Category: 歌
世の中アップルの「ipad」の国内発売の話題で持ち切りだが、私は漸く以前から欲しかった「アイポッド ナノ(ipodnano)」を手に入れた。「アイポッド」は、アップルのフラッシュメモリを内蔵したデジタルオーディオプレーヤーである。自分ではよく解らないので、我が社の女性スタッフにお願いしてビッグカメラで買って来て貰った。腕に巻くウオーキング用のホルダーやイヤホーンを含め、約2万5千円程の買い物である。いつも電車の中で若い人たちが聞いている姿を横目にしていたが、恥ずかしながら?小生もウォーキングの際に好きな音楽を聞きたくて買ったのである。
嬉しい事に、クラシックや「懐かしのオールディーズ」或いは日本の今風の音楽を含め彼女が630曲をインストールして持ってきてくれたのだ。感激したのは、1950年代後半から60年代にかけての懐かしい曲が満載で、特にプレスリー、ニール・セダカ、ナット・キングコール、フランク・シナトラ、ディーン・マーチン、リッキー・ネルソン、コモドアーズ、プラターズからハンク・ウイリアムスまで、今は中々聞く機会が少ない曲が沢山あるので、これから楽しみだ。久し振りのウオーキングで今朝はたまたま、コニー・フランシスの歌を聞いた。
1938年生まれの彼女の事を知る人は、少なくなったろうが彼女はイタリア系のアメリカ人で、本名は「コンチェッタ・マリア・ローサ=フランコネロ」と言うらしい。代表的な作品に、当時日本では弘田三枝子が歌ってヒットしたヴァケイション( Vacation )やボーイ・ハント (Where The Boys Are )、中尾ミエが甘え声で歌ってヒットした可愛いベイビー (Pretty Little Baby )やカラーに口紅 (Lipstick On Your Collar )、間抜けなキューピッド (Stupid Cupid)等が有名である。意外な事に、あの山口百恵も可愛いベイビーを歌っているそうだ。
因みに今日は、リズムに乗ってヴァケイションや間抜けなキューピッド で早足、ボーイ・ハントや可愛いベイビーで並足で歩いた。明日はどの曲を聴きながら歩くか、楽しみになって来たが、ナイキのシューズに「アイポッド」のメモリーを装着して、万歩計になるらしく早速それもネットで買う事にした。数ヵ月後の私のスリムな体に、ご期待あれ!(●^o^●)
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4月8日(木) ≪仙台、日帰り出張≫
"広瀬川 流れる岸辺 想い出は かえらず 早瀬 おどる光 ゆれていた 君のひとみ・・・"。 これは、今から32年前の1978年の5月に歌手のさとう宗幸氏が歌って大ヒットした歌である。昨日、久し振りに日帰りで宮城県≪仙台≫に出張した。朝会社に出て、帰りも会社に寄ったのでかなりタイトで慌ただしい出張だった。今では新幹線で2時間前後と以前より随分楽になり、充分日帰りが可能な圏内である。ところで、仙台と言えば皆さんは何を思い出すだろうか?
歌に歌われた「青葉城」、そこの城主であった「独眼竜伊達政宗」、「七夕まつり」、「笹かまぼこ」、「伊達男」、「仙台萩」、「牛タン」ってところか。その他にも私は、「日本三大ブス(失礼!(●^o^●))の産地」などが思い浮かぶ。ところが、昨日言ってみて私の考えが一変した。仙台は、私の記憶では確か現在我が国に有る政令指定都市19の内の11番目の都市で、その玄関口である仙台駅は、地方都市の駅にしては結構大きく立派な駅である。
駅に屯していた東京でも見ないような派手なメイクと鼻ピアスの高校生らしき連中は別として、ホテルのティールームで行き合わせた"アラフォー"と思しき一団は、なかなか洗練されていた。お茶を飲みながらの打ち合わせだったので、私も決してまじまじと見た?訳ではないが、何か習い事の仲間であろう奥さん連中が、真中に着物を召した年嵩の女性を囲んで楽しそうに談笑していたのである。見るからに高そう洋服を着、東京青山にでも居そうな彼女たちのセンスは"なかなか"のものであった。
「ブス」政策は、伊達正宗が他国からの侵略を恐れて実施したという嘘か誠か定かでない言い伝えを聞いた事が有るが、こんなに空気が澄んで奇麗な街に美人が育たない筈がないと思う。マア、仙台のブス議論は改めてすることにして、最後に政宗が68歳で没した折の辞世の句をご紹介しよう。
「曇りなき 心の月を 先だてて 浮世の闇を 照してぞ行く」
【青葉城公園にある伊達政宗騎馬像】昨日≪ホイットニー・ヒューストン≫の日本公演コンサートを「埼玉アリーナ」に聴きに行った。いつも外国人アーティストの公演を1人で行っているらしい兄貴の誘いで、無粋だが2人で一緒に行って来た。ホイットニー・エリザベス・ヒューストンの来日公演は、1986年以来7回目で今回は13年ぶりらしい。彼女の大ヒット曲と言えば、思いだすのは1992年にケビン・コスナーと共演した初主演映画『ボディガード』の主題歌である「I Will Always Love You」だろう。この曲を含めた彼女の新曲6曲を収録したサウンドトラックは全世界で3000万枚を売り上げ、日本でも当時洋楽史上最高の280万枚を売り上げる驚異的なヒットとなったのである。
