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2017年8月2日(水) ≪伊藤由美さんが「徹子の部屋」に・・・≫

銀座「クラブ由美」の由美ママこと伊藤由美さんが昨日「徹子の部屋」に出演した。有名人だけが出るこの番組に出演したのだから「彼女は有名人なのだ!」と再認識した。私が彼女を知ったのは、彼女が1983年に23歳で銀座にクラブを開店して間もなくのことだった。サラリーマン時代の後輩のお兄さんが修善寺の老舗旅館の当主で「クラブ由美」の上客だったらしく、たまたま後輩に連れて行かれてからのお付き合いだ。とは言え今や押しも押されもしない銀座で1、2を争う銀座の高級クラブのママさんである。数百万円もするだらう着物や帯をまとい1千万もすると思われる時計をしたママさん(失礼!)の店に通う分際ではなく、年にせいぜい1度くらい何かの折に、恐る恐る店を覗く程度だ。

それでも長い付き合いなので、テレビで彼女が語ったことの殆どは彼女から聞かされていて(後述)周知のことだ。「クラブ由美」は、銀座6丁目の或るビルの3階に存在する。テレビでも彼女が語っていた通り、3階フロアーの全てが彼女の店だ。本店と称する中央の部屋ではカラオケは歌えないが、両サイドにある大小の独立した部屋ではカラオケが歌える。聞くところによると、その部屋にお忍びで政治家や芸能人がちょくちょく顔を見せるらしい。実は3階全部を彼女が貸し切っているのは、周りの店が潰れたからである。元々、銀座のクラブの本流は7丁目か8丁目であって、6丁目において成功した例はあまり聞かない。ここ20年間で約3000軒が半減したといわれる銀座の高級クラブ、この事実だけでも彼女の凄腕さが思い知らされる。

今から4年前の2013年に「クラブ由美30周年記念文集『今宵は由美ママを語ろう!』という非売品の新書版(B40版、17.3×10.5cm)の本に彼女から依頼されて私はお祝いの言葉を寄稿した。寄稿とは少し大袈裟だが、私以外のそうそうたるメンバー34人の内、私のように24行にわたり書いた人物は少ない。例えば、安倍晋三(敬称略)が9行、石破茂が4行、歌手の吉川晃司が12行、同じく神野美伽が10行、作詞家の荒木とよひさが19行、彼女の親友の杉本彩が19行といった具合だ。但し、37行も書いたさかもと未明には負けたが・・・。

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24行で3点、彼女のことを褒めた。先ずはは、「生き馬の目を抜く」と言われる銀座で若くしてクラブをオープンしてから酔客を相手に今日まで頑張っていること、二つ目はオープン以来殆ど(当時は一切と書いたが最近は知らないので)店を休んでいないという驚くべき事実、三つ目お客や知人、従業員に何かを頼まれると絶対「いや!」と言わず、何としてもその頼みを聞き入れることだ。事実、私も当時政権与党である民主党の重鎮である某氏に会わせてくれと頼んだところ、数日後にその方にお会いできた。彼女の健康の秘訣は、毎日同じルーティーンで生活していることに有るらしい。

銀座の女性にしては珍しく彼女は早起きで、軽い朝食をとりながらメールをチェックしブログを更新した後、プールで泳ぐ、夕方まで少し休んでから美容院で髪を整え着物に着替えてから、開店前の「けんたろうす」というバーで打ち合わせを行い、その後ビップなお客と食事をご一緒し、同伴で「クラブ由美」にご出勤といった具合だ。なぜ私がここまで彼女のことを知っているのか?という疑問にお答えしよう!実はこれより遡ること3年半前に、私たち業界の勉強会の講師に招いて「働く女の心意気」というテーマで講演して貰ったことが有った。その前に彼女を紹介するため私がヒアリングを行ったからだ。

まさか誤解する人はいないと思うが、ここまで有名になる前に銀座のママの講演を行ったのは異例のことで、私に先見の明?が有ったのかもしれない。由美さんも私のブログの存在を知っているので、お読みになって失礼が有ったとしたら何卒ご勘弁を!