Category: 家族

先週土曜日に、孫娘の卒園祝いに彼女を劇団四季の≪「ユタと不思議な仲間たち」≫というミュージカル鑑賞に連れて行った。この物語は、三浦哲郎氏が書き下ろした小説(原題は、ふしぎな~)で1971年11月、新潮社より出版され、1981年8月に毎日新聞社より再刊されたものである。1974年にNHKによりテレビドラマ化され、1977年には劇団四季によってミュージカルとして作り変えられた。今回劇団四季は、東日本大震災の被災者を励ますため、この作品を引っさげて昨年7月25日から8月26日の1ヶ月をかけて、特に大きな被害を受けた岩手県・宮城県・福島県の沿岸部を中心に計13都市の小中学校をボランティアで巡演したそうだ。

ストーリーはこうだ。

『東北ののどかな村に、東京から父を亡くしたばかりのひ弱い転校生「勇太(ユタ)」がやって来る。しかし、新しい環境になじめず、「大作」を始めとする村の子供達からいじめられる毎日。そんなユタを見守っていた村の長老「寅吉爺さん」はある日、村に伝わる「座敷わらし」の話をする。ユタは意を決して言い伝え通りに、満月の夜に大黒柱のある古い家に一人で泊まることに。そこへ座敷わらしが姿を現す。座敷わらしと友達になり時間を共有することで、生きたくても生きられなかった座敷わらし達の思いに触れ、ユタは少しずつたくましくなっていく。座敷わらし達と体も鍛え、村の子供達に受け入れられていくユタ。しかし、仲間ができたユタにやがて別れの時がやって来た・・・。』 

120324_154305.JPG 120324_122441.JPG

            <公演のポスターと6歳の孫娘がくれたラブレター?>

 今回の公演には、多くの東北出身の俳優が起用されているようだ。ストーリー自体は他愛のないものだが、出演した俳優全員が素晴らしい歌声の持ち主で、終盤にかけて歌われた幾つかの歌は大いに我々の心を打つものだった。特に、ひ弱かったユタが成長する過程で歌われた『ともだちはいいもんだ』(岩谷時子作詞・三木たかし作曲)では、東北の被災者を思い起こし図らずも目頭が熱くなった姿をきっちりと孫娘に見られてしまったようだ。終演後、俳優たちと握手して別れ六本木のステーキハウスで、食事をしたがその演劇の話題で盛り上がったのは言うまでもない。更に余韻覚めやらぬ中、孫の家まで送っていき、始めて聞いた曲ながら彼女のバイオリンで二人で合唱したのだった。


   
(1)友だちはいいもんだ 目と目でものが言えるんだ

困った時は力をかそう 遠慮はいらない


いつでもどこでも君を見てるよ 愛を心に君と歩こう


みんなは一人のために 一人はみんなのために

みんなは一人のために ひとりのために




(2)友だちはいいもんだ 言いたいことが言えるんだ

悲しいときは励ましあおう 心はひとつさ


大人になっても忘れはしない 夢を大事に君と進もう


みんなは一人のために 一人はみんなのために

みんなは一人のために ひとりのために


 

去る9日の日曜日は孫の蒼太郎の運動会で大忙しだった。朝7時40分に家を出て巣鴨の駅で長男家族3人と落ちあい、蒼太郎が通う杉並区荻窪の幼稚園に向かった。9時30分の開会式に間に合い、園長先生の話も聞く事が出来た。只少し戸惑ったのは、開始前の準備体操らしきお遊戯で年少組である当の蒼太郎は直立不動で一切身体を動かさないのだ。「先が思いやられるな」と心配していた矢先に、年少さんの徒競争が始まった。背があまり大きくない彼の出番は直ぐやってきた。結果は4人か5人で走って1番だった。

昼食時に何故冒頭のお遊戯に加わらなかったのか聞いたところ、そのお遊戯の音楽と振付が気に入らなくて『最初からやらないと決めていた』と答えた。又、前日には彼は父親に徒競争で『絶対一番になってやる』と宣言していたらしい。誰に似たのか判らないが、頼もしい?限りだ。幼稚園の運動会なんて久し振りだが、場が盛り上がったのは昼食前の年長さんのバトンリレーである。2組に分かれて年長さん全員が、バトンをリレーして走るのが声を涸らして応援するのは寧ろ父兄の方である。バトンリレーはオリンピックや世界選手権でもドラマが有るものだが、2転3転したものの小差で赤が逃げ切りメデタシメデタシである。

因みに、リレーの起源は古代ギリシャの"たいまつ競走"だと言われている。陸上競技としてのリレーが実施されたのは、1893年のアメリカで考え出したのは2人のペンシルバニア大学生らしい。1マイルを4人でリレーするというものだったが、彼らの考え出したリレー競走は、選手やコーチはもとより大衆にも人気を博し、1895年からは外部の大学、専門学校、高校を招き、大規模な競技会 (ペンシルバニア・リレーカーニバル)に発展したそうだ。何時からオリンピックに採用されたか定かではないが、陸上競技や水泳のリレー競技の決勝は人気の高さから最終日かその前の日に行われるのが通例のようだ。

この日の運動会は無事2時半ごろ終了した。私が思うに幼稚園の運動会としては時間が長い方だろうと思う。年少さんの何人かは疲れたせいか、欠伸をする園児もいたようだ。蒼太郎は、徒競争で1位になったせいか、最後の整理体操である園歌では機嫌よく演じて居た。そっと胸を撫で下ろし、お××ちゃんは家路へと向かったのである。 111009_105641.JPG

