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2014年8月12日(火)     ≪“せつない思い”の思い出・・・≫

先週土曜日ラジオで、過去にどんな“せつない思いをしたか”という特集をやっていた。『せつない』を辞書で引くと、「悲しさや寂しさや恋しさで、胸がしめつけられる気持ちのこと。やりきれない思い。やるせない思い。」とある。使い方としては、「切ない思い」とか、「切なくて眠れない」とか、「切なさがこみ上げる」とか、或いは「心が切なく苦しい」とか、「何か切なさのようなものを感じる」とか、「むなしい切なさに晒(さら)される」だとか表現は様々である。全てが落胆したものばかりではなく、昔を思い起こさせてノスタルジーを感じて使う事も有るようだ。私も過去“切なさを感じた事”を思い起こしてみた。無題

①小学校の低学年(2年生か3年生?)の或る日、絵の展覧会に出展するため、学年から私ともう一人の男子児童が選ばれ、玩具の機関車をクレヨンで写生してどちらかを選ぶ仕儀となった。張り切った私は、見たまま有りったけの色を駆使して機関車を描いた。しかし、結果は私が選に漏れてもう一人の男子児童が描いた絵が出展された。悔しかった私は先生に何故私が漏れて彼が選ばれたか聞いてみた処、『機関車そのものは君の方が上手く描けたが、彼の絵にはシャドウ(影)まで描かれて厚みが有るんだ』という答えが返ってきた。出展された展覧会で彼の絵が「佳作」に選ばれた。何となく“切なくて”、悔しかった。

②10年ほど前九州に出張する際、車で羽田に行き駐車場に停めて飛行機に乗り込もうとしたが、時間に余裕を持って出かけたにも拘わらず、空港の駐車場が満杯で入れない。搭乗時刻は刻一刻と迫ってきており、思い余った私は空港エリアから出て、空港近くの大田区の駐車場を探した。その日に限って道路はまるでパーキング状態で動かず、漸く探し当てたホテルの駐車場に事情を話して停めさせて貰いタクシーを拾って羽田空港に引き返した。帰りの道路も混んでいて、引き返す途中に敢え無く予約した飛行機が飛び立ってしまった。何とも“切なく”、焦りまくった一日だった。乗り物と言えば、東京駅から新横浜に行こうと思い新幹線に飛び乗り、動き出した新幹線の停車駅を確認したら、新横浜は停まらないときた。私は、名古屋のプラットホームを踏んだだけで往復したのである。何とも“切なく”、自分に腹が立った一日だった。

③大学生1年の春休み、高校時代から始めた文京区本郷の医学書のNという出版社(今でも有る/下の写真)で友達数人とアルバイトに精を出していた。仕事は、製本された医学書や医学の教科書を全国の病院や大学の医学部に配送する業務である。中身は難しくてチンプンカンプンだったが、産婦人科関連の医学書には何故か?大いに興味が湧いた。!(^^)!アルバイト中に、新入社員として男女数名が入社してきた。私は、小柄で下唇が少し腫れぼったく大きな瞳の戸板短大出身のM.Kさんに一目ぼれしてしまった。会社の昼休みに、卓球場で1歳年上の彼女と卓球するのが唯一の楽しい日課になった。

出版社夏休みにも遊ぶ金欲しさとM.Kさんに会うため、N出版社にアルバイトに通った。社員の人たちも見慣れた我々を社員同様に扱ってくれるので意心地が良かった。その頃には、M.Kさんを誘ってコーヒーを飲んだり映画を観たりする仲になっていた。付き合っているガールフレンドは他にも居たが、彼女と逢う事が何よりも嬉しく大きな楽しみとなっていた。ところが、秋風が吹き始めた或る日、彼女から突然決別を宣言された。私が生涯で明らかに振られたと意識したのは、この時だけだと思う。後で知ったことだが、その頃から同期のY氏と付き合い始め、2年後に結婚したと聞いた。“切なくて”、悲しかった。

いつの日かは忘れたが、年を経て社会人となりN出版社の近くを通ったのでぶらりと寄ってみたところ、結婚した二人は数年後に離婚し、二人とも出版社を去ったと聞いた。その話を聞いた途端、“切なくて”心が痛んだ。この話には後日談?が有る。今から17,8年前だろうか?或るティ―ルームで、白髪交じりの妙齢のご婦人が私の隣の席に座った。私は、『M.Kさんだ!』と心の中で叫び、周りの人目も気にせず思わず『失礼ですが、M.Kさんですよね!』と声を掛けた。だが、帰ってきた来た答えは、案に相違して『違います!』だった。何とも“切なくて”、恥ずかしかった。