7月6日(火)≪貴乃花理事退職届提出の「おまけ付き」で混迷を増す?角界≫
日本相撲協会の貴乃花理事が4日の理事会で、村山弘義理事長代行に協会への退職を申し出たというニュースを聞いて、私同様"えっ、ナゼ?"と思った人も多いだろう。理由は3日の理事会での席上、野球賭博の琴光喜に関し、「協会に残してチャンスを与えるべきだ。幕内最下位から取らせればいい」という彼の提案が,外部理事から"甘い!"と一蹴された事に起因しているらしい。又、今年2月の理事選で協会改革を訴えて立候補した際、今回懲戒処分を受けた大嶽、阿武松両親方らの支持があって当選した事に、責任を感じたのではないかという憶測も流れている。
私は咄嗟に貴乃花までが、野球賭博に関与していたのではないかと考えたが、どうもそうではないらしい。週刊誌の暴露記事に端を発した"角界の激震"もこのような「おまけ付き」で終息に向かうのであろうか?昔から大相撲が好きだった私が最も角界に接近したのは、今から約15年まえの事だった。当時の相撲界は"若貴"の出現で、"柏鵬"以来の大ブームに沸き立っていた。そこにライバルとして名乗りを上げたのが、曙と武蔵丸のハワイ勢で「正義とヒール?」の構図がうけて、場所は連日「大入り満員」が続いていた。
或る日のこと私は、上得意のお客さんからゴルフに誘われた。言われるままにゴルフ場に着くと、そこには武蔵川親方(現理事長)と当時の大関武蔵丸、それと関脇に昇進したばかりの武双山が待っていた。そう、私のお得意さんが彼らの「タニマチ」だったのだ。武双山は、その年の初場所の貴闘力(現大嶽親方)との取り組みで、左肩を脱臼していたのでプレーせずに床山と大人しく待っていた。二組でプレー後、武蔵川の美人の奥さんが経営する江東区にある「チャンコ三重ノ海」で全員で"ちゃんこ鍋"を食べに行った。
その後更に、一部の弟子たちが加わって銀座に流れたのだが、料金は全て私のお客さんが払ったようだ。加えて彼は札束を並べて次の東京場所の「桟敷席」をプレミア付きで買い上げていた。そのせいか?武双山を含む全ての"相撲取り"が私にお酒を注ぐ時も、返杯を受ける時も必ず盃に両手をそえ深々と頭を下げるのである。私は、昔から「男芸者」と呼ばれる彼ら2"相撲取り"を前にして、お大尽気分に一時浸ったが、何かがオカシイと思うと同時に自分が長く居る世界ではないと感じて、早々に退散したのである。
このように古くて腐りきった「角界」を変えようとして、貴乃花は敢えて抵抗を押し切って理事に立候補したのだろう。そして今回の暴露記事は、彼を疎ましく思っている輩が「野球賭博」の事実をリークしたのかもしれない?しかし、流石にこんな大騒動になるとは思ってもいなかったろう。今回の不祥事で武蔵川理事長の退任は避けられないところだろう。彼は大した器量がなくて横綱になったため「おしん横綱」と呼ばれた。在日韓国人の彼は、小さい頃は貧しくてベルトも買えず、ズボンに紐を巻いていたらしい。そういう苦労人でも、富と名声を得れば事実が見えなくなのかも知れない。
そして彼らの「タニマチ」で、大金持ちだった私のお得意先は数年前に倒産した事を、ここに付け加えておく。
<江東区門前仲町にあるチャンコ屋さん「三重ノ海」には横綱 当時の彼の勇姿が飾られている>