                        <年少組の玉入れ競争>
ぼくの妹なら 愛ひとすじに
生きぬいておくれ 一人の人に
小さい頃 ぼくを慕って
駈けてきた君よ
それがこの頃 ぼくもまぶしい
美しい娘さ
涙うかべながら 打ち明けた恋
ぼくがついてるよ 幸せになろう

(セリフ)
「よかったな! うれしいよ!
どんな事があってもくじけるなよ
ぼくの妹だろ」

愛するとは 信じることさ
君ならばできる
どんなときにも 優しいまごころ
そばにいなくなれば 淋しいけれど
ぼくはただ君が 幸せならいい

 

この歌は加山雄三の『僕の妹に』という歌で私が好きな曲の一つだ。もし神様が、貴方にもう一人兄弟姉妹を授けようとのご託宣が有ったらあなたは誰を望みますか?私は、断然妹である。私は、兄3人姉2人の6人兄弟の末っ子で小さい頃から下が欲しかった。それも"髪が長くてジャンバースカート"のよく似合う可愛いい妹が!今日は何と『妹の日』だそうだ。姉妹型研究の第一人者である畑田国男氏が提唱した日で、妹の可憐さを象徴する星座、乙女座の中間日の前日が適切との判断から9月6日となったそうである。

畑田氏が代表をつとめる「妹の日」推進委員会では、日本妹大賞を制定、発表している。ちなみに1992年の受賞者は、マラソンの有森裕子、水泳の岩崎恭子、柔道の坂上洋子のバルセロナ五輪メダルトリオ。特別賞に100歳の双子姉妹の妹、蟹江ぎんさんが選ばれたそうである。選別の基準が良く判らないが、私なら今誰を選ぶだろうか?宮崎あおい上戸彩上野樹里?妹のイメージとしてはいずれも少しとうが立ち始めているかな?コマーシャルなんかでよく見かける私の理想的な妹のイメージの女の子がもう一人いるのだが、どうしても名前が思い出せない!(;一_一) 思い出したらご報告しますが、あなただったら誰を選びますか?

無題.JPG            <あなた『妹』のイメージはどの娘(こ)?・クリックすると大きくなりますよ>

 
 

孫.JPG孫の話題は川柳にならない」という人がいる。川柳というのは、日常生活の中で人生の機微やハッとするような光景、或いは矛盾などを五・七・五の言葉に乗せて面白おかしく表現するもので、「孫はかわいい」式の川柳では、川柳と言えないということなのだろう。しかし私はそうは思わない。「さもあらん」ということを、センス良く聞く人や見る人に訴えれば、そこに凡庸ではないものが出来上がる。まして、誰もが孫の時代を経験し、いずれ孫を持つ年になる。周りを見渡せば、親戚や友人にもそのような境遇の人も多い筈だ。

そこで私は、孫の事を表現した川柳を探してみた。ここで、しかりと思ったり面白いと思ったものを紹介してみよう。

 ・玄関に 耳そばだてる 里帰り

無題.JPG ・帰宅して 幼靴みて 疲れとぶ

 ・孫来る日 堅い決意の禁煙日

 ・孫たちに "じいじ"と呼ばれ 破顔する

 ・呼びなさい ばばにバーバラ ジジ・ジョージ

 ・添い寝して 先に寝つくは おばあちゃん

 ・この本は まだあるのかと 孫に買う

 ・「本読んで」 ちいさなおしりが 膝にのり

 ・老眼鏡 なくても読める 孫の本

 ・読み聞かす カラオケもどき 酔いしれて

 ・孫自慢 する人の気が 今わかり

 ・いきてやる 孫の船出 見るまでは

 ・効きめあり 孫の笑顔 薬より

私には、6歳と4歳も孫がいる。孫と過ごす時間は、過去に経験した事がない楽しい一時であると同時に、老いを感じる時間でもある。そう、孫の成長は、自分たちの悲しい〝老い"の歴史でもある。そこで、一句!

・孫の背が 伸びるごとに ちぢむ我       お粗末!

昨日或るメールが私に転送されてきました。今、我々は大震災の被災地の子供たちに絵本や児童書を送ろうという運動を展開していますが、それに共感してくれた大手建設機械レンタル業者の1社員さんから寄せられたメールです。そのまま掲載しますので読んで頂ければ、その家庭のほのぼのとした暖かさと子供たちの優しい笑顔を想像出来ると思います。2人のお子さんは、3歳と1歳半だそうです。歳はもいかない子供たちにも、この震災の痛ましさが伝わっているようです。実は、私も目をうるうるさせて読みました。これ以上のコメントは不必要だと思いますので、じっくり読んでみてください。

お疲れ様です。
 うちにある絵本はまだまだ子ども達が読んでいるものです。

まだまだ楽しんでいるので、見なくなったり、使わなくなった    
無題.JPG絵本ではありませんが、小さい子供を育てている立場として、
気持ちや状況を察するので、昨日子供達を集めてあげられる                       絵本をたった2冊ではありますが、選び、お持ちしました。                         子供達はまだ私の説明を十分理解出来る歳ではありませんが、
 説明し、絵本を選びました。
 ただ、最後には説明が伝わったのか?否か?子供達の方から私の
 カバンの中に絵本を入れてくれました。
 「だいじ、だいじだよ!」と、カタコトで言ってくれました。
 1人でも多くの子供達に1日でも早く笑顔が戻ってくるように
 願っています。