Category: 映画

100308_cb_main.jpeg映画の祭典「第82回アカデミー賞」の授賞式が3月7日(日本時間8日)、ハリウッドで行われイラク戦争で爆発物処理にかかわる米軍兵士を描いた「ハート・ロッカー」キャスリン・ビグロー監督/写真)が作品、監督、脚本賞など6部門の賞に輝いた。同作品と並ぶ9部門にノミネートされたSF大作「アバター」(ジェームス・キャメロン監督)は撮影、美術、視覚効果賞の3冠に終わった。

両作品は元夫婦の監督賞対決という事や、事前に「ハート・ロッカー」のプロデューサーが関係者に「アバター」に投票しないように画策した事などが話題となったが、結果はビグロー監督に軍配が上がり史上初の女性監督の監督賞獲得となった。私は元々SF映画は好きではないので、「アバター」は見ていないが、見た人に聞くと3D映像が極めて美しいそう史上空前のヒット作なので、見てみたい気持ちなくはない。当然の事ながら「ハート・ロッカー」(心を閉ざす人と言う意味かな?)は、見るつもりである。

それと主演女優賞を獲得したサンドラ・ブロックの「しあわせの隠れ場所」も黒人のホームレスを養子に迎える実話をもとにした心温まる作品だそうで、今大層気になっている映画である。日本映画も今ブームで多作であるが、目立つ俳優は寺島しのぶや吉永小百合程度で大した作品がないように思う。それに渡辺謙に続く国際俳優も輩出しておらず、将来の日本映画界をを憂いているのは私だけだろうか?

今日2月10日は、「キタノ記念日」だそうだ。芸人・映画監督・俳優・司会者・東京芸術大学大学映像研究科教授の元漫才師のビートたけし(北野武)を記念する日だそうだ。。「ツー(2)ビート(10)」の語呂合せで、CS放送の番組『チャンネル北野』が2002(平成14)年に制定した。彼は、私と同じ1947年1月に東京都足立区島根町で、ペンキ職人の父(北野菊次郎)と、母(さき)の四男(次男が夭逝し、実質は三男として育つ)として生まれ、「竹のようにどんなものにも耐えてすくすく伸びてほしい」との願いから、「武(たけし)」と命名された。

彼は、教育熱心な母の薦めもあって明治大学工学部に進むが、大学生活に馴染めず2年生の時に出奔し新宿界隈で、ボーイやビル解体工や空港に荷役など職を転々とするうちに若松孝二小水一男らと知り合ったという。この間、若松との縁で『新宿マッド』『腹貸し女』など、幾つかの若松プロ初期作品に端役ながら出演し、やがて芸能に興味を覚えて曲折を経た後、ついに浅草フランス座でのコント漫才師「ツー・ビート」として名を売り出した。その後、「注意一秒ケガ一生、車に飛び込め元気な子」「気をつけよう、ブスが痴漢を待っている」「寝る前にきちんと絞めよう親の首」「赤信号みんなで渡れば恐くない」等の一連の「毒ガス標語」で、毒舌家としての地位を築いて行った。

彼自身「漫才では洋七に勝てない、しゃべりではさんまに勝てない、司会では紳助に勝てない。でも芸能人としてのトータルでは良い所には行くと思う」と、言ってる通り「つかみ」や「一部の評論」は上手いが、笑いでは決してNO.1ではないと思っているようだ。私が考えるに最も評価すべきは、映画の分野かもしれない?彼は、1983年大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」で俳優デビューを果たし、その後1989年に『その男、凶暴につき』という映画で深作監督に代わって映画監督としてデビューした。

その後ソナチネ(1993)・キッズリターン(1996)・HANABI(1998)・座頭市(2003)・アキレスと亀(2008)と数々の作品を世に送り出し海外からも高い評価を得ているようである。彼の作品のビジュアル面での最大の特徴は、「キタノブルー」と評される青の色使い、多くの作品で登場人物「死」が描かれ、青みの深い画面のもたらすひんやりした映像感覚とあいまって、全編に静謐な不気味さを醸し出している。突然残酷なシーンが映し出される場面が多く、私のように余り評価をしない人達も多いようである。

