Archive: 2012年1月

b081343ac7725d56068acbec1c10c981.jpg1962年(昭和37年)の今日1月31日は、東京が世界一の1千万人都市になった日なんだそうだ。ところが、昨日の国の研究所が纏めた50年後の人口予測が発表されるや否や世間に衝撃が走った。それによると、50年後の日本の人口はおよそ4100万人以上減少し、8600万人余りになるという。このうち、65歳以上の高齢者の割合はおよそ40%に上ると予測され、少子高齢化と人口減少の傾向は変わらないとしている。 国立社会保障・人口問題研究所は、国勢調査にあわせて5年ごとに人口推計を行っていて、30日は西暦2060年までの推計が厚生労働省の審議会で報告されたのだ。

具体的には、2010年に1億2806万人だった人口は、2048年に1億人を割り込み、2060年にはおよそ4130万人少ない8674万人になると予測している。平均寿命はさらに延び、2060年には男性が84.19歳、女性が90.93歳となり、人口に占める65歳以上の高齢者の割合は39.9%に達するとしている。今回の推計について、厚生労働省の審議会の部会長を務める慶応大学経済学部の津谷典子教授は「日本の人口は今後、政令指定都市ひとつ分に当たる100万人が毎年減り、人口減少が加速する」としたうえで、「年金や雇用労働政策、それに子育て支援策などの社会保障制度は、これほど急速な人口減少や少子高齢化を前提として設計されていない」とコメントしている。

4100万人といえば、ほぼ東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、茨城県の人口を併せた数字になる。要するに約50年後には首都圏に住む人間がそっくり居なくなる勘定だ.。この人口は、ほぼ60年前の1955年(昭和30年)に遡る。当時は漸く日本の人口が9000万人に到達したばかりだった。恐らく、ラッシュアワーや行列も左程無かった時代だろう。我々「団塊の時代」約800万人強は、平均寿命からすると、2026年から2~3年のうちに死滅する。そうなると津谷教授が言うように、経済が破綻し日本は世界の3流国になり下がるだろう。政府はこの推計を基に、持続可能な未来社会を想定しつつ、制度の修正や新たな政策の立案を急ぐ必要がある。

先週の土曜日、上野の「ふみ作」に中央大学に昭和40年に入学した仲間が8人集まった。敢えて入学した年に拘ったのは、卒業が1年遅れの理工学部出身の奴ら2人いるからで、彼らの名誉のために入学年を標記したまでだ。この8人の内、附属高校から内部進学をしたのは、この飲み屋の主である三関雄三(みせきゆうぞう、通称:ユウゾウ)君や私を含めて6人である。今回、いつもはるばる宇都宮からやって来る陽気なムードメーカー竹島君が娘の看護学校の受験(彼は晩婚だった)付き添いで来れなくなったのは残念だが、新たに開沼中村両君が加わってくれたので場が大いに盛り上がった。

120128_193322.JPG                       <左が開沼、右が中村の両君>

というのは、彼ら2人は還暦過ぎて約40年振りにフォークソングバンドを再結成したという。バンド名は「The Welkins」、Welkin(ウエルキン)とは確か"大空"とか""という意味だったと思う。学生時代は、「ウエルキンズ・トリオ」と称し3人でバンドを組んでいたが、今は新たに一人加わって4人でやっているらしい。実は、雄三と私も「Manstars(マンスターズ」というバンド名で、当初は4人、後半は音楽学校在籍中の女の子を加え、彼らと新たに学内に立ち上げた『フォークソング同好会』で一緒にコンサートをやっていた時代があった。今回、当時のパンフレットをベース担当の中村君がワザワザ持ってくれたのには、感謝感激である。

1welkins.jpg                         <「The Welkins」の勇姿>

何せ45年前のパンフレットだけに、我々にとっては【お宝もん】である。只残念なことに、そのパンフレットには開演時間がP.M.6時と印刷されているだけで、肝心のコンサート日が抜けていた。恐らくその他にメインのパンフレットが有ったのだろう。彼らは、我々と同様、当時アメリカのフォークソング・グループで最も有名だったピーター・ポール・マリー(通称P・P・M)のコピーから入って行ったようだ。「500マイル」、「レモンツリー」、「花はどこへ行った」、ボブ・ディランの「風に吹かれて」、ピート・シガーの「天使のハンマー」やジョン・デンバーの「悲しみのジェット・プレイン」等彼らの代表作は今も歌い継がれている。

