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2011年9月26日(月)  ≪年に一度の「ボウリング大会」≫

先週の木曜日、サービス部の新人歓迎会を兼ねた「ボウリング大会」を開催した。年に一度社員全員と一部ゲストを招いて催す物で、今回は社員16名プラスゲスト2名の合計18名が6チームに分かれて2ゲームマッチで行った。団体戦、個人戦或いはその他アトラクションで賞金総額ウン万円?を争うものである。私は、27歳の経理のパートタイマーAさんとコベルコ建機の若手営業マンO君と一緒の<かめさん>チームである。

ボウリングは、私が若かった1970年代に流行ったボウルゲームで、最盛期には手軽さもうけて数100メートルおきにボウリング場が有ったほどのブームが巻き起こったが、1973年の石油危機辺りで一旦終息する。当時私もしょっちゅうボウリング場に通って10ゲーム連続で投げるほどに凝ったことがあったが、ブームが去った後はゴルフに移行した。ボウリングの起源はは、今から7000年前の紀元前5200年ごろの古代エジプトに遡るという。

当時の子供の墓から、大理石や木で出来たボールとピンが発見されたらしい。それが中世ドイツのマルティン・ルターが倒すピンを9本にし、並べ方もひし形に統一していったことが近代ボウリングのルールの原型になったと伝えられている。更に、アメリカに渡ってピンの数を10本に増やし、並べ方も正三角形に変化していったのが現代のボウリング(テンピンズ・ボウリング)だ。

我が国では1861年に、長崎の大浦居留地に初めてのボウリング場「インターナショナル・ボウリング・サロン」が開設された。当時長崎に居た坂本龍馬が英国人貿易商グラバーと交流があったことから、日本人第1号のボウラーだとの話が有るが事実は定かではない。若い頃の私のハイゲームは、確か203ピンか205ピンだったと記憶している。今回は、残念ながら2ゲームトータル246ピンで18人中9位、団体戦の6チーム中4位に終わった。

ボーリン.JPG              <恥ずかしいからクリックしないで下さい>

ゲーム中半分は、Aさんの2歳の僕の子守りをやっていたがそれは成績不振の理由にならない。めっきり足腰が弱って?15ポンドのボールを投げる(指がこれしか入らない)にはバランスが崩れるのがスペアを拾えない原因である。しかし、その後の懇親会では、誠に好調で飲むもの食べるもの大いに進んだのである。来年は頑張るぞ~! 800px-The_birthplace_of_bowling_in_Japan.jpeg

                 <ボウリング発祥の地を記した石碑(長崎市)>