7月28日(水) ≪「日韓併合100年」で出るか"菅談話"?≫
1910年8月22日、「韓国併合に関する条約」に基づいて大日本帝国が大韓帝国を併合したのが日韓併合(にっかんへいごう)又は、朝鮮合併(ちょうせんがっぺい)、日韓合邦(にっかんがっぽう)などと呼ばれる歴史な出来事だ。(韓国では韓日併合、中国では日韓併合と表記する)。韓国併合によって大韓帝国は消滅し、大日本帝国はその領土であった朝鮮半島を領有した。併合に時代は、日本が第二次世界大戦で敗れ、1945年9月2日に「ポツダム宣言」を受諾した段階で正式に大日本帝国による35年間の朝鮮支配は終了した。
"併合"から丁度100年経った節目の今年、韓国の市民団体は日本に対し天皇陛下の謝罪を求める訴訟を起こすとの憶測が流れている。折しも政府は27日、30日に予定していた2010年度版「日本の防衛」(防衛白書)の閣議了承と公表の延期を決めた。白書を巡っては毎年、竹島(韓国名・独島)を「わが国固有の領土」とする記述に、領有権を主張する韓国が抗議しており、今年が日韓併合100年となることを踏まえ、韓国側に配慮するため反対する防衛省を振り切り、官邸主導で公表時期をずらしたとみられる。
1945年(昭和20年)8月15日、戦後50周年の終戦記念日にあたって当時の村山富市・内閣総理大臣が、閣議決定に基づいて談話(村山談話)を発表した。内容は、今日の日本の平和と繁栄を築き上げた国民の努力に敬意を表し、諸国民の支援と協力に感謝する第一段、平和友好交流事業と戦後処理問題への対応の推進を期する第二段、「植民地支配と侵略」によって諸国民に多大の損害と苦痛を与えたことを認め、謝罪を表す第三段、国際協調を促進し核兵器の究極の廃絶と核不拡散体制の強化を目指す第四段からなっている。
この談話は、以後の内閣にも引き継がれ、日本国政府の公式の歴史的見解としてしばしばとり上げられる。ところが、日本が「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与え」た事を「疑うべくもないこの歴史の事実」とし、「痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明」した第三段と、1993年に当時宮沢内閣の河野洋平官房長官が存在を認めた(河野談話)、所謂「従軍慰安婦問題」などへの対応を示した第二段については、「土下座外交」と論争の的ともなっている。
仙谷由人官房長官は16日午前の記者会見で、8月の日韓併合100年に合わせて菅直人首相の談話を出す可能性について、「何らかの見解を示すことが必要かどうか、多少イメージしている。どうするか確定的なことは考えていない」と述べた。韓国の朝鮮日報(電子版)が16日付で、日本政府が今夏に日韓併合に関する首相談話の発表を検討していると報じていた。果たして、「防衛白書」の公表延期に続く、"菅談話"発表による「土下座外交」?は、今後も続くのだろうか?
<日本が統治する前と統治中のソウル南大門通り>



