Category: 家族
我が社の「盆休み」は、13日~15日だった。今年は特に避暑地に行く訳でもなく我が家で過ごしたが、二人の息子たちが里帰りし、何時になく賑やかな数日間だった。但し、長男は嫁と孫娘が嫁の両親たちと長野の別荘に逗留しているため、1人での里帰りである。14日の土曜日に息子たちと私のホームコースである「やさと国際ゴルフ倶楽部」で、ゴルフに興じた。息子たちと一緒にゴルフをするのは、去年の暮れ以来である。メンバーには、息子たちもよく知っているトラックディラーのS部長にも加わって頂いた。
ここ最近、ショートパットが不調だと息子たちにこぼしたら、二男が『お父さんの打ち方が悪いんだ、ショートパットは、ヘッドをホールに向けて出さないと外す事が多いんだよ!』と教えてくれた。確かに言われた通り打ってみると、今迄不安定だったパットが面白いように入った。但し、フルバックでのプレーは終わってみると、二人の息子の後塵を拝してしまった。前の日、同じくフルバックで85ストロークで回った飛ばし屋のS氏も、打って変わったように不調で、私より更に2ストローク後れをとってしまった。
家に帰って、自分でPCのエクセルで作ったスコア集計表にインプットしていたら、長男が側にやって来て、「スコアを付けるなら『GDO』(ゴルフダイジェストオペレーション)が便利だよ!』と教えてくれ、その場で手際良く私を会員登録してくれた。私が作ったスコア集計票は、コース名や同伴者の名前や天候に加えて、平均ストローク数、平均パット数、パーやボギーの数などが判るようになっているが、この『GDO』を利用すれば、更にフェアウエイキープ率、パーオン率、会員登録中の順位などプロと同様のデータが蓄積できると言う。
何時までも子供だと思っていた息子たちも、もう直ぐ35才と33才と立派な大人、少し癪だが『老いては子に従え!』とはよく言ったものである。
<二男の息子蒼太郎の3歳の誕生祝いでイタリアンレストランに入る二人の息子たち(右が長男で左が二男)/親に似て二人とも背が高く、ラグビーをやっていたせいか立派な身体をしている>
昨晩、正月以来長男・次男とその家族を含む藤本家一党8人がJR大塚駅前の或る店に打ち揃った。その店の名前は、「はま勢」、今週末で四半世紀に亘る歴史を閉じる。その店のオーナーは丸山守康氏で、私の二男篤嗣(あつし)の妻由紀乃の父親である。彼は、昭和15年生まれで今年「古希」を迎えるが、青山学院時代に当時としてはやる人も少ないスポーツだったアメリカンフットボールで明け暮れていたらしい。今でも毎日トレーニングを欠かさない偉丈夫であるが、小柄で淑(しと)やか、それでいてしっかり者の奥様千眞子さんとは或る意味好対照だ。お二人は、慰労の目的で行った我々家族のため逆に昨日は貸し切りでもてなしてくれた。
彼の性格は、例えれば長嶋茂雄タイプで細かなことに頓着せず、人と会話してる時は絶えず笑顔を絶やさない好漢である。つい最近も、総理大臣を辞したばかりの鳩山由紀夫氏がわざわざ別れを惜しんで、寄ってくれたらしい。弟の邦夫氏も或る日、ぶらりと寄ってくれたという。彼は元々画家志望?だったらしく二男夫婦の結婚式のパーティのウエルカム・ボードには、彼自身の手になる若い二男夫婦が互いに見つめ合う油絵が供されていた。従って、ガラス窓他に張られた絵や「お品書」は、全て彼の作品である。彼にとって、ラガーマンだった二男は、似たような格闘技兼ボールゲームをやる同士であり、大の仲良しだ。