250px-Peter,_Paul_and_Mary_2006.jpg                         <ピーター・ポール・マリー>

「ウエルキンズ・トリオ」は、それ以外にも当時からユニークな取り組みをしていた。日本の古い歌や民謡をアレンジしてフォークソングとして披露していたのだ。例えば、雅楽の代表作である「越天楽(えてんらく)」や富山県の民謡「こきりこ節」、或いは熊本民謡「田原坂(たばるざか)」等だ。酔いが回るにつれ昔が懐かしくなり、2人にそれらを歌ってくれるようせがんだ。それが終わると、P・P・Mの曲や同世代のビリー・バンバンが作った「今君に恋してる」を吉原君や重藤君、ちゃんや根本君と合唱となった次第だ。そしてお開きは、"お決まり"の『惜別の歌』(作詞:島崎藤村・作曲:中央大学生)で締めくくったのである。

m_1967E8A898E4BA8BWelkins.jpg                 <「ウエルキンズ・トリオ」を紹介した当時の記事>

220px-Louvre_Venus_de_Milo_DSC00900.jpgルーブル美術館の至宝≪ミロのビーナス≫、深く聡明な表情と女性らしくふくよかな輪郭を持つ裸体の美しさは他に類を見ない。 私も1964年に日本で公開された際にまじかで見て、その美しさに魅了された一人である。しかし、美し過ぎるが故にビーナス像の誕生には、数奇な運命があったようだ。その発見は、1820年のギリシアのキュクラデス諸島の南西メロス島に遡る。或る農夫が掘り出した2個の石に興味を抱いた若いフランス人オリヴィエ・ヴーティエが、さらに農夫に探して貰った合計6個の断片をパズルのように組み合わせ、やがて上半身裸体の美しい女性像を再び世に送り出したのだ。

その後、このビーナス像は、その所有権をめぐって、 さまざまな逸話を残しながら人々の手から手へ受け継がれ、最後にルーブルへ。昨日の新聞に、たまたまビーナス像の失われた両腕に付いての記述が載っていた。右手でずり落ちそうな衣裳を押さえ、左手で林檎を手にしているという説が有力らしい。その林檎とはトロイア戦争の際、アテーナーとヘーラーを出し抜いてパリスから得た"黄金の林檎"のことで、アドルフ・フルトヴェングラーによる復元像がこれだ。 220PX-~2.JPG 最近見た3DCGのアニメーション≪Without Arms≫をご紹介しよう。人気の無い真夜中のルーブル美術館、目覚めたミロのビーナスは自分の両腕が無い事に気づく。周りの像はみんな両手が有って、壺や植物を持っているのに自分は壺さえ抱きかかえる事すらできない。何とか動けるようになったビーナスは、腕を探し求めて美術館内を彷徨い歩く。しかし、思うように歩きまわれない彼女は、階段から後ろ向きに落ちて頭がもげてしまい、階下に展示されていた【サムトラケのニケ】(2008年8月5日のブログ参照)の肩の上に落ち、ニケの頭となってしまう。

サムトラケのニケ】は、今までなかった頭を得て元気づき、大きく羽ばたきながらルーブル美術館のガラスの天井を突き破り天高く舞い上がって行くのであった。

最近詰まらないことで悩むケースが多くなった。その一つに≪マフラーの巻き方≫が有る。我々の若い頃は、首から自然に垂らし2本纏めて上着の中に押し込むか、ネクタイと同じように1回結んで前後に垂らす位しかしなかった。ところがどうだろう?最近の若者は、色んな巻き方をして街中を闊歩している。歯ブラシの持ち方も昔と違うようだから、≪マフラーの巻き方≫が変わっても不思議ではない。恐らく男女合せて十数種類の巻き方が有ると思われるが、世のオジサンたちが気取って真似しても笑われるのがオチな巻き方が殆どのようだ。

page-base.JPG                    <こんな巻き方はとても出来ないよ!(*^_^*)>

最近寒いので、アンゴラの長いマフラーを2本デパートで買い足した。その際、恐る恐る年配の女店員さんに巻き方のレクチャーをお願いしたら、マフラーの中間で二つに畳んで房が付いたマフラーの先端を二つに畳んでできた空間に押し込む方法を教わった。このやり方はポピュラーのようで知らない訳ではなかったが、私がやっていた方法は、長手方向に二つに折って狭くし更に同じ方法で先端を突っ込んでいたので、恰好悪く暖かくもなかった。何事も恥を忍んで聞いてみるものだと改めて悟った。

