイロットやキャビンアテンダント(当時はスチワーデスと言った)に憧れたもので、就職時も人気度ベスト10に入っていたような気がする。

日航は、ご承知の通り1953年に国が50%を出資し半官半民となったのを機に国際線に参入し、「ナショナル・フラッグ・キャリアー」として路線網を拡大し1992年には英国・ルフトハンザに次いで世界3位の航空会社にのし上がったのである。2001年の米同時テロや2003年の新型肺炎の流行時の危機をしのいだ日航も、今回は金融危機に依る景気の冷え込みや原油高の影響をもろに受け抗しきれなかったと言われている。しかし最大の原因は会社の体質と地方空港を98も作り続け赤字路線に就航を強いて来た国策に有ったようだ。

人件費の売り上げに対する割合が全日空の1.6倍だと言うし、つい最近迄高いコミッションを払って旅行代理店に航空券の販売を依存して来たというから、このネット社会に於いて何をか況やである。海外路線に日航に遅れて就航した全日空が、健全体質を保っている事や、お金を出して支援した?株主が損をし、オマケで貰ったマイレージが保護されるなどの事例は皮肉だと言わざるを得ない。海外に路線を持つ航空会社所謂"メガキャリアー"を複数持つ国は、アメリカと我が国だけだと言われて居り、今後は日航の再生を任された稲盛和夫氏が、この辺りをどう判断するか注目である。

今回の法的整理は民主党政権でしか成しえなかったと言われているが、私が九州に赴任していた5年間の約40回にわたる「福岡~東京」の往復以来殆ど日航を利用しているし、成田国際空港を抱えるご当地千葉県には日航グループを顧客としている企業が165社も有るそうで、"視界不良"ながら是非共"不死鳥"の如く蘇って欲しいものである! 250px-JAL_Building.jpeg

                       〈どうなる?日本航空本社ビル〉

日本には、民主党の鳩山さんや小沢さんのようなお金持ちが沢山居るらしい。何故なら、報道に依るとトヨタが新たに発表した最高時速は325km/h以上の本格的な"超高級"スーパーカー(日本円で3,750万円以上)である≪レクサス「LFA」≫に予約が殺到したと言う。このプレミアムカーは、全世界で500台を限定生産し日本では165台を販売する予定らしいが、2009年10月21日から半年間に渡って予約を募るところが、締め切り前の12月末迄に応募が500を超えた事から、2010年1月13日をもって購入予約を締め切ると発表したそうだ。

LF-Aとは「Lexus Future Advance」の頭文字を取ったものだが、この車は4.8リットル、560馬力のV型10気筒エンジンを搭載し「フロントエンジン・リアドライブ方式(FR)の2シータースポーツカーで、価格もさることながら性能は、イタリアのフェラーリなどに匹敵すると言われている。≪レクサス≫はご承知の通り、「壊れにくいが安っぽい」という日本車のイメージを払しょくし、キャデラックやベンツ・BMW等のドイツ車の牙城に食い込むためにトヨタが1989年にアメリカで最初に展開したブランドである。

ホンダの「アキュラ」や日産の「インフュニティ」等もほぼ同時にアメリカに進出したが、2006年の統計ではアメリカの高級車の販売台数はベンツを押さえてトップだそうだ。このLFAは、2010年12月より市販仕様車の生産を開始し、抽選でで決定した165人のオーナーに引渡し・納車となる手筈だそうだ。我が社の車好きのスタッフに依ると、昨年お台場の「メガ ウエブ レクサスギャラリー」にガードマン付きで当該車が展示されていたそうだが、当然キャッシュで購入するであろう1億2千万人分の165人とはどんな人達か?興味が尽きないところである。 (-"-) 260px-Lexus_LFA_004.jpeg 260px-Lexus_LFA_003.jpeg

(2012年にはスペシャルカラーの設定車が発売される予定)

