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昔から大きな駅の側にに有る建物は、銀行・保険会社そしてデパートと相場が決まっていた。しかし昨日、1984年(S.59)に開業し現在セブン&アイ・ホールディングスが経営する、都心の一等地にある≪西武デパート有楽町店≫を、同社は長期の消費低迷などで黒字転換のめどが立たないとして、年内に閉店すると発表した。西武デパートは、堤清二氏がヨーロッパにならい「ファッションの総合商社」として1940年(S.15)に池袋本店を皮切りに開業した百貨店であるが、ある時期再編・統合を経たものの、昨今の低価格衣料専門店の攻勢など高額商品主体の百貨店そのものの存在感が薄まり、や止む無く閉鎖を決めたらしい。
過去にも都心から「有楽町そごう」や「池袋三越」が撤退したが、全て「ビックカメラ」等の大型電気店に様変わりしている。そう!現在駅の側に有るのは、銀行は別として大型電気店か「ユニクロ」と相場が決まってきた。≪西武デパート有楽町店≫は、「阪急百貨店」と有楽町マリオンの中でハーフスペースで展開しているが、ここが以前「日本劇場」、いわゆる≪日劇≫であった事を知る人は、最近少なくなって来た。≪日劇≫は当初、「陸の龍宮」「シネマパレス」といった構想のもと、収容客数4000人の大劇場、かつ本邦初の高級映画劇場として計画された。屈曲した外壁、広大な舞台、アールデコ調の内装など、当時としては画期的な建築要素をふんだんに取り入れ大林組の施工により、1933年(S.8)12月に盛大にオープンした。
戦後、帰国した「李香蘭」(山口淑子)の歌謡ショーで観客が劇場の外に溢れ、"7周り半"したとか、昭和30年代はロカビリー旋風に乗り、「ウエスタン・カーニバル」が大盛況となった等、一時期歌謡界の歴史を築き上げたのである。あのNHKの「紅白歌合戦」も1953年(S.28:司会/高橋圭三・水の江滝子)と1960年(S.35:同/高橋圭三1・中村メイコ)と2回開催されている。又、5階には私も高校時代に学生服のまま興味本位で覗いた経験もある劇作家の丸尾長顕が設立した「日劇ミュージックホール」もあった。
所謂ここは、高級ストリップ劇場で、コント55号やツービートを産んだ浅草フランス座と並び昭和の娯楽の黄金時代を支えた。この頃の代表的なダンサーとしては、伊吹まり・メリー松原・春川ますみ・奈良あけみ・あき竹城・アンジェラ浅岡などがおり、トニー谷、泉和助、関敬六、E・H・エリックたちがコントを担当していた。そして時代の移ろいと共に、1981年(S.56)娯楽の殿堂も老朽化には勝てず、閉鎖したのである。今後の関心事は、跡地に何が入るかであるが電器屋さんやユニクロさんには、今回はご遠慮願いたい。≪日本劇場≫の復活というのは、どうだろうか?平成の新しい芸能文化の発信地としては、誠の相応しい場所である!