以前、ネクタイの結び方に付いて書いたような記憶があるが、ネクタイの結び方は5~6種類しかないので、≪マフラーの巻き方≫の方が圧倒的に種類が多い。今、店員さんから教わった巻き方を研究中だが、スーツにコートを羽織った時のベストウエイを誰かお教え願えないだろうか?

 

今朝起きてみて家の周りの雪化粧に、慌てて飛び出しスコップを持って家の玄関の階段の雪かきをした。我が家は、下に駐車場が有って階段で1段(約5m)昇って玄関に入るようになっている。朝食も早々に切り上げ、ワイフと車で会社に向かったのだが、2008年の以来の大雪とあって雪は既に止んでいるものの、路面が凍結していて道路はじゅづつなぎで一向に前に進まない。困ったことに、今日は新幹線で静岡に出張する予定だが、このままでは時間に間に合いそうにない。会社に出て行く積りが、仕方なく急遽途中の駅で降りて電車を乗り継いで東京駅へ・・・・。(写真は運転しながら撮ったもの)

120124_065530.JPG発車時刻は9時3分、待ち合わせ時刻の8時45分には15分余しての余裕の到着だった。しかし、ワイフのアドバイス通りの駅で電車に乗り込んで正解だったのだ。野田から通っている我が社のサービスマンT君は何と会社に到着したのが、家を出て6時間後の11時30分過ぎだったらしい。静岡には予定通り10時過ぎに到着したが、晴天で雪の東京が嘘のようである。東京にとんぼ帰りし、浜松町で或る広域レンタルさんを訪問し、会社に戻った。

今日は、会議の日だがくだんのT君が家庭の事情で退社するため送別会の予定だ。T君はわが社が野田に出店した約3年半前に入社し、閉鎖した後も船橋本社まで通ってくれたのだ。 37歳独身で、ご両親が高齢だし諸般の処理があって、それに専念するという。昨日、雨降りで私を自宅まで送ってくれたが、車中で彼はこう言ってくれた。『大変居心地がいい会社でした。又、出来たら戻って来たいです!』、半分お世辞だろうがその言葉を聞いて、いっぺんに疲れが吹っ飛んだのである。

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     <稲村ヶ崎の【ボート遭難慰霊碑】は抱き合ったまま発見された兄弟をモチーフにしている>

1.真白き富士の嶺、緑の江の島

仰ぎ見るも、今は涙

歸らぬ十二の雄々しきみたまに

捧げまつる、胸と心

2.ボートは沈みぬ、千尋(ちひろ)の海原(うなばら

風も浪も小(ち)さき腕(かいな)に

力も尽き果て、呼ぶ名は父母

恨みは深し、七里ヶ浜辺

世の中には、楽しい歌、嬉しくて喜びを表す歌、寂しい歌、悲しい歌が有るが、この歌程もの悲しいメロディーと心を打つ歌詞を持つ歌も少ないだろう。これは、102年前の1910年(明治43年)1月23日に逗子開成中学校の生徒12人を乗せたボートが転覆し全員死亡した悲しい事件を唄った≪「真白き富士の嶺(根)」≫という題名の歌謡曲だ。アメリカ人ジェレマイア・インガルスが作曲した賛美歌に、同校の系列校である鎌倉女学校(現・鎌倉女学院)の教師だった 三角錫子(みすみ・すずこ、1872年-~921年)が作詞し、鎮魂の歌として12人に捧げたのである。

1910(明治43)年1月23日午後3時頃、一人の青年がシャツ一枚で二本のオールに縋って鎌倉七里ヶ浜沖を漂流中、偶然通りかかった小坪の漁船に救助された。後で判ったのだが、その青年は水泳が得意だった木下三郎(5年生 19歳)だった。漁船は七里ヶ浜には接岸出来ないため小坪漁港まで戻り、木下の冷え切った身体を焚火で暖め、大量に飲んだ水を吐かせ後、人工呼吸を施したが、木下は二度ほど薄目を開け、海の方向を指さしたただけで間もなく息を引き取った。その後、多くの漁船や連合艦隊第二艇隊の「鴎」「鴻」などの捜索の甲斐あって4日以内に全ての遺体が引き揚げられたそうだ。12人の名前は次の通りだ。