写真を撮り損ねたがもう一方の壁には、大柄な彼と市ヶ谷自衛隊駐屯地で45歳で自ら命を絶った小柄な「憂国の士」、三島由紀夫が肩を並べた珍しい写真が飾ってある。何でもウエイトトレーニング仲間だったらしく、当時から三島は常々「死に方というのは、人間の生き方と同じで非常に重要だ。僕は文士として死にたくない。絶対に嫌なのだ」と言って憚らなかったらしい。この店は、来週から解体業者が入って解体し始める事になっているらしく、さぞかし断腸の気持ちと思いきや、ご本人は元々70歳までと決めていたらしくサバサバしたものだ。寧ろこれからは夫婦で旅行や趣味の領域の何にでもチャレンジ出来ると奥様の千眞子さんも満足げである。
斯く言う私も実は第一線での商売は70歳までと心に誓っているが、果てさてその通り実践できるかどうか不安の毎日である。昨日は物事を成し遂げたお二人の優しい笑顔が、やけにまぶしく見えたのだった。
2010年1月25日(月) ≪旧岩崎邸庭園≫
昨日私の兄弟6人の新年会で、浅草の観音さま(正式名称:聖観音宗金龍山浅草寺/しょうかんのんしゅう・きんりゅうざん・せんそうじ)に詣でた。3年振りの浅草寺だったが、仲見世通りは外国語が飛び交う相変わらずの大賑わいで、歩くのがままならないほどである。本堂は『平成本堂大営繕』の中のチタン屋根改修工事が始まっており、ご覧の通り大きな龍の絵が描かれている工事シートが掛かっていた。その後池之端に移動し「東天紅」で昼食を済ませた後、すぐ裏にある≪旧岩崎邸庭園≫を覗くことにした。
ここは、三菱の創設者岩崎家の旧邸宅を東京都が公園として整備したもので、英国人のジョサイア・コンドル設計の歴史的建造物は、国の重要文化財に指定されている。元々は、越後高田藩江戸屋敷跡らしいが、変遷を経て岩崎家の本邸として竣工した明治29年(1896年)には、今の3倍ほどの15,000坪余りの敷地に20棟もの建物が並んでいたそうである。現存するのは、本格的洋風建築の木造2階建の洋館とそれに地下道で繋がる撞球室(ビリヤード場)、そして橋本雅邦が描いた障壁画を残す書院造りの和館のみである。
係りの人に聞いたところに依ると、NHK大河ドラマ「龍馬伝」に岩崎弥太郎が度々登場するせいか、ここ最近訪れる人が増えたそうだ。蛇足だが、私は親父が三菱鉱業(今のマテリアル)で生涯を全うしたことに加え、私自身が三菱系の商社に約20年間身を置いたせいか、どちらかと言えば三菱贔屓である。三菱村?の「丸の内」で勤務していた13年間は、親父同様キリンビールしか飲まなかった。(もっとも当時丸の内には、殆どキリンビールしか置いてなかったと記憶している)しかし、三菱と縁が切れた今では、その当時を反省してか?アサヒやサッポロを頼むことが多くなった。
今話題の音羽の「鳩山会館」にも近々行ってみる積もりだが、寛永寺や迎賓館或いは池上本門寺や東京国立博物館等の重要文化財を巡るツアーも有るそうで、是非暇を見てチャレンジしたいと考えている。
先週の土曜日(19日)に、長男家族と一足早いクリスマス・パーティを行った。食事は「手巻きすし」と決めていたが、アトラクションとして≪リース≫を孫娘と作ろうと考え、材料を当日の午前中に調達した。材料は、土台として直径30cm・内径20cmのドーナツ型の段ボール、デコレーション用ショートパスタ、鈴や星のオーナメント(アクセサリー)、ボリュームを出すためのネット」リボンそしてと万能ボンドと塗装用のカラースプレイ等である。その他にも松ぼっくりやドングリの実を近くの林で採ってきたが、勿論これはサプライズでワイフを始め誰にも告げてなかった。
リースはもともと花と葉を使って、聖なる場所や幸福の象徴として家の中に飾ったことが始まりとされている。歴史の浅い日本では、すぐにクリスマスリースを思い浮かべてしまうが、それ以外にも誕生日や結婚記念など、幸せを表現したいときに飾るらしい。ネットで調べて見たところショートパスタ(マカロニ)で作る≪リース≫が面白そうなので、金と銀の2種類作ることにした。土台に段ボールをリング状に切りぬき、ニョッキやペンネ、クルル、エルボ、ロッテレ、ファルファツレ、オレキエッテなどの数種類のショートパスタを貼り付け、それぞれ金色と銀色のスプレーで着色し、同じく金色と銀色のオーナメントとリボンで飾りつつけることにしたのである。