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11月12日(木) ≪森繁久彌と彼を支えた豪華な俳優陣≫
昭和の喜劇映画界を彩った最大の巨星、森繁久彌が天国に召された。96歳というから大往生である。彼は、三船敏郎(1920~1997年・後に三船プロを設立)や加山雄三、植木等らと共に1960年代の東宝映画の全盛期を築き上げたのである。7代目(現)立川談志は、彼の事を『日本最高の喜劇役者』と自分の著書で絶賛している。但し、それも彼の周りで彼を支えたキラ星の如く輝く脇役陣の存在が有ったからである。主な作品の共演俳優を挙げると次の通りである。
≪映画≫ 『社長シリーズ』(源氏鶏太作・1956~1970年・30数作)・・・【男優/小林桂樹(実直な秘書)、加藤大助(総務部長)、三木のり平(営業部長)、フランキ―堺(変な日本人・中国人)、東野英二郎(親会社の大社長)、宮口精二(社長夫人の父親)、小沢昭一(中国人バイヤー)】・【女優/久慈あさみ(社長夫人)、司葉子(小林秘書の恋人)、新珠美千代・草笛光子・淡路恵子(社長の浮気心をくすぐるバーのママ又は芸者)、池内淳子(社長を誘う芸者)】・【その他、有島一郎、山茶花究、左卜全、団玲子等】
『駅前シリーズ』(井伏鱒二の「駅前旅館」を映画化・1958~1969年・24作)・・・【男優/伴淳三郎・フランキ―堺(共に友人又は敵対関係役)】・【女優/淡島千景・淡路恵子・池内淳子・乙羽信子・大空真弓(いずれもマドンナ役)】・【その他、三木のり平、松山英太郎、森光子、沢村貞子、京塚昌子、中村メイコ等】
≪テレビ≫ 『七人の孫』(TBS・源氏鶏太原作/向田邦子脚本・1964~1966年)・・・【大阪志郎・加藤治子(息子夫婦)/高橋幸冶・松山英太郎・いしだあゆみ・島かおり・勝呂誉・長谷川哲夫・田島和子(七人の孫たち)】・【その他、悠木千帆、月岡夢路、松本めぐみ、石坂浩二等】
『だいこんの花』(テレ朝・向田邦子脚本・1970~1977年)・・・【竹脇無我、大坂志郎、加藤治子、牟田悌三、ミヤコ蝶々、関根(現高橋)恵子、いしだあゆみ、川口晶、武原英子等】
≪ラジオ≫ 『日曜名作座』(NHK第1・1957~2008年・ラジオドラマ)・・・【加藤道子(俳優・声優)】
全てそうそうたるメンバーであるが、何と言っても彼がシリアスな役を演じる俳優として認められたのは、1955年に淡島千景と共演した維康柳吉役の『夫婦善哉』であろう。これは織田作之助の小説を原作にした、大阪の昭和初期を舞台に大店のドラ息子としっかり者の芸者の夫婦を描いている豊田四郎監督の名作である。森繁の成功の影響でコメディアンの中からベテランになるにつれてシリアスな演技者となりたがる者が多発したため、これを「森繁病」と呼んだことも有ったと聞く。
その良い例が、今日の日経新聞文化欄にも出ていたが、名作『飢餓海峡』の伴淳三郎であり、『私は貝になりたい』のフランキ―堺であろう。又、その他にも影響を受けたと言われているのが、有島一郎であり、テレビの藤田まことだそうだ。既に天界で多くの仲間たちと笑いを撒き散らしているであろう、『日本最高の喜劇役者』に合掌、そして献杯!!!
今年の6月25日に急逝したマイケル・ジャクソンが、ロンドンで行う予定だったコンサート≪THIS IS IT≫の何百時間にも及ぶリハーサルとビハインド・ザ・シーンを映したドキュメンタリー映画が大ヒットしているらしい。未だ謎が残るその死の直前まで、マイケルが行っていた猛特訓風景とその素顔を収めた貴重な映像の数々を基に構成されて、あたかも観客がロンドンコンサートの最前列にいるかのような臨場感を味わえるという。
10月28日に2週間限定で全世界同時公開されたこの映画は、我が国でも全国324館で上映されているそうだが、前売り券の販売枚数は最終的に24万枚に迫る異例の売れ行きで、31日までの4日間で全国興行収入約6億5千万円、動員51万人を記録する大ヒットとなった。この不世出のエンタテナーの特集番組を、私もテレビでチラッと見たが、天性の音楽的なセンスに裏打ちされたリズム感と歌の上手さは、只々舌を巻くばかりで、特に「ムーン・ウオーク」に代表されるダンスは、到底我々アジア人には真似が出来るものではない。
