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2012年2月2日(木) ≪ブランドストーリーPARTⅡ「ファーバーカステル」≫

古代、文字を書くのに鉛を動物の皮などにこすって記述したという。のちに、細長い鉛と錫の合金、即ちハンダの外側に木軸を巻きつけて作られたのが筆記用具としての「鉛筆」の始まりだ。黒鉛を使った鉛筆が最初に作られる切っ掛けとなったのは、16世紀でイギリスのカンバーランド地方に黒鉛鉱が発見された事に由来する。当初は、先端に黒鉛の小さな塊を詰め替えるものだったらしいが、やがて中心の芯の部分が黒鉛に変わり、削って使うようになったことで現代の鉛筆の原型が出来上がった。

faber-castell_logo.jpg 250logo.jpg1761年に世界で初めて鉛筆を製造販売したのは、ドイツの「ファーバーカステル」というメーカーである。現在では、全世界で14ヶ所の製造拠点と23ヶ所の支店を持ち、7000人を擁する筆記具メーカーに成長し、世界120ヶ国以上に販路を拡げている。鉛筆が六角形になったのは、1839年に4代目社長のローター・ファーバーが、鉛筆を握った時に、親指・人差し指・中指の3本の指の倍数である六角形が最もフィットし、文字が書きやすい形であると考え作り始め標準化した。同時に鉛筆の長さや太さ、硬さの基準を設け、六角形の一つの面に初めて会社名を刻印したのである。

grip2001.jpg鉛筆が「緑色」をしているのは、6代目社長、アレクサンダー・ファーバーカステル伯爵が軍人であったため、それをイメージする色として「緑色」にしたのが始まりだそうだ。我が国で最初に鉛筆を使用したのは、徳川家康だと言われている。伊達政宗も使っていたらしい。当時の鉛筆のつくりは現代のものとほぼ同じだったが高価で普及せず、本格的に輸入が始まるのは19世紀後半の明治時代になってからだ。明治の初期は鉛筆の需要も少なく、東京や横浜の輸入品専門店で少量が売られるのみだった。又、現存する鉛筆メーカーとしては、真崎鉛筆製造所が最も古い。

fc_midtown.jpg               <「ファーバーカステル」の直営店は六本木ミッドタウン4階に有る>

現在、削る手間がいらないシャープペンシルやボールペン等に押されぱなしの鉛筆だが、線の太さや濃さ或いは色を自在に操れる筆記用具として廃れる事は有り得ないと思う鉛筆ファンの私である。