 5年生...牧野久雄(21歳)、笹尾虎治(20歳)、徳田勝治(19歳)、
         小堀宗作(19 歳)、木下三郎(19歳)、宮手登(16歳)
  4年生...谷多操(19歳)、松尾寛之(17歳)
  2年生...徳田逸三(15歳)、内山金之助(14歳)、奥田義三郎(14歳)
  逗子小学校高等科2年生...徳田武三(10歳)

この事故で、徳田正蔵氏は勝次逸三、義三郎(奥田)、武三の4人の息子を一度に亡くしてしまったのである。遺体が発見された時の記事を紹介しよう。

兄は死後も骨肉の情の護りも堅く、両手強直、全指を交互に強く交えて握りしめ、自己の双腕に全霊力を集めて弟を抱き居り、人々が之を離さんとするも既に強直せる指はなかなかに離れず。転た見る人をして感涙に咽ばしめ、後に其の状態を伝え聞きし者も覚えず眼頭に熱きもの溢れて止め得ざる次第でありました』・・・徳田勝治が弟武三をしっかり抱いて離さなかったのである。

正蔵は4人の墓に"ー今更に何を語らん言もなし諸行無常の法の深きはー"という歌を刻んだいる。「死者を死せりと思ふなかれ、生者あらん限り死者は生きん」という言葉が有るが、『東日本大震災』の行方不明者は未だ3,400余人、是非このような鎮魂歌が生まれて欲しいと私は思う。尚、≪「真白き富士の嶺(根)」≫は6番まであり、その歌詞は思わず涙を誘う。是非ユーチューブで聞いてみられるといい。

2012年大相撲初場所で把瑠都 凱斗(ばるとかいと)が優勝を飾った。2006年の夏(5月)に入幕して初めての幕の内最高優勝である。「エストニアの怪人」と呼ばれ、身長199cm体重186kgの巨体を生かしての力相撲が初めて花開いたのだ。もともと腰高のまま力任せに攻めて行くタイプで相撲が荒く、取りこぼしも多く怪我も多かったので、今迄賜杯を抱けないでいたのである。従って腰が低く下から攻めて来る白鵬朝青竜を苦手にしてきた。特に朝青竜には遂に勝てなかったのである。(0-9)

スウェーデン系エストニア人の彼は、母国で柔道と相撲を体験してが、女で一つで兄弟3人を育ててくれたお母さんを幸せにしたくて日本にやってきた。エストニア語の他に日本語、ロシア語、英語の他にスペイン語やフランス語を話すバイリンガルで日本でもファンが多いと言われている。今現在、大相撲は白鵬の1人横綱が続いており、今回の優勝で把瑠都が2人目の横綱として名乗りを上げるのもそう遠くない事だろう。但し、今回若し全勝優勝をしたとしても彼は、白星の中に唯一"汚点"を残してしまった。

220px-Baruto_08_Sep.jpgそれは、12日目の稀勢の里戦だ。把瑠都は過去稀勢の里に16勝3敗と大きく勝ち越しているにも拘わらず、立ち合い横に跳んではたき込んで勝ったのである。"真っ向勝負"の力相撲の期待した観客からは『帰れ』コールが巻き起こったと言う。"横に跳んではたく"という相撲は、本来小さくて相手より力が劣る力士がとる戦法である。確かに今売り出し中の新大関稀勢の里は、ここ数場所メキメキ力を付けて来ており、把瑠都との力の差も縮まってきているのも確かだ。しかし、今場所あの一番が完全に水を指してしまった。風呂をあがった把瑠都はその反響の大きさに驚き慌てて謝ったそうだが、後の祭りだ。相撲の粗さと精神を叩き直さなければ、横綱への道はまだまだ遠い様に思える。

