Category: 季節

昨日は「七夕様」だった。七夕とくれば私は、笹の葉や短冊の他に「浴衣(ゆかた)」を思い浮かべるが、皆さんは如何だろうか?最近若い人を中心に「浴衣」が見直されているようだが、逆に私が「浴衣」から連想するものには、次のようなものが有る。"花火大会)"、"夏祭り"、"盆踊り"、"縁日""金魚すくい"、"風鈴"、"団扇"、"縁台"、"下駄"、"朝顔)"、"スイカ"、"打ち水"、"温泉宿"などなど概ね暑い日に涼を呼ぶものが殆どだ。際どいところで、女性の"うなじ"、"後れ毛"、"ふくらはぎ"等を連想する私は、少し異常?だろうか(*^_^*)

そんな輩を期待してか、女性が居る「飲み屋さん」では最近ちょくちょく「七夕祭り」や「ゆかた祭り」と称してイベントを行っているようだ。東南アジアや中国を中心とする海外でも、日本人相手の「飲み屋さん」でも同様の試みが行われているという。元々「浴衣」は、平安時代の湯帷子ゆかたびら)がその原型とされる。この時代では、。この時代、沐浴するための衣とされていて、複数の人と入浴する機会が多かった汗取りと裸を隠す目的で使用されたものと思われる。素材は、水に強く水切れの良い麻が使われていたらしい。

これが安土桃山時代の頃から、貴族を中心に湯上りに着て肌の水分を吸い取らせる目的でひろく用いられるようになり、更に江戸時代に入って庶民の愛好する衣類の一種となった。「ゆかた」の名は「ゆかたびら」の略だそうだ。勿論今では男性や子供も好んで着るが、何でも日本橋では8月15日までの期間中、三越本店など55店が「浴衣着」で訪れると、割引などの特典が受けられるそうだ。又、「ゆかたステーション」では浴衣の着付けや着崩れも直してくれるそうだ。しかし、最近街中で「浴衣」のよく似合う"小股の切れ上がった"薄化粧の美人に遭遇しなくなったと思っているのは、私だけだろうか? yukata.JPG

                    <子供の浴衣は可愛くて罪がない?ものだ>

白樺 青空 南風
こぶし.JPGこぶし咲 くあの丘
北国のああ北国の春
季節が都会ではわからないだろと
届いたおふくろの 小さな包み
あの故郷へ 帰ろかな 帰ろかな

この歌は、皆さんも良くご存じの千昌夫が歌って大ヒットした「北国の春」の1番の歌詞でる。中国や東南アジアでも大ヒットしたこの歌は、<遠藤実>が作曲し<いではく>が作詞したものだ。この北国とは、千昌夫の出身地である岩手県と思っている人が多いようであるが、実は<いではく>が生まれた信州野辺山辺りをイメージして作ったものらしい。長野県が北国とも思えないが、高冷地で寒い冬を過ごす環境は、北国と同じと言えよう。温かい南風が吹き・白いこぶしの花が木いっぱいに咲く。待ちに待った春の到来である。木々に若葉が吹き出し、透き通る様な青い空の下、野山は若葉に包まれる。川は、雪解けの清冽な水、そんな春の光景は何度迎えても心が弾むものだ。

又、「三日坊主」になるかも知れないが昨日の朝から歩き始めた。ところが、今朝は昨日から降り始めた雨が残り、3月も末とは思えないほど寒さである。正に「北国の春」の如しだ。私が住んでいる柏市が都会と言えるかどうかは別として、こんな寒さの中でも花々の移ろいにより春を感じるものだ。今朝のウオーキングで、「こぶし」と「沖縄寒緋桜」が勢いを失い、「ソメイヨシノ」の蕾に活気を感じた。それにしても、杉花粉が峠を越したと聞いて胸を撫で下ろしたところである。私にとって本格的な春はこれからだ!(*^_^*) 沖縄寒.JPG 桜.JPG             

<右上:こぶし/左:沖縄寒緋桜/右:ソメイヨシノ>

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michinoeki.jpeg我家の裏庭?に、「多賀沼」があるのは以前にも書いた。柏市・我孫子市・印西市・白井市にまたがる周囲38キロ、面積6.5平方キロ、最大水深3.8メートル、貯水量0.0056立法キロメートルの湖沼である。手賀沼南岸に整備された全長約9.4kmの遊歩道「手賀沼自然ふれあい緑道」は、2005年に7年の歳月をかけて完成した。それは、貴重な自然環境が残る手賀沼の南岸に、柏市北柏橋から柏ふるさと公園、北千葉第2機場、「道の駅しょうなん」を経由し、手賀曙橋にいたる幅6メートルの人と自転車の専用道路である。

その「手賀沼」にも、どうやら春がやってきたようだ。昨日の夕方、この歩道を散策しながら「道の駅しょうなん」(左上)に取り立て野菜を買いに行った。「曙橋」のたもとに有る「道の駅」の販売所には、主に千葉県産の野菜や果物が並べられて、買い物客で大盛況である。土手には、早咲きの桜がほぼ満開でその周りに暖かさからコートを脱ぎ棄てた軽装姿の人達が写真を撮っていた。花には詳しくないのでよく判らないが、玉縄(たまなわ)桜か小彼岸(こひがん)桜だろうか?