黒澤明監督亡きあと、未だ世界に通用する"ビッグ"な映画監督が出てきておらず黒澤も認めた「北野武」にそれを求めるべきなのであろうか?新作のやくざ映画「アウトレイジ」に期待してみるとするか!

takeshi480.jpeg                      <少し丸くなった?最近の「北野武」>

先週末、「インビクタス/負けざる者たち」という映画を見た。反アパルトヘイト運動で27年間投獄され釈放された後、南アフリカ共和国大統領となったネルソン・マンデラと、同国のラグビー代表チームのキャプテンとの人種を越えた友情を、クリント・イーストウッド監督が心に沁みる作品に描き上げた映画である。20世紀最大の指導者と言われる南アフリカの元大統領ネルソン・マンデラ氏をモーガン・フリーマンが、1995年ラグビー・ワールドカップで優勝した南アのキャプテン、フランソワ・ピナールをハーバード大学中退の俳優マット・デイモンが好演している。

マンデラ氏の関する映画は2007年制作の「マンデラの名もなき看守」という素晴らしい映画が過去にも有ったが、今回の主役には彼自信がM・フリーマンを指名したそうだ。M・フリーマン、M・デイモン共にアカデミー賞の主演及び助演男優賞の呼び声が高く、どちらかが確実に受賞するだろうと言われている。人種差別と言えばやはりアメリカに於けるアングロサクソン系の白人達がブラック・アフリカンを蔑視続けた歴史を我々は思い起こすが、実は我が国でも厳然と長きに亘って"差別"は存在した。

江戸時代に確立された身分制度に、「士農工商穢多(えた)非人(ひにん)」というやつがある。当時は、商人の下は人間扱いされなかったそうだが、「穢多」ということばの文献上の初出は13世紀においてであり、『天狗草紙』(1296)などに見られる。又有る文献には、「河原の辺に住して牛馬を食する人をゑたとなつく、如何」と書かれており、江戸幕府の公文書にも1644年以降に現れてくるそうだ。明治以降彼らが集団で生活することが多いため「部落民」と呼ぶようになったみたいだが、私の知る限りでは東京より以西、特に信州・関西・九州に多く居住していたようだ。

戦前までは、戸籍で区別していた制度も廃止され今では人々の移動もあって事実上判別出来なくなったが、社会党の代議士であった松本治一郎 氏が1946年に設立した「部落解放同盟」は今でも厳然と存在する。世界的には、インドの「カースト制度」などが有名であるが、最も悲惨な例は第二次大戦でドイツの独裁者ヒットラーがアインシュビッツ収容所で約100万人のユダヤ人を虐殺した事件であろう。又、我が国でも支那事変の折、南京で20万人とも30万人(但し中国側の発表)とも言われる中国人を虐殺した消し去る事が出来ない歴史が存在する。

今年は、今週末から開始される「バンクーバー冬季オリンピック」や5月から開催される「上海万博」、そして6月から32カ国が参加して熱戦が繰り広げられる「サッカー・ワールドカップ南ア大会」が開催される。今やインターネットで世界は一つになり、完成すればサッカー場とほぼ同じ大きさとなる「国際宇宙ステーション」には、我が国の野口宇宙飛行士他世界各国の宇宙飛行士が長期に滞在している。そろそろ「人種差別問題」とは、おさらばして「地球環境問題」に真剣に取り組む時期に来たようだ。正に、"地球は一つ"である! 

mand.jpeg 2005062100102.jpeg                     <マンデラ(上)とフリーマン(下)は友人だという>

ジェームズ・キャメロン監督のSF大作「アバター」の全世界興行収入が、同監督の「タイタニク」の記録を抜き、歴代1位となったそうだ。配給の20世紀フォックスによると、同作品の世界全体の興行収入は、25日までに18億5900万ドル(約1665億円)に達し、更新不可能と言われていたタイタニックの持つ18億4300万ドルの記録を僅か約6週間で塗り替えたという。「アバター」は北米では6週連続で首位をキープしており、ゴールデングローブ賞のドラマ部門で作品賞も受賞。米アカデミー賞作品賞にもノミネートされると予想されているが、この作品の制作期間は5年以上で、制作費は少なくとも3億ドル以上が投じられたと伝えられている。

