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2016年11月22日  ≪二階幹事長を囲んだ会食会≫

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去る11月17日、今を時めく自民党の二階幹事長を囲んで会食を行った。選挙区が日本建設機械レンタル協会の角口会長の株式会社キナンの本社が有る和歌山県であることから、協会の特別顧問になって頂いている関係上遅まきながら幹事長就任のお祝いを兼ねて市ヶ谷グランドホテルで一席設けたのだ。以前から大学の先輩である彼を何度かお会いして存じ上げていたが、まさか副総裁は別として実質的な自民党のナンバー2たる幹事長職につくとは夢にも思わなかった。(写真をクリックしてください)

今から約1年前の2015年12月22日に開催された第70回国連総会本会議で,我が国をはじめ142か国が共同提案して11月5日を「世界津波の日」として制定したのは記憶に新しい。これに尽力したのが誰有ろう二階幹事長なのだ。11月5日に決まったのは安政元年(1854年)11月5日に和歌山県で起きた安政南海大地震によって発生した大津波に由来する。この時の美談を物語にしたのが昭和12年から10年間国語の教材として使われていた「稲村の火」である。

この物語の原作は1896年(明治29年)に小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が、紀州有田の村民から「生き神様」として慕われていた農村の長「浜口五兵衛」(又は浜口梧陵を英語によって “A Living God ” という題名で紹介したものである。それを「稲村の火」という名で翻訳したのが教師の中井常蔵という人で、物語の中身はこうだ。和歌山有田の広川村の高台に住む庄屋の五兵衛は、地震の揺れを感じたあと、海水が沖合へ退いていくのを見て津波の来襲に気付く。祭りの準備に心奪われている村人たちに危険を知らせるため、五兵衛は自分の田にある刈り取ったばかりの稲の束(稲むら)に松明で火をつけた。160524_anseiezubirodx

火事と見て、消火のために高台に集まった村人たちの眼下で、津波は猛威を振るう。五兵衛の機転と犠牲的精神によって村人たちはみな津波から守られたのだった。史実に基づくこの物語の主人公五兵衛を私は小学校の5年生の学芸会で演じた。私用に母が仕立て直しをしてくれた父の着物を着て、髪を小麦粉で白く染めた。自分で言うのも何だが、この劇の出来栄えは素晴らしく学校内での評判を呼んで私は女子生徒を中心に一躍人気者になった。しかし、その当時津波がこんなに恐ろしいものとはつゆとは知らなかった。あの3.11の東日本大震災による大津波が襲来するまでは・・・・・