斯くの如く、春は毎年確実に冬を押しのけてやって来る。春の後に夏が来て、秋が来て、そして又冬が!夕闇を中、"ふっと"あと幾歳「手賀沼の春」を感じる事が出来るのだろうか?と感傷的になった私だった。

黄金の亀.JPG 桜.JPG<「ふれあい緑道」の途中にある「黄金の亀」像と早咲きの桜>

我家の「箱庭」のの木に、今年も≪梅の花≫が咲いた。例年2月(去年の2月10日のブログご参照)の中旬に蕾を付け、2月末から3月の始めに満開となる。数日前に≪(ウグイス)≫が来たと思ったのだが、ウグイスは滅多に梅の木にとまる事は無く、殆どが"目白"だと言う。鳥に疎い私としては、今さら確認のしようもないが、今朝も庭を覗いてみたもののそれらしき鳥は見掛けなかった。鶯はその別名「春告げ鳥」と言う通り、早春に山里のあちこちで綺麗な鳴き声を発するため、人々が一冬待っていた春を予告する目出度い鳥としてあがめたようだ。

正に万葉の昔から、≪梅≫と≪ウグイス≫は春の訪れを喜ぶ多くの人々にとって格好の組み合わせなのだ。万葉集には、「鶯」の歌語を用いた歌が約50首あり、その中でも、「梅」と「鶯」を詠んだものが11首ほど収録されている。

春の野に鳴くや鶯なつけむとわが家の園に梅が花咲く」(笄師志大道)

梅の花咲ける丘辺に家居ればともしくもあらず鶯の声」(読人不知)

わが宿の梅の下枝に遊びつつ鶯鳴くも散らまく惜しみ」(薩摩目高氏海人)

今日は「雛祭り」、これを過ぎると卒業式・入学式のシーズンで本格的な春がやって来る。さて、我々建設機械レンタル業界に、春はいつやって来るのだろうか? 100303_074122.JPG               <昔の実家の庭を模して造った我家の「箱庭」/今朝撮影>

"明けましておめでとうございます"

今年は"寅年"です。新年早々の朝礼で、我が社のスタッフに"寅年"で思い浮かぶ諺を聞いたところ、「虎の威を借る狐」「虎穴に入らずんば虎児を得ず」「虎の子」などが出てきた。いずれも中国の故事成語から来たもので、虎は強いものの代表格と言える。又、「虎は千里を行って千里帰る」という例え通り移動範囲が広くて帰趨本能がある為、戦時中の「千人針」の絵柄に用いられたという。

我々以上の年代では、「トラトラトラ」と言う暗号文が印象に残っている筈だ。これは、太平洋戦争の始まりである日本軍の真珠湾攻撃で、ハワイ攻撃隊長・淵田美津雄中佐機による成功を伝えた電信文で、「ワレ奇襲ニ成功セリ」と言う意味だったようだ。1970年には、このタイトルで日米合作映画が作られたが、元々聖徳太子が信貴山にて物部守屋討伐の戦勝祈願をした際に、寅の年、寅の日、寅の刻に毘沙門天が聖徳太子の前に現れ、その加護によって物部氏に勝利したという伝説にちなんでいるそうだ。

何れにせよ、"寅年"は十二支の中でも縁起が良い干支だと言われているが、果たして今年の景気はどうだろうか?昨日の東京株式市場の「大発会」では、株価が1年3ヶ月振りの高値水準に回復したし為替相場も93円と円安に推移し、出足はまずまずのようだ。しかし、人口の減少に歯止めがかからず過去2年間で21万人減り、又生産年齢人口(15~64歳)も150万人減少したという。従って、大きな景気回復は望めないものの、これ以上の景気後退はないと私は考えるし、考えたい!

個人的には、今年正月は息子夫婦家族と合計8人んで過ごした穏やかな正月でした。又、社内での年頭の挨拶も今年は、渋面を作らず笑顔で接したいとスタッフに伝えたところであります。皆様方に於かれましては何とぞ、今年も稚拙な小生のブログにお付き合いの程を、切にお願い申し上げます。 お年玉.JPG 無題.JPG 凧揚げ.JPG

〈(左)我家の"おせち"の一部?(中)近くの公園で凧上げに興じる二男夫婦(右)年末に急に我が社のスタッフから帰ってきた私の手作り"お年玉袋"〉