会社を午後早めに抜け出し、帰宅したところワイフが駅に迎えに行ったらしく誰もいない。早速座敷の座卓に材料を広げ、金色の方を作り始めた。松ぼっくりやドングリの実は孫と一緒に採りに行こうと思っていたが、暗くなり始めたので、止む無く一旦中止し自分一人で採取に出掛けた。7割程出来あがった頃に長男夫婦が到着し、喜々として全員で作り始め試行錯誤の結果、食事前にどうにか完成したのである。そしてご覧の通り、二つを壁に掛け団欒となった訳であるが、今朝その≪リース≫を見るにつけ、新たな疲労感が襲ってきた。
実はこれには、オマケが有ったのである。材料の一部を会社の近くの【ロフト】に買いに行った際、ディズニーのキャラクターが勢ぞろいした1000ピースの蛍光≪ジグソーパズル≫が目に飛び込んで来て、衝動的に買ってしまったのである。かなり厄介なパズルで孫には未だ難しく、息子だけが翌日ゴルフの予定が有って当日帰宅した為、あくる日の日曜日嫁と奮闘しながらやり始めたのである。未だ10%の100ピースも出来ていないだろうと思われるが、それも過労の原因の一つとして加わったのである。
こういう遊びやゲームは、大人になっても意外と後を引くもので彼らが帰った昨日の夜も一人で数ピースやってのけた。果たして正月休みに完成するかどうか案じられるが、完成の暁には又ご紹介したいと思う。
<作成中のリース(最初は全部着色しようと思ったがショートパスタの基の色が面白いと気付き土台だけに) と1000ピースのジグソウパズル>
12月15日(火) ≪地球儀≫
4歳になったばかりの孫娘"梨々花(りりか)"が、クリスマスプレゼントに≪地球儀≫が欲しいと言って来た。何にでも興味を持つ彼女が、今度は世界地図に関心を示しているという事は、喜ばしい事である。早速「船橋東武デパート」の外商の方にお願いして、各国の国旗が印字してある1万円弱の≪地球儀≫を手配した。実は私にも小学校の3年生の時、≪地球儀≫が欲しくて欲しくて堪らず父親にせがんで、数ヵ月後に漸く買って貰った思い出がある。当時のそれは、直径20cm位だったと記憶しているが、今回プレゼントするのは5000万分の1の縮尺の30cm球でかなり精巧に出来ているらしい。
≪地球儀≫というのは、ご承知の通り、北極点と南極点にあたる部分に軸受を有する台に固定され、回転させられるように作られている物である。又、地軸と同じように、垂直方向に対して23.4度傾くように軸受が取り付けられている。歴史は、意外と古くニコラウス・コペルニクス(1473年2月19日 ~1543年5月24日)が、地動説を唱える遥か昔の紀元前150年頃にキリキア地方(現トルコ)のマルスで、哲学者クラテスによって作られた地球儀が、最古のものとされている。我が国に現存するのは、1700年頃にオランダのファルクが作成した地球儀が最も古く、長崎県の松浦史料博物館に保管されているそうだ。
今では、好奇心旺盛な子供たちのために国別に色分けされた地図の中にコアラや自由の女神など、各地域にゆかりのある楽しいイラストが描かれているもの、タッチペンでタッチすれば知りたかった情報を音声で教えてくれるものやインターネットで情報をアップデイト出来る「喋る地球儀」なども有るらしい。今回のプレゼントは、私が小学生の時に「想像の世界」で世界を雄飛した時と同様シンプルな≪地球儀≫だが、彼女にも先ずは「想像の世界」で何処に行きたいか聞いてみたいと思っている。