 

p_main_06.jpegBS日テレで毎週土曜日の夜10時から1時間、≪ブランドストーリー~悠久への誘い≫という番組が放映されているのをご存じだろうか?司会は仮面ライダー俳優?の要潤が担当し、色々なブランド商品の歴史の陰に隠れた秘話を紹介する一種のドキュメンタリー番組だ。私もある友人から「面白いから観てごらんよ!」と言われて観るようになった。1月14日に再放送されたのが、創業から今年で70年で世界20カ国以上に進出し、日本でも約170店舗を展開するアメリカ・ニューヨーク生まれのバッグブランドの『コーチCOACH)』だ。なかなか面白かったので、ここでご紹介してみよう。

ニューヨークの街で私たちが連想するのは、「自由の女神」、「ハドソン川」、「ニューヨークヤンキース」、「セントラルパーク」、「フィフスアベニュー」、「ブロードウエイ」、「ウオール街」などだが、その昔セントラルパーク周辺をを走っていた観光名物の四輪馬車の事を、「コーチ」と呼んでいたそうだ。そもそもその名は、馬車作りで有名だったハンガリーの町の名(KOCS)に由来しており、そこで作られた馬車を「KOCSI」と呼んでいたのが、英語になって「COACH」となったそうだ。

スポーツの指導者である「コーチ」も同じ語源で、馬車のように人をよりよい方向に導くということで19世紀に学生の俗語で家庭教師を指すようになり、今は教える人の事を全般的に「コーチ」と呼ぶようになったのである。"手が届く高級品"をコンセプトに、ヨーロッパブランドとは一線を画し進化したのだが、1962年に「コーチ」のデザイナーであるボニー・カシンが、ユル・ブリンナー主演の映画『王様と私』の衣裳デザインを手がけてから一躍有名になったのだ。彼女が考案した「ドッグ・リーシュ」や「ターンロック」などの金具は、今では多くのブランドのバッグに使用されていると聞く。

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東京大学が秋入学への全面移行を「積極的に検討するべき」とする中間報告をとりまとめました。欧米の主要大学の殆どが、9月か10月からを新学期にしているため優秀な留学生の確保も視野に入れた国際化に向けての対応らしい。今回纏めた中間報告では早期実現を求めているが、色々と問題を抱えて居り一部学内にも異論があるため、実現には数年間を要すと思われる。日本は四季が明確に分かれており、実現すれば定番だった"桜の木の下"の記念写真が、"秋の紅葉"をバックにした写真に変わってしまうのだ。

当面高校は春ガ卒業シーズンだから、入試から入学までの約半年間(ギャップターム)が問題になる。東大側は、その間を多様な体験活動を積む「寄り道」、即ちボランティア活動海外留学、或いは企業インターンシップ(就業体験)などをすることに依って、受験戦争で染み付いた偏差値重視の価値観をリセットし、大学で学ぶ目的意識を明確化出来るとしている。又、春学期が長期の夏休みで分断されているため、このシステムにすると授業の一貫性が持続できると説明している。

9dd71ea3.jpeg                      <誰もが一度は憧れる¿東大の赤門>

しかし、デメリットも多い。最低でも卒業には4年半を要す為、家計の負担が益す。それに就職時期が、我が国では春が通例の為、時期を違え更に半年待つとすれば実質的には大学生活が5年間になる。当然コスト面も増えるし、年金などのも影響を及ぼす可能性大である。我々が学生の時代でも秋入学説は有ったが、東大が先行し他が追随すれば、それが更に現実味を帯びて来るだろう。東大の世界ランキングは30位だそうだが、少子高齢化の時代を迎え、大学・高校を問わず学校経営が曲がり角に来た今、海外留学生確保が急務で、この国際標準化の流れは止められないだろうと、私は思う。

4highres_00000403059035.jpeg人間生まれたからには、体験してみたい豪勢な余暇の過ごし方の一つに"豪華客船の旅"が有る。しかし、我々庶民の大半は新聞や旅行雑誌の案内を羨ましく眺めるだけで一生という幕を下ろすのである。しかし、今回の地中海クルーズの豪華客船「コスタ・コンコルディア号」のイタリア中部はトスカーナ州の西に広がるティレニア海に浮かぶジリオ島沖 での座礁・転覆事故をニュースで目の当たりにした人達は、その考えを変えざるを得ないだろう。今日現在6名の死者と数十名の行方不明者がいるらしいが、ヨーロッパの金融不安という事態を踏まえ、最悪のタイミングで起きた事故と言えよう。

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≪左からコンコルディア、タイタニック、タイタニックと飛鳥の比較表/写真をクリックすると大きくなります≫