その年彼女はR&B歌手、ボビー・ブラウンと結婚。翌年には一人娘ボビー・クリスティナ・ヒューストン・ブラウンを出産したが、その頃が彼女の絶頂期だった。2000年にベストアルバムを発売したが、時期を同じくしてハワイの空港で大麻所持で拘束された。激しく体重の落ちた姿が度々見られるなど健康を害し、その後テレビ番組で大麻やコカイン等の常用やセックス中毒であったことを告白している。夫が暴行などで度々逮捕され、離婚説が幾度も報じられるなどのトラブルも多く、週刊誌やテレビ等で私生活を取上げられる事が度々有ったようだ。
2004年から翌年にかけてリハビリ生活を続けた後、2006年10月にボビー・ブラウンとの結婚生活に終止符を打つべく裁判所で離婚が成立した。その際お金を得るために、家や土地を始め全ての家財道具や衣装、果ては下着まで売り捌いたとアメリカCNNの報道で聞いたことがある。彼女の復活は、2009年8月31日(米国)にアルバム『アイ・ルック・トゥ・ユー』が発売され、1週目で30万枚以上を売り上げBillboard 200の初登場1位を獲得してからで、その結果今回の東京公演を皮切りに11年ぶりのワールドツアーも決定したのである。
心に響く素晴らしい歌声とは、こういう歌を言うのであろうか?彼女は10代の頃ファッションモデルをしていたらしく現在46歳ながらスタイルは抜群で、エルヴィス・プレスリーやアレサ・フランクリンのツアーにバック・コーラスとしても参加していた母親シシー・ヒューストンの声と教えを受け継ぎ、「アメリカ合衆国で(女性アーティスト史上)4番目に売れている歌手」と評価されるまでになったのである。私は、常々日本人が外国人に叶わないものが二つ有ると思っている。それは、黒人に代表される強靭な体力と彼女のようなソウルフルな歌声である。出来たら、もう一度彼女のコンサートに行きたいと思っている!
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10月30日(金) ≪秋元順子さんって?≫
早いもので2009年も余すところ早や2ヶ月となったしまった。不景気なので、例年に比べて少ないだろうが、忘年会シーズンがやってくる。カラオケで歌を歌う機会も増えるが、最近は年のせいかさっぱり新しい歌を憶えることが出来ない。最後に憶えたのは、5,6年前にすぎもとまさとが歌ってヒットした『われもこう』くらいである。上手くはないが普段私は、スタンダードナンバーの横文字の歌か、松山千春やアリスの歌を歌う事が多い。
ところが、2,3ヶ月前に或るところで
「小鳥たちは 何をさわぐの
甘い果実が欲しいのですか
他人に比較べる 幸せなんていらない
あなたの視線が 愛しくあれば
ああ この世に生まれ 巡り逢う奇蹟
すべての 偶然が あなたへとつづく
そう 生きてる限り ときめきをなげかけて
愛が愛のままで 終わるように・・・」という歌が、やけに耳についてきた。
聞くところによると、去年の『紅白歌合戦』に初めて61歳で出場した≪秋元順子さん≫という歌手が歌ってヒットした歌らしい。何とも"遅れ者"の私だが、2番の「糸引くような 接吻(くちづけ)しましょう」という下りが、気に入った。男性バーッジョンもあるようで、早速歌ってみると私にピッタリ?の曲である。ワイフは、「既に下火になってきた歌で、今更は恥ずかしいですよ!」と言うが、他にないので取り敢えず今シーズン限りの「持ち歌」にしようかと考えている。
ついでに、最近漸くフリオ・イグレシアスの「ナタリー」とイーグルスの「HOTEL CALIFORNIA}」もマスターしつつあることも付け加えたい!勿論、原語でである!(^◇^)
9月18日(金) ≪マリー・トラバースが死んだ≫
マリー・トラバースが16日死んだ。72歳だった。こう書いてもご存知の方は少ないかもしれない。しかし、1960年代に活躍したブラ・フォーと並ぶ人気フォークソング・グループ、PPMの女性ボーカルと言えば我々の世代では、思い当たる方も多いだろう。ピーター・ポール&マリー(Peter・Paul and Mary)は、1960年代のアメリカで最も成功したフォークグループの一つで、ピーター・ヤーロウ(Peter Yarrow)、ノエル・ポール・ストゥーキー(Noel Paul Stookey)とマリー・トラヴァース(Mary Travers)のトリオである。
多くのベトナム反戦のメッセージを全世界に送り出したが、特に「花はどこに行った」、「パフ」、「天使のハンマー」、「七つの水仙」等はフォークソング・ファンでは、知らない人は居ないと思う。実は私も「マン(モン)ウスター」というグループで、彼らの曲を歌っていたので彼女の透き通って伸びやかな声は、今でも常に耳に残っている。私達は、「最後の審判」を歌った「ベリー・ラスト・デイ」と彼らの友人であるボブ・ディランが作った「ドンツ・シンク・トゥワイス」という曲が得意だったが、当たり前ながら彼らの雰囲気の100分の1も最後まで出す事が出来なかった。
彼らが、来日する度に当時のフォークソング仲間と見に行ったが、もう彼女の生の歌声が聞けないと思うと淋しい限りである。今夜は、古いCDを引っ張り出して改めてPPMの歌を聞くことにしよう。マリーに合掌!