兄弟で結成したジャクソン5のボーカルとしてデビューした彼は、ゴシップキングとしても知られ、美容整形と尋常性白斑・全身性エリテマトーデス(肌の色の変化)の影響によるマイケル・ジャクソンの外観の変化のためよくタブロイド紙のネタにされてきた。私は、ゴシップネタが好きではないのと、黒人のソウル・ミュージックが左程好みでないので、彼の歌は余り聞いたことがなかったが、特集番組を見て、一遍に虜になってしまった。
評論で星が5個近く付き始めたこの≪マイケル・ジャクソン THIS IS IT≫は、どうやら上映の延長が決まったようで、私も是非見てみたいと思っている。
10月1日(木) ≪ドリフの"8時だよ!全員集合"≫
つい最近、昔TBSの「お化け番組」と言われた≪ドリふの"8時だよ!全員集合"≫を見る機会があった。この番組は今から40年前の1969年10月4日に始まり、1985年の9月28日までの17年間通算803回も続いたザ・ドリフタ-ズ主演のバラエティー公開番組である。たまたま子供達の成長期に重なったこの番気味は、今見ても何とも面白い。特に人気ゲストを呼んでやる「少年少女合唱団」、「体操・ハイポーズ」や「バカ殿様」、「ひげダンス」他、色んなコントは、多くの流行語を生んだものである。又、土曜日の生番組にも拘わらず毎回豪華にしつらえられたセットは、今から思うと「伝説の番組」と称されるのに相応しい、誠に豪華なものであった。
今テレビ番組がつまらない。どの局を見ても、たけしやさんま、島田紳助を始めとする"吉本"の芸人達が中心のバラエティーやトーク番組ばかりで辟易する。従って、見る番組はニュース、スポーツ、ドキュメンタリーや一部のクイズ番組に限られ、昔ほどテレビをみなくなってしまった。或るテレビ関係者に聞いたところ、最近は不景気でスポンサーも付きづらく、いきよい宣伝のため何組かをまとめて安く売り込んでくる"吉本"の芸人達を使う場面が多くならざるを得ないそうだ。同じ理由で、バックのセットも毎回同じ物を使用し、コストダウンを図っているらしい。益して、BSやケーブルテレビなどの出現で視聴者の選択肢が増えたため、一部のキー局は台所が"火の車"だと言う。彼は、「将来的にはキー局の合併が避けられないだろう!」と結んでいた。
ドリフターズの原点は、同じナベプロのコミックバンドだった「ハナ肇とクレイジーキャッツ」にある。先輩格の彼らは、1961年~1972年まで続いた「ショボン玉ホリデ」(591回)や1964年に始まって1835回も生で放映され続けた「おとなの漫画」で後輩のドリフに道を開いたのである。今の若い人達は知る由も無いが、ハナ肇や植木等、谷啓たちの独特な持ち味を前面に押し出した、何とも面白おかしくスマートなショートコンは絶品だった。
≪"8時だよ!全員集合"≫の平均視聴率27.3%、最高視聴率50.5%は正に伝説になりつつあるが、そろそろ各社テレビスタッフも政権交代?して、良心のもとに番組作りを根本から見直したらどうだろうか?
8月7日(金) ≪大原麗子さんの"孤独死"に思う≫
昨日女優の大原麗子さんが、世田谷の自宅で亡くなっているのが発見された。所謂、"孤独死"(自然死)で死後二週間程度経過していたという。彼女は私と同い年で、1964年にNHKドラマ『幸福試験』でデビュー後めきめきと頭角を現し、吉永小百合さんと共にその時代を代表する女優に成長したのである。彼女の代表作には、『おはん』(1984年の映画)やHHKの大河ドラマ『春日局』(1989年)等があるが、『すこし愛して、なが~く愛して』がキャッチコピーの「サントリーレッド」のCMは一世を風靡し、「好感度NO.1女優」の地位を得たのである。
彼女は、約10年前から運動神経が侵される難病指定の「ギラン・バレー症候群」(発見者の名前)に悩まされ、一線から退いていた。又、二度の結婚に失敗した彼女は、その間に乳がんの手術を受けうつ病になるなど、晩年は幸せではなかったようだ。実は、私の継母も誰にも看取られずに"自然死"したが、毎日玄関先を掃除する筈が2日間出て来なかったため、近所の人が不審に思い通報してくれたので早期に発見することが出来た。
いかに「死ぬ時は一人」とは言え、輝かしい過去の栄光を持つ彼女が死後二週間も発見されなかったという事実を知ると、何とも哀れでならない。若しお子さんでも居たら、彼女の半生は変わっていたかも?しれない。
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