Category: スポーツ
3月4日(木) ≪三菱養和会≫
昨日仕事で横浜に行った帰り、「ひな祭り」ということもあって駒込の長男の住まいに寄ってみた。彼のマンションは巣鴨駅から4~5分のところにあるが、途中≪三菱養和会≫スポーツクラブの脇を通って行くことになる。この≪三菱養和会≫の歴史は古く、1914年 三菱合資会社によって三菱倶楽部として設立されており初代会長は社長の岩崎小彌太である。その後曲折を経たものの、1981年に三菱養和(みつびしようわ)は財団法人三菱養和会が運営する総合スポーツクラブとして巣鴨スポーツセンターの他、調布市の調布グラウンドなどを持つ都内でも有数なビッグ・スポーツセンターとなった。
ここには、健康サポートセンターや武道からフラダンスに至るスポーツスクール、或いはトレーニングセンターやゴルフ練習場を有するが、とりわけナイター設備が有る数面のサッカーグラウンドは都心のど真ん中に有る貴重な施設である。スポーツスクールは、成人スクールとジュニアスクールと有り、私の孫娘も体操教室に通っていると聞く。実は私も三菱系の商社に就職したため、昭和40~50年代の初め三菱倶楽部当時によく通ったものである。というのは、当時そこには料亭と見まごうような和風の建物が有って、会合や打ち合わせの後の宴会場として度々利用していたのである。
今では、当然のことながらその建物は無くなったが、息子や孫が約半世紀を経て同所を利用していると思うと誠に奇遇である。サッカー練習場からは、過去優秀な選手が巣立っていると聞く。昨日のバーレーン戦では、日本代表が2-0で快勝したらしいが来る6月から始まるワールドカップでは、目標のベスト4は愚かベスト8も覚束ないであろう。是非ともこのような立派な施設から将来を担う選手たちが巣立って欲しいものである!
![]()
3月1日(月) ≪当たらずとも遠からず?≫
今日、17日間の会期を終えて「バンクーバー冬季オリンピック」が閉幕する。特に先週金曜日の浅田真央ちゃんの「フィギィアースケート・フリー」と最後を締めるのに相応しい銀メダル獲得の昨日の「女子スケート団体追い抜き競技」は、日本全国を沸かせた。結果的に日本の獲得メダル数は銀3個、銅2個の成績に終わったので、15日のブログで予想したフィギィアースケート男女各1個と男子スピードスケート1個の合計3個を2個上回わったが、予想通り金メダルは獲得できなかった。
特にメダル獲得が期待された女子モーグルや男子スキージャンプ、同スキー複合は入賞はしたものの、メダル獲得は残念ながら皆無で私の予想は≪当たらずとも遠からず≫というところか?このメダル数は、獲得メダル数では15位タイであるが金メダルの数から集計する総合順位では20位という結果に終わった。一方同じアジア勢でも韓国が金6個を含む14個で総合5位、中国が金5個を含む11個で同7位と躍進しており、両国には大差をつけられた感じである。この結果は、唯一アジアで冬季オリンピックを、それも2度も開催した経験のある我が国としては誠に寂しい限りである。
どうもこの差は、選手の強化費用にありそうだ。中国は兎も角として韓国は我が国の面積の約4分の1、人口も半分以下だが、強化対策費用は我が国の5倍とも10倍とも言われている。先だっての事業仕訳で、更に削減される方向にある強化費用だが、果たしてそれで良いのだろうか?「オリンピック選手強化
私は、ナショナリズムの高揚と夢への挑戦にはもう少しお金をかけても良いと思うのだが?