 何故なら、世界的な経済危機の影響で、豪華客船の潜在顧客は自分たちの雇用や懐具合に不安を抱えており、事故発生前もクルーズ船業界には逆風が吹いていたからだ。益して、船長ら乗務員の対応もお粗末千判で、「何おか況や」である。日本人乗客43人を含む、乗客乗員4229人が乗船していたらしいが、彼らの殆どが事故の状況を知って映画『タイタニック』や『ポセイドン・アドベンチャ-』を思い浮かべ、生きた心地がしなかった筈だ。現実に船内はパニック状態に陥ったと聞く。

ポセイドン・アドベンチャ-』は、1969年にに発表されたポール・ギャリコの小説を映画化したものであるが、『タイタニック』はご承知の通り、1912年4月14日の深夜に氷山に接触し、翌日未明にかけて沈没した正真正銘の海難事故だ。乗員乗客合わせて1,513人の尊い命が、北大西洋のニューファンドランド沖に藻屑となって消えたのである。ここで当時最大の豪華客船だった『タイタニック号』と「コスタ・コンコルディア号」を比べてみるとこうなる。

         <総トン数> <長さ>   <全幅>   <速力>      <船客定員・乗組員>

タイタニック   46,328トン   269.1m   28.2m   23ノット(42.6km/h)    1324人・899人

コンコルディア 114,147トン   290.2m   35.5m  19.6ノット(36.3km/h)  3780人・1090人

しかし、私は日本の豪華客船『飛鳥Ⅱ』はコンコルディアよりも安全だろうし乗組員も優秀だろうから、未だ一度は乗ってみたいと思っている!

私の兄弟(兄や兄嫁)で毎年正月に神社を参拝するが、今年はそれが昨日だった。毎年幾つかの行事を共にしており、今年は我々夫婦が幹事だ。過去、明治神宮浅草浅草寺、或いは川崎大師成田山新勝寺等を年ごとに巡っていたが、今年は少し趣向を変えて都心の≪「神田明神」と「湯島天神」≫の二つの神社にお参りすることにした。私にとっては、共に学生時代に通っていたお茶の水駅に近く、お馴染みの神社であるため案内はお手の物である。「神田明神」は、一ノ宮に大黒様、二ノ宮に恵比寿様、三ノ宮に平将門のの3柱を祀っている。

正式には「神田神社」というらしいが、1300年の歴史を持ち江戸時代には将軍家は元より、三社祭など町民にも崇められていたようだ。但し、「神田明神」を崇敬する者は成田山新勝寺を参拝してはいけないという言い伝えがあった。これは朝廷に対して叛乱を起した平将門を討伐するため、僧・寛明空海作といわれる不動明王像と供に現在の成田山新勝寺へ使わせ乱の鎮圧のための儀式を行わせたためで、新勝寺参拝は将門を苦しめる事となるからだ。最近では、成人式の1月9日にAKB48のメンバー19人が晴れ姿で成人を祝ったニュースが、賑やかに報道されたばかりだ。

120115_111305.JPG 150px-KandaMyojinZenigataHeiji8801.jpeg 120115_112255.JPG湯島天神」は、正式には「湯島天満宮」と言い菅原道真を祀った学問の神様だ。時節柄特に受験シーズンは合格祈願に参拝に来る受験生で大いに賑わう。境内には、合格を願って書いた"絵馬やおみくじ"が所狭しと飾られており、他の神社とは少し趣を異にしている。又、「湯島天神」は梅の花も有名で、毎年梅の季節には"梅まつり"が開催される。折しもセンター試験が終わったばかりだが、受験戦争で一喜一憂した遠い昔が、懐かしく思い出される季節である。  120115_114542.JPG 120115_115143.JPG

<写真上:「神田明神」と境内に有る銭形平次の石碑、昨日行われていた「猿回し」、写真下: 湯島天神」と境内に願いを込めて飾られた"絵馬">

何とか無事に終わった。今日は、全国建設機械リース業協会の北陸支部の第一回賀詞交歓会が石川県の金沢市も金沢駅東口の金沢ホテルで開催され、会の前に私が1時間30分ほど講演したのだ。北陸支部は昨年、富山、石川、福井の各県が合併して一つになったもので、従って合併後初めての賀詞交歓会となった仕儀だ。テーマは、「これからの建設機械レンタル業のありかた」と題して行ったが、主に過去の我が国GDPの推移と建設投資額及び建設機械レンタルの総売り上げの相関関係、或いは私が座長となって草稿したばかりの『建設機械レンタル基本約款』の要点に付いてレクチャーした。

