Category: 芸術
3月8日(月) ≪「骨董まつり」は、面白い!≫
昨日、足立区のK社のI社長に誘われて「平和島全国古民具骨董まつり」に行った。この骨董市はその名の通り、平和島の東京流通センターに於いて毎年5回3日間開催行われる我が国で最も古い室内骨董フェアである。今回の開催で132回目だそうで、4500平方メートルの会場に全国から260を超えるデーラーが持ち寄る数十万点の珍品・稀品目当てに、外国人や多くの好事家がありとあらゆる所から集まってくると言う。様子を眺めていると外国人は、古い陶磁器やファニチャー或いは着物に関心が有るようだ。
I氏は、毎回同じデーラーから買い求めているそうで、少し遅れて私が会場に到着した頃には、その業者が出品した花卉と酒器の二つに狙いを定めていた。一つは益子焼の花瓶ともう一つは青磁の盃だが、いずれも人間国宝の作者が焼いた見事な作品で、共に25万円という高値が付いていた。I氏は私が見ている前で、やおら値引き交渉に入ったのである。何と彼は二つで一つ分の25万円から交渉を開始したので、私は唖然として興味深く事の成り行きを見守った。
暫くの間、30万円前後の攻防で終始したが、I氏はデーラーが長野から来た業者なので当該物件を持ち帰らなくていいように絶妙のタイミングである案を持ち出したのである。それは、相手が提示した価格に1万円を上乗せした金額で「九谷焼の急須」を1個付けさせ、3点併せた金額で決着を見たのである。心憎い事に、彼は私のワイフが、以前陶器を焼いていた事や出来映えのよい陶磁器をこよなく愛でる事を知っていて、ワイフにプレゼントしてくれたのである。
私は、商売人の極意と心遣いを目の当たりにして感心すると同時に、気持ちよく急須を抱え家路に向かったのは言うまでもない。
<左上/濱田庄司氏作の花卉・右上/九谷焼の急須・右下/松井康成氏さくの酒器>12月3日(木) ≪平山郁夫画伯の死≫
現代日本画壇の最高峰に位置する画家であった≪平山郁夫画伯≫が亡くなった。79歳だったそうだ。彼は1953年(S28年)、院展初入選。原爆の後遺症の中で、仏典をインドから持ち帰った唐僧・玄奘を描いた1959年(S34年)の「仏教伝来」で注目された。さらに1961年(S36年)の「入涅槃(ねはん)幻想」などで釈迦への敬慕の念を表現する一方で、シルクロードを舞台にした「仏伝シリーズ」で評価を高めた。彼は、母校の東京芸大学長を2度務めた他、日本美術院理事長、日中友好協会会長など画壇内外の要職を歴任したが、その作品価格は画家の中で飛びぬけて高いと言われていた。
シルクロードの静謐(せいひつ)な風景を、たおやかに描いた彼の画業を嫌う人は恐らく居まい。特に30年に亘り描き続けた、彼のライフワークとも言うべき奈良・薬師寺の「大唐西域壁画」はつとに有名である。「西遊記」で知られる7世紀の唐の名僧、玄奘三蔵が禁を犯してインド(天竺)へ仏教を極める旅を描いた縦2.2m・長さ19m・13枚からなる大壁画を、数年前に私は前にした時、えも言われぬ悠久の歴史と感動を覚えたものである。又、ユネスコ親善大使として北朝鮮の高句麗古墳群の世界遺産登録推進に寄与した功績も高く評価されている。
実は、私が常日頃懇意にさせて頂いているK社の社長応接室に、しばらく前に≪平山郁夫画伯≫の絵が飾ってあった。それも北朝鮮の前最高権力者「金日成」の生家を描いたものだったと記憶している。それも雅号を記した部分が花瓶で見えにくくしてあった?が、私は即座に見抜いたのである。高名な画家が亡くなると、その画家が描いた作品が急騰するという事を聞いたことがある。当時でも画題からして2,3千万しただろうから、今となって幾ら値がつくか想像出来ない。近々是非再度拝見したいと思っているが、その方が誰かは秘密である!(^◇^)