「アバター」とは、元々サンスクリット語で「地上に降りた神の化身又は分身」という意味だそうだ。この映画の特徴は、未知の星を舞台に人類と先住民との戦いをSFアドベンチャーとし3次元映像で描かれており、それが話題となりリピーターも沢山居ると聞く。日本でも26日現在、興業収入が70億円超えたそうだが、どうも私はSF映画を基本的に余り好まない。その理由は、非現実的だし最近のそれは、CG(コンピューグラフィック)が駆使されているからである。「タイタニク」もそうだったが時代の流れと言ってしまえば、それまでである。

映画を大別すると、映画(フィクション)・ドキュメンタリー(記録)映画・アニメ(漫画)映画そして実験映画(表現技法を実験的に試みた映画)がある。今話題の「オーシャンズ」は、ドキュメンタリー映画の代表格と言えるであろうが、私の好きな劇映画も分類すると沢山のジャンルが有るようだ。例えば、順不同だが①アクション(ギャング・ヤクザ・カンフー・カー等)②サスペンススリラーSFコメディスペクタクル探偵スポーツ青春西部劇戦争パニックミュージカル恋愛ファンタジー児童時代劇プロバガンダ等、思いつくまま上げても斯くの如しである。

私の映画好きの理由は前にも述べた通り、今は亡き長兄・次兄や正月にも会った6歳上の兄貴達3人の影響が大きいようだ。彼らも私同様、アクション映画や西部劇、戦争映画やサスペンス、スリラー或いはミージカル映画が好きだった。しかし、これだけ話題になってくると映画好きとしては気になるもので、兄貴の意見を聞きながらこの映画を見るか見ないか?判断しようと思っている!

100127_120608.JPG                      〈「アバター」の記録更新を報じた新聞〉

カナダ国境から180kmのワシントン州シアトル市内にある墓地に、≪ジークンドー・マスター、ブルース・リー≫と刻まれた墓標がある。言わずと知れたカンフースター、ブルース・リーのお墓である。彼は1973年に32歳の若さでこの世を去ったが、彼が生まれたのが1940年(S15年)の今日11月27日である。名前の前に刻まれている"ジークンドー"とは、彼が編みだした武道、「截拳道」のことでカンフーの技術に、空手、ボクシング、サバット、合気道、柔道などさまざまな格闘技のエッセンスが取り入れられているものらしい。又、日本語読みでは"せっけんどー"と言うらしい。

彼は、アメリカのサンフランシスコで生まれたが、香港の九竜に戻り子役として多くの映画に出演する。その後18歳で再びアメリカに戻り、ワシントン州立大学在学中に自らが考案したこの"截拳道"の道場を開設した。その6年後にロング・ビーチで行われた世界空手トーナメントでの模範試合が注目され、ハリウッドのアクションを指導するようになり、門下生には私も大好きなスティーヴ・マックィーン、ジェームズ・コバーンなどのハリウッドスターも名前を連ねたいたらしい。

その後「グリーン・ホーネット」というTVシリーズ出演したが、彼を一躍有名にしたのは何と言っても、登場シーンの音楽がカンフー映画の代名詞となった1973年に制作した「燃えよドラゴン」である。この映画は世界的に大ヒットし、私たちも学校内で俄かヌンチャクを作り、彼のアクションを真似したものである。実は、彼はこの「燃えよドラゴン」公開直前に謎の死を遂げていた。一般的には、脳腫瘍と言われているが、一説には麻薬中毒ではないかと噂されている。

何れにせよ、全盛期に亡くなっており彼のカリスマ性は今でも絶大である。彼の時代には『K-1』は未だ生まれていなかったものの、魔裟斗(マサト)と戦わせてみたかったと夢想するのは私だけだろうか?

200px-BruceLee_T.jpeg                 <米ワシントン州シアトルにある ブルース・リーの墓>