2~3日で慌ててかき集めた資料や私がエクセルで纏めた資料を、手慣れぬプロジェクターを使って説明したので、為になったかどうかは定かではないが、60名以上の方々に1時間半程真剣に耳を傾けて頂いた。講演の本題に入る前の冒頭に用意していたのが、『2011年北陸3県なんでもランキング』と言うやつだ。その場の雰囲気を和らげるために作った資料だが、昨年法政大学の或る教授が集めたデータを集計した"幸福度ランキング"で、福井県が全国1位、同じく富山県が2位、石川県が3位と上位を独占したことに興味を憶え、作るきっかけとなった。

このランキングのもとになったのが、「生活・家庭部門」、「労働・企業部門」、「医療・健康部門」の40ものデータだ。皮肉な事にベスト10の中の長野県以外の9県は、何れもあの津波を呼んだ"海"に面している。因みに、人口密度が高い東京都は38位、神奈川県、千葉県は33位、埼玉県に至っては44位と残念ながら首都圏が軒並み下位を占めている。その他にも、面積や人口の他に貯蓄高ランキング平均年齢ランキング(若い順、或いは建設受注工事ランキング(県民1人当たり)を出してみたが、何れも北陸3県は中位以上にあった。

最近地方に行くたびに、その土地を知るためこのような資料を作ってみているが、結論として得たのは「大都会には幸せが住んでいない」ということだ。<写真はあくる日の兼六園と北陸3県が判る列島地図>

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商売柄、たまにお酒、それも日本酒を貰う事が有る。最近日本酒を飲む機会が減っているものの、やはり貰って嬉しいのは美味しい日本酒である。我が国では、秋田、新潟、伏見、広島などが、酒どころとして有名だが私は私は福井の「黒龍」というお酒が大好きだ。最初に飲んだのが、京都の由緒ある旅館で、その後置いて有る店は少ないものの、有れば必ずこの酒を飲む。ところが、偶然年末に一升瓶2本くださる奇特な方が居て、なんとも有難く1本は正月の間に我が家で飲み干し、もう1本は1月5日の会社での新年会で社員諸君と一緒に飲んだ。

「石田屋」「二左衛門」「しずく」「火いら寿」「八十八号」などの大吟醸酒については、年に1、2回の限定発売となっており、関東では手に入れる事さえ難しい。これらの酒は、丹精込めた手造りで通年に亘っては造っておらず、しかも厳選した商品のみを出荷している模様で、尚希少価値が益しているのだ。明日は、たまたま全国建設機械器具リース業協会の北陸支部の「賀詞交歓会」に参加することになっているから、宴席の酒が黒龍であればと秘かに念じているところである。 51oXJ6gEHfL__AA160_.jpg

今朝の新聞の社会面及びスポーツ面を飾ったニュース三題が人目を引いた。

一つは、公証役場事務局長の監禁致死事件で指名手配されていた平田信容疑者を自宅マンションでかくまっていた斎藤明美容疑者が10日未明に、弁護士に伴われ自首してきた事である。彼女は、オウム真理教の元教団看護師で平田容疑者の逃走を助け、幾つかの職業で2人の生計をを立てていたとのことだ。平田より三つ上の彼女は、人当たりも良く最後に働いていた整骨院での評判も頗る良かったらしい。彼らは、雑踏の中のカップルが捕まりにくいとのセオリーを身を以て証明して見せたのだ。17年ぶりに出頭してきた彼らの目的は、果たしてどこに有ったのだろうか?