<図をクリックすれば大きくなります>
2月22日(月) ≪「宮里藍」の懸命な選択!≫
現在女子プロゴルフ世界ランキング8位の「宮里藍」選手が、通算21アンダーで開幕戦のホンダLPGA(タイ)を制した。21日の最終日に9アンダー63の好スコアで回り、1打差で同3位のスーザン・ペターセン(ノルウェー)を大逆転で下して米ツアー2勝目を挙げたのだ。9アンダーと言うのは、18ホールの半分をバーディで回る計算で(実際は1イーグル・8バーディ・1ボギー)で、男子プロも真っ青な凄いスコアである。
2006年からアメリカツアーに参戦した藍ちゃんは1985年6月生まれの現在24歳だが、一時のスランプを乗り越え昨年の7月にフランスで開催されたエビアン・マスターズでLPGAツアー初優勝を果たすなど活躍を見せ、米国女子賞金ランキング3位と飛躍した。彼女の体格は、155センチ52キロで世界中の有力選手が集まる米ツアーでは極端に小さい方だし、飛距離も飛ばない部類に入る。しかし、ここまで彼女が活躍できるのは、好きなクラブがパターだというからパットを含む小技が卓越しているという証左だろう。
つい最近ある新聞で森口祐子プロが今年米ツアーでの彼女の大活躍を予想していたが、何かそんな予感がする開幕戦となった。特に最終ホールのロングホールでバーディを奪取したが、彼女のその際の≪賢明な選択≫が際立った。何故なら、フェアウェイに置いた2打目を敢えてイーグルを取った7番ホールの様に狙わず、5番アイアンで刻み3打目を寄せて4打目のアプローチを放り込んだのである。米ツアーでは男女とも最終日に大爆発し優勝するパターンが大半だが、彼女は短い期間でそれを学習し実践したのである。
或る時一緒にプレーした時息子から『お父さんは、仕事に関しては慎重なのに何故ゴルフになると極端に可能性が低い林超えや木の間を狙うの?』と聞かれた事があるが、確かにそんなショットはスコアを落とすのがおちで、私は誠に愚かな下手くそゴルファーなのである。是非藍ちゃんには、更に技術を磨くと同時に≪賢明な選択≫で、早くアメリカ国内で1勝して貰いたいものである。
![]()
2010年2月19日(金) ≪「カーリング」が熱い?≫
前回のトリノ・冬季オリンピックから俄然「カーリング」が、脚光を浴びるようになった。出場した「チーム青森」は、4勝5敗で7位に終わったものの「氷上のチェス」と呼ばれる冬のマイナースポーツが一躍人気スポーツとなったのである。「カーりング」というネーミングには諸説あるが、髪の毛がカールするように投げられた丸い石がゆっくりと回転することから名付けられたという説が有力だ。カーリングの起源は、スコットランドで世界最古のカーリングストーンが発見されている事から、15世紀にスコットランドで始まったのではないかと言われている。
競技方法は、ゲーム中の1回の攻守はエンド(end)と呼ばれ8エンドか10エンドで行われるが、オリンピック等の公式な試合では10エンド、持ち時間73分で行われ、1分間のタイムアウトを2度とることができる。又、第5エンドが終了すると休憩となるが持ち時間内にゲームが終了していないチームはその試合を没収される。なお、試合途中で自チームの勝ちが望めないと判断した場合、ギブアップすることができる(スキップが相手に握手を求めることで表明する)。細かな競技方法は次回に譲るとして、使用する用具は次の通りである。
- ①ストーン: 1個約20kgの円盤型の石に取っ手をつけたもので唯一持ち運びをしない。1チームが8個を使用し、カーリング競技を行うためには16個必要となる。取っ手部分の色は赤、黄など。花崗岩製で、中でも高密度で強度と滑りやすさに優れたスコットランドのアルサクレッグ島特産の石が使われている。そのため1個10万円以上(1セット160万円)する高価な物だが、100年以上使用できると言われている。
- ②ブラシ: 滑っていくストーンの方向や速度を調整するために氷面を掃く(スウィープする)デッキブラシ状の道具。
- ③ブルーム: 滑っていくストーンの方向や速度を調整するために氷面を掃くホウキ状の道具。
- ④カーリングシューズ: カーリング専用の靴。右投げの場合、左のソール(靴底)は滑りやすくするためテフロン加工されている。右側のソールは滑りにくくできている。スイープ時は左側にアンチスライダー(グリッパー)という滑り止めを装着する。通常の靴にスライダーという滑りを良くするカバーを装着し、プレーすることもできる。
- ⑤ストップウオッチ : ストーンの通過速度を計測することで、ウェイトを判断するために使用する。
- カーリングというスポーツは、いわゆるスポーツマンシップを重んじる競技であるため、例えば相手チームの失策を喜んだり、あるいはそのような態度を示すことは、慎むべき行為として忌避される。同じスコットランド発祥のスポーツであるゴルフ同様に、カーリングは元来基本的には審判員が存在しないセルフジャッジ(試合中の両チームの競技者自身が判定する)の競技であることからも、無用のトラブルを避けるためにも、フェアプレーはカーリングに欠かせない要素と考えられている。従って 途中のエンドの終了時に自チームに勝ち目がないと判断したとき、潔く自ら負けを認め、それを相手に握手を求める形で示すという習慣もフェアプレーの表れの1つだそうだ。
- 残念ながら第3戦の中国戦もカナダに続いて敗れたが、日本代表の「チーム青森」の健闘とフェアプレーを皆で応援しましょう!

