Category: スポーツ
昨日、或る造園業のお客さんのゴルフコンペにワイフと共に招待された。コースは千葉の「小見川東急ゴルフクラブ」だったが、スタート直後から生憎の雨が降り出し、2~3ホール目で本格的な雨模様となってしまった。コースは丘陵コースで、林と水とマウンドが基本テーマだけに、スコティッシュムードの攻略性が高いゴルフ場である。アウトは樹木が多く林と水が基調で、インはマウンドやフェアウェイのウェーブ、ポットバンカーなど開放的なリンクス風とアウトとは趣が違っている。グリーンはベントのワングリーンで、アンジュレーションもあり形にも変化があるため、ある程度ピンポジションを把握して攻めないと4パットする恐れもある。
10組のショットガンスタートだったが、私たちは最終組の遅いスタートだったので終了したのが夕方5時近かった。最終ホールでは辺りが暗くなり打ったボールも見えにくく漸く上がって来れたという有様だ。結果は45-45の90ストロークで残念ながら40人中ん014位と不本意な成績だったが、同伴者お二人が気の置けない方々だったので雨中ながら楽しくラウンドさせてもらった。荒天にも拘わらず今年のラウンドの平均ストローク(内緒?)を何とか下回れたのは、この日のために数日間ウイークポイントの矯正のため練習場に通い詰めたお蔭だろう。
ゴルフのお上手な方は、この程度のスコアでと思われるかもしれませんが今の私にとってBAD CONDITIONの中のプレーではベストかもしれない。『努力は裏切らない』というが、今月はシーズンとあって当社のゴルフコンペ(10月19日)を含め、何回かコンペに参加する機会が」ある。精々精進して良い成績を納めたいたいものである。
1991年1人の若者が日本プロ野球パ・リーグのオリックスブルーウエーブにドラフト4位で入団した。その人の名は鈴木一朗、今年日本人として世界に誇れる人物ナンバー1の「イチロー」である。そのイチローが10年連続で打ち立ててきたシーズン200本安打が昨日途切れてしまった。最終安打数が184本で、16本足らなかった。過去10年の平均内野安打数52本が今年36本に終わったそうで、その不足安打数がそのまま未達に終わった要因となってしまったようだ。
彼は2004年に達成した262本の大リーグ・シーズン最多安打新記録他、首位打者日米通算9回、打率3割8分7厘の日本新記録、日米通算3522本安打など数々の金字塔を打ち立ててきた。内野安打が減った理由として、苦手なカットボールを多く放られたとか相手球団が内野手を以前より1~2m前に守らせたのが奏功したとか言われているようだが、10月で38歳になる事から年齢からくる動体視力の衰えと言う説が最も正しい様に思える。
彼は、小学校時代から地元・愛知県の出身町内にある空港バッティングセンターにほぼ毎日通い詰めていたという。バッティングセンターに通いつめるあまり普通の球速では満足できなくなり、イチロー用のスプリングを作って、行く前に電話したそうだ。同センターにはイチロー専用8番打席が現在もあると聞く。なお、同時期に日ハムの稲葉篤紀も同じバッティングセンターに通っていた。稲葉は「隣で同い年くらいの奴がめっちゃ速いボールを簡単に遠くまで飛ばしていた」と話している。
イチローは天才肌だ。そして人一倍努力をするという。天才が努力を重ねたら『鬼に金棒』 である。以前見た彼のドキュメンタリー番組で、人間イチローの一端を垣間見た。アメリカのロードの範囲はとてつもなく広くハードである。番組の中で彼は何時もボストンバッグに持ち歩く枕を見せてくれた。眠れない夜は睡眠導入剤を飲むとも。そして彼の一日は何時も同じリズムと動作で推移して行くという。バッターボックスでの仕草もその一環だそうだ。
日本プロ野球も終盤戦に差し掛かり、首位打者争いも熾烈をきわめて来た。安打数においては、昨日時点でセ・リーグがヤクルトの青木の153本、パ・リーグがオリックスの坂口の164本がトップである。試合数の違いが有るが、2人が残り試合でイチローの184本を凌駕するのは至難の業である。過去に日本プロ野球界で『神』と呼ばれた選手が2人いた。『打撃の神様』川上哲治と『神様・仏様・稲尾様』の稲尾和久の2人だが、今やイチローも『神聖イチロー』と呼んでもおかしくない域に達していると思う。
彼は≪前人未到の11年連続184本≫を達成したのである。来シーズン、若し安打数170本でも≪前人未到の12年連続170本≫なのだ。私は日本球界で晩節を汚す事無く、最高レベルのメジャー・リーグで彼の野球人生を終わらせるべきだと考える!
2011年9月28日(水) ≪「万理一空」≫
9月場所で12勝3敗の好成績で大関に昇進した琴奨菊が、伝達式で「大関の地位を汚さぬよう、≪「万理一空」≫の境地を求めて日々努力、精進いたします」と口上を述べたという。剣豪、宮本武蔵の著書「五輪書」にあるこの言葉、知人と相談して決めたようだ。琴光喜以来、4年振りの日本人大関誕生で故郷の福岡県柳川市の市民は勿論、横綱・大関で唯一の日本人力士として日本国民全体が179cm、179kgの左程上背がないこのお相撲さんに期待している筈だ。
四字熟語辞典@大相撲昇進口上
は誰が言い始めたかご存知だろうか?千代の富士の横綱昇進時は、「横綱の名を汚さないよう、一生懸命頑張ります」としか口上を述べて居ない。実は、大関に昇進した貴乃花からだ。貴乃花は、大関昇進した際、「不撓不屈の精神で相撲道に精進します」(どんな困難に出合ってもひるまずくじけない)、横綱に昇進し際は「不撓不屈の精神で相撲道に不惜身命を貫く」(身も命も惜しまず、懸命に何事かやり遂げる)と口上を述べている。お兄ちゃんの若乃花の横綱昇進時には「堅忍不抜の精神で精進」(意志がかたく、じっと堪え忍んで動じないこと)と使者に答えている。一つの"流行り"と言ってしまえばそれだけだが、普段使う事のない何とも難しい言葉である。
ところで今回の≪「万理一空」≫って、どんな意味なのだろうか?調べてみたらこんな回答を得た。「どこまで行っても空は一つ・・・諸事に惑わされることなく全てを万里(理)一空・一つの世界のこととシンプルに考えて目標に励み世界を制する・・・という意味だそうだ。又は全ての道理、条理も同じ空の下にある・・・という意味で使われているようである。琴奨菊は、おじいさんの「一」男さんお手ほどきで相撲を始めたので「一」の字を入れたかったと聞いた。おじいちゃん思い出感心なものである。
<第10代横綱雲龍久吉1822年(文政5年) - 1890年(明治23年)6月15日>2011年9月16日(金) ≪今年3度目の軽井沢≫
軽井沢に来るのは、今年3度目である。今日は、軽井沢72ゴルフの「北コース」で、TL(東京建設機械リース業協会)ゴルフ会140回記念大会オープンコンペが開催されたのだ。140回とは、何と回を重ねたものだが、一昔前は年に6回開催していたらしい。当時私も売り手側だったので、賛助会員で参加した事も有ったが、レンタル業を始め正会員となってからは、回数も年3~4回に減っていた。私がこの会の会長になった4年前(2年前に退任)から年3回開催となったが、それでもTLゴルフ会の歴史は約30年に及ぶものだと理解している。
今回は正賛会員併せて30名が参加した。「北コース」は、NECが冠する女子プロトーナメントが開催されるタフなコースだ。しかも洋芝とあってラフに入るとえらい厄介だ。今年は韓国人選手が、プレーオフの末福嶋晃子選手を破って優勝した。私はINからのスタートで、スコアは49―44の93ストロークでハンデは15.6、ネット77.4で中庸の15位だった。メンバーは日頃から懇意にさせて貰っている小物の同業者貸しのレンタルを行っている会社のH専務、中古機械の入札会を主催しているK社長、それに広域レンタル業者であるN社のN部長である。
スコアはそれとして、ささやかに『藤本ルール』で握って楽しんだのである。実は明日もプライベートであるが同じメンバーで、東の「入山コース」を回る予定である。きっと今日のLoserN氏の巻き返しが有る事だろう。
![]()
2011年9月2日(金) ≪ジャマイカとケニア≫
韓国テグの世界陸上のトラック競技は、概ね黒人選手が席巻している。それも短距離は、ジャマイカの選手、長距離はケニアの選手がメダルを多く獲得しているのが特徴のようだ。黒人のルーツはアフリカである。ジャマイカの人口(約272万人・136位)構成を調べてみると、ムラート(Mulatto/ヨーロッパ系白人と黒人の混血)、インド系が1.3%、白人系と中国系が0.2%、残りの約91%が"アフリカ系の黒人"である。1494年にコロンブスが第二回航海において、ジャマイカ島を「発見」し、その15年後にスペイン領となった。
スペインはこの地にサトウキビのプランテーションを設置して、先住民を容赦なく酷使したため、その数が著しく減少した。そこでスペインは、西アフリカ(モーリタニア・ギニア・セネガル・コートジボパール辺りか?)から黒人奴隷を輸入し労働力を確保したのである。一方のケニアは、東アフリカに、位置する共和国で、イギリス連邦加盟国(元イギリスの植民地)である。首都はナイロビで、北にエチオピア、北西に南スーダン、西にウガンダ、南にタンザニア、東にソマリアと国境を接する人口約3980万人(33位)の国である。
人類の起源はアフリカだと言われているが、西側が短距離に強く東側が長距離に強いとは面白い現象である。ケニアが長距離に強い理由として、国土の大部分は、標高1100m - 1800mの高原となっているため空気が薄く、ケニアの選手は常時高地練習を行っている計算になる。又、年間平均気温が19℃の乾燥した高原サバンナ地帯で、高温多湿な我が国と違って長距離トレーニングに向いているのかもしれない。何れにせよ、アフリカ系黒人選手のパワーとエネルギーは比類なきもので、オリンピックや世界陸上のトラックで日本選手が金メダルを獲る事は、残念ながら未来永劫有り得ないだろう。(=_=)
ここで、一昔前ハリー・べラフォンテが歌って一部でヒットした私が好きな「さらばジャマイカ」という歌をご紹介しよう。
『Down the way where the nights are gay And the sun shines daily on the mountain top/I took a trip on a sailing ship And when I reached Jamaica I made a stop』
・・・行く手は夜が楽しくて 日ごとに太陽が山上に輝いているところ 帆船をかって旅をつづけ ジャマイカに今着いて停泊した・・・



