Archive: 2010年5月
5月31日(月) ≪頑張って今年2勝目!≫
昨日千葉県香取郡神埼町の神埼(こうざき)カントリークラブで、Nレントール千葉営業部のゴルフコンペが開催され、不肖私が優勝をさらってしまった。16という甘いハンデ?のお陰で、2アンダーの86で回り2位と4打差で優勝したのだが、14組のコンペティションなので些か価値が有るだろう。今年コンペには、最初に就職した会社のOB会のコンペ2回を含む4回参加しているが、優勝は去る3月16日に浜野GCで行われたTLG「東京建設機械リース業協会」コンペに次いで2回目で、勝率は何と5割である。
たまたま苦手なパットがよく決まり、18ホール中1/3の6ホールが1パットで、そのせいかバーディも2つ取れた。2つとも偶然の産物と言うか、運が味方して取れたもので、一つはミドルホールの2打目がトップしたボールが旗竿に当ってホールから約5mに止まり、それをねじ込んだものである。もう一つはやはりミドルホールの2打目で残り約150ヤードをフォローだったため8番アイアンで打ったのが、乗るには乗ったが10m程オーバーしたため、気落ちしながら無心で打った返しのパットが、意に反して(*^_^*)下りスライスラインを見事な放物線を描きながらカップに吸い込まれたのだ。
この2ホールは別として、パットが良いという事は"寄せ"が良いと言う事に繋がる訳で、ゴルフチャンネルで最近見た"寄せ"のプラクティスが奏功したのだろう。もう一つ勝因を挙げるとしたら、最近購入したブリジストン・ツアーