2011年12月29日(木)≪第九のシーズン、何故女性指揮者が少ないのか?≫
『第九』が日本各地で演奏されるシーズンとなった。『第九』とはベートーベン作曲の交響曲第9番ニ短調作品12の事で、彼のの9番目にして最後の交響曲である。本場での初演は1824年5月7日ウィーンのケルントネル門劇場において、ベートーベン本人の立会いの下、ミヒャエル・ウムラウフという指揮者がタクトを振ったそうだ。日本では1918年6月1日に、徳島県板東町(現鳴門市)にあった捕虜収容所で、ドイツ兵捕虜により全曲演奏がなされたのが、日本における初演とされている。
<ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンと彼の直筆符>
日本で年末に『第九』が頻繁に演奏されるようになった背景には、戦後まもない1940代後半、オーケストラの収入が少なく、楽団員が年末年始の生活に困る状況を改善するため、合唱団も含めて演奏に参加するメンバーが多く、クラシックの演奏の中では比較的客が入る曲目であった『第九』を日本交響楽団(現NHK交響楽団)が年末に演奏するようになり、それが定例となったらしい。実は今日、東京国際ホーラム・ホールAで東京フィルハーモニー交響楽団を或る女性指揮者が『第九』を合唱付きで指揮するので、数日前に申し込んだが時既に遅かった。
その人の名は西村智美(41歳)と言い、私が注目する我が国では珍しい女性指揮者の一人である。彼女は、ロシアの音楽院で学び今はドイツのベルリンを本拠にして演奏活動を続けていると聞く。しかし話が逸れるが、何故女性指揮者が少ないのだろうか?料理人や画家、数学者同様女性指揮者は極端に少ない。私が想像するに、幾つかの理由が挙げられる。
一つは、女性が男性に体力的に劣る事が考えられる。長時間に亘る曲目の指揮は、肉体労働にも等しいと言われている。二つ目の理由として考えられるのは、男性と女性とでは、思考回路が根本的に違うのではないかという事だ。どういう事かと言うと、指揮は演奏者との戦いと例えられる事があるが、女性は細かいことに拘りすぎて多くの演奏者と戦うには、、「木を見て森を見ない」という結果に陥りやすく指揮者に向いてないのではないかと思うのだ。
三つ目は、いまだに有名・名門フィルでは女性の入門を禁じているところもあって歴史的に女性にとって指揮者は狭き門だった事が挙げられる。四つ目は、女性は見た目を気にする事からタキシード姿をよしとせず、益して後ろ姿ばかりを聴衆に見せるのをはばかるのではないかと言う事だ。五つ目は、下種の勘繰りと言われるかもしれないが単純に指揮をするのに胸が邪魔するのではないかと言う事だ。この件に付いて、皆さんはどう思われますか?
今日で我が社も今年の仕事納めです。来年も精々気張りますのでご笑読下さい。私は今日家に帰って、自分の部屋で静かに『第九』のCDを聞く予定です。皆さん、良いお年を!(*^_^*)