い米フォードモータースは23日、傘下であるスウェーデンの高級車ブランド「ボルボ」を中国の民営自動車大手に売却することを決めた。今年中国の自動車販売台数が、米国の台数を追い抜くそうで急激な自動車市場の拡大に対応するものである。過去にも2005年に韓国双竜自動車の買収や旧MGローバーの資産買収、或いは今年に入って米GMから「ハマー」ブランドの買収と立て続けに、海外自動車メーカーや部品メーカーなどのM&Aが加速してきた。一方、我が国の輸入乗用車登録台数は日本自動車輸入組合の調べによると1996年の393,392台をピークに下がり続けているそうだ。

昨年度は、ピーク時の52.4%の206,278台となっているが、若者の「車離れ」が言われる今年辺りは、更に減少しているものと思われる。実は私も外車に一度っきり、それも「ボルボ」に乗った事がある。「ボルボ」のステーションワゴンが人気を博していた2001年に、我が国で「ボルボ」車での死傷事故が皆無という触れ込みに誘われて、S80型というセダンを購入した。確かに、鉄板が厚くて堅牢そうだが、何とも乗り心地が宜しくない。皮シートは着る物によっては滑るし、電気系統を中心として初期トラブルが多く5年間我慢して乗ったが処分した。その時、金輪際外車に乗るまいと誓った事を思い出す。

とjころで、≪女性が助手席に乗りたい外車≫のランキングとトップは、どんな車かご存じですか?2009年の8月期の調べでは、①位がランドローバーレンジローバーで、フォルクスワーゲンニュービートルBMWZ4と続き④位がベンツGクラス・⑤位 BMWミニクーパー・⑥位 ベンツSLクラス・⑦位 ポルシェカイエン・⑧位 ポルシェ911カレラ・⑨位 ジープチェロキー・⑩位 ベンツEクラス等で、相変わらずドイツ車や英国車の一部が人気のようである。

助手席に乗るのと、運転するのでは違いがあるだろうと思われるが、皆さんはどんな外車に乗りたいですか?それとも私のように勘弁ですか? min.JPG 200px-2005_Range_Rover_Sport_front_q.jpeg

                   <女性に人気のミニクーパーとレンジローバー>

1903年の今日12月17日、ノースカロライナ州のキティホークで12馬力のエンジンを搭載した「ライトフライヤー号」によって世界で初の有人動力飛行に成功した。言わずと知れたウィルバーオーヴィルライト兄弟 が発明した初めての動力飛行機である。ライト兄弟は実験に成功したが、当初社会はこれを信用をしないばかりか、こぞって反発さえしていたらしい。 その証拠にアメリカ合衆国陸軍を始め多くの科学者は、「機械が飛ぶことは科学的に不可能」という旨の記事やコメントを発表していたそうだ。それから100年超、人類は宇宙にステーションを作り、そこに何ヶ月も滞在するという長足の進歩を遂げたのである。

私は、映画が好きだが飛行機をテーマにした映画では≪翼よ!あれが巴里の灯だ・・・≫が印象に残っている。1957年に日本で公開されたジェームズ・ステュアート主演の映画で、リンドバーグのライアンNYP単葉機「スピリットオブセントルイス」号による歴史的な大西洋横断飛行を、1927年5月20日のニューヨークのルーズベルト飛行場の離陸から、5月21日にパリに着陸するまで描いたものである。アイルランドのディングル湾で陸地にたどりつき、プリマス上空を飛んでイギリス海峡を横断、英雄の歓迎に沸くパリのル・ブルジェ空港に着陸するシーンでは子供ながらに、ドキドキハラハラしながら胸をなで下ろした事を記憶している。

私は、基本的に飛行機が好きではないが、約25年前に九州に赴任していた5年間で40回以上福岡~東京間を往復した。しょっちゅう乗っていると慣れてくるものだが、余り乗らなくなった現在では緊張する事がある。しかし、日本は島国だから文字通り【海外】に行く場合は飛行機に乗らなければならない。仕事をリターヤーし、命が惜しいくなくなったら是非飛行機を最大限利用して世界一周をしたいと考えている。 300px-Wrightflyer.jpeg tubasayo1.jpeg

    <(左)操縦者がオービルで外に居るのがウィルバー・(右)はジェームズ・ステュアート