- ②ブラシ: 滑っていくストーンの方向や速度を調整するために氷面を掃く(スウィープする)デッキブラシ状の道具。
2月17日(水) ≪日本電産サンキョー≫
昨日のバンクーバー冬季オリンピックのスピードスケート男子500Mで、≪日本電産サンキョー≫の長島選手が銀メダル、加藤選手が銅メダルを獲得した。私のスピードスケートでメダル1個という予想が、嬉しいかな既に外れた訳だが日本電産サンキョーという会社名を聞いて"旧三協精機製作所だな"とピンと来た。と言うのは三協精機は過去に清水宏保や大菅小百合、島崎京子古くは長久保初枝等を輩出したスケート界では世界的に知られた会社だったからである。
三協精機がスケート界にデビューしたのは、1953年(昭和28年)で、スケート部が発足する4年前のことである。その年に地元の高校を卒業したばかりの志賀園子選手が、三協精機のスケート選手第一号として入社した。この時点では未だスケート部はなかったが、このたった一人の若い選手は、入社早々頭角を表し、3年後の1955年(S30年)の全日本選手権では、総合で3位になるなど活躍したそうだ。その後、1957年(S32年)浜文恵と佐藤輝子の2名が入社し、選手が3名となり正式にスケート部が発足した。特に浜文恵は、このシーズンの全日本選手権で初出場で3位という快挙を成し遂げ、スピードスケート界での三協精機の地位を一気に高めたのである。
一方1958年に創部された硬式野球部は一時は社会人野球の強豪としてプロ球界に数々の人材を輩出し、1974年の第1回社会人野球日本選手権で優勝したが、1978年に休部となった。その後経営危機に陥り、2003年10月に≪日本電産≫の約54%の出資を得て 現在に至っている。ところで日本電産とは、どんな会社であろうか?同社は精密小型モーターの開発・製造において世界一のシェアを誇り、資本金665億円売上が単体で1343・連結6134億円でニューヨーク証券取引所東京証券取引所第一部、大阪証券取引者第一部上場している大企業である。
創業者であり現社長の永守重信氏は、強烈なカリスマ性でも知られていて京都から長野県の三協精機に毎週通って1円の無駄も見逃さない永守流で三協を蘇らせたのである。2003年に竣工した京都市南区にある本社ビルは、地上22階・地下2階、高さ100.6mの高層ビルで伏見区の京セラ本社ビル(高さ95m)を抜き、市内は勿論のこと京都府内初の100mを超すビルである。社長室は最上階にあり、京セラの本社ビルを見渡せる位置にあるそうだ。又、その場所は桓武天皇が784年に造営した長岡京の遺跡の一角にあたっていて、当初の設計を大幅に変更して施工され、地下に遺跡を現状保存していると言う。今後これを機に、同社に注目して行きたい!
<(上)三協の第一号選手の志賀園子さんと現在の選手たち(下)>