二つ目は、資金管理団体「陸山会」の土地取引を巡り、政治資金規正法の虚偽記載で強制起訴された元民主党代表、小沢一郎被告の被告人質問の様子である。予想通り、「秘書に任せていた」、「記憶にない」の一点張りで、『真相は藪の中』を狙っているらしい。この報道で思い出すのは、約30年前の「ロッキード事件」の小沢の師匠である田中角栄被告の尋問風景であるが、小沢の面構えは田中よりずっと悪人ずらで可愛げがない。土地購入資金の出所に関しての説明も曖昧で納得が行かず、こんな人間に我が国の政治を任しているようでは、日本は滅びてしまう。早く結審して有罪とし、政界から抹殺すべきである。

三つ目は明るい話題の「沢穂希、女子チームの世界最優秀選手に選ばれる」とのニュースだ。現在男子最高のスタープレイヤーで、3年連続同賞を受賞したメッシと並んで写った写真を、多くの日本国民は誇らしげに眺めたであろう。ディフェンダーのポジションであるボランチの彼女が授章したこと自体、希有でサッカー後進国のアジアの一員としては大いに誇れる快挙である。但し、ドイツワールドカップは「出来すぎ」の感も有り、是非今年の"ロンドンオリンピック"の『なでしこコジャパン』の活躍に期待したいものである。

452595_c185.jpg                <お似合い?の和服姿で表彰式に出席した沢穂希選手> 

i_tatu_0026_2_j.jpg今年の干支は5番目の「辰年」である。十干十二支で正確に言うと、「壬辰(みずのえたつ)」で、壬辰の「」とは海や湖といった水の集合体・固まり・大きな水を象徴しているらしい。「辰」の正式な読み方は、「しん」で原字は「」である。これを判りやすいように「)」という動物?になぞらえたのは、古く中国で庶民に十二支を浸透させるためである。もともとは、「動いて伸びる」とか「整う」と言うような意味が有るらしく、草木が盛んに成長し形が整った状態を表すと解釈されている。又、「震」や「振」、「娠」等の意味を持つと言うから、今年1年も要注意である。

昔、私の先輩が十二支のうち食べた事が無いのは、「」と「)」だけだと豪語していたが、「虎」は我が国では99。9%食べることが出来ないし、唯一架空の動物である「竜(龍)」は当然食べることが出来る訳が無い。「竜(龍)」の姿を、南宋時代の博物誌『爾雅翼』では「三停九似」、つまり首〜腕の付け根〜腰〜尾の各部分の長さが等しく、角は鹿、頭は駱駝、眼は、身体は、腹は(架空の動物)、背中の鱗は、爪は、掌は、耳はにそれぞれ似ると書いてある事から竜の中にも更に十二支が何匹か居ることになる。

165px-Japanese_dragon,_Chinese_school,_19th_Century.jpgまた口辺に長髯をたくわえ、81枚の鱗の他に喉下には一尺四方の"逆鱗"(「逆鱗に触れる」という諺は此処から来ている)があり、顎下に宝珠を持っていて秋には淵の中に潜み、春には天に昇るとも言われている。「竜巻」とは、竜が天に昇る様に似ていることから名づけられたらしい。「昇り竜」という言葉の通り、竜は物事が発展する際に使われる事からおめでたい動物として扱われている。将棋の世界でも、飛車が"成る"と「竜王」になり、最も攻撃力の有る駒へと変身する。私の好きな麻雀でも、三元牌を竜に喩えることが有って(英語で Dragon tiles)、懸賞牌懸牌)のドラは三元牌を「ドラゴン」と呼んだことに由来したものである。

斯くの如く、「辰(竜・龍)年」は先行きが明るく発展する年と言えよう。昨年が酷い年だったので尚更そう願いたいものである。

あけましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になりまして誠に有難うございました。

 

昨年は、3.11の「東日本大震災」や9月の台風12号に依る水害やタイの大洪水など大変な1年でした。今年は、大震災の復興に向けての本格的な取り組みが始まると同時に、522日に予定されている「東京スカイツリー」の開業や7月27日に開催される<ロンドンオリンピック>等の明るい話題もあって、昨年一度落ち込んだ心を奮い立たせる大切な年となりました。

 

今年の復興、防災や減災に費やされる予算は約5兆円と言われており、これはGDP1%押し上げる効果が有ります。従って、我々建設業界に携わる者にとっては大いにやりがいのある忙しい年になることが予想されます。これに備え我が社では、昨年後半からサービスマンの増強を始め油圧ショベルや車輌、或いは小物機械等新たな設備投資を着々と推し進めて参りました。

 

今年も『お客様は神様』と心得、従来にも増して鋭意皆様方のご期待に答えるよう努力して参りますので、相変わらずのご支援、ご鞭撻を賜りますよう衷心よりお願い申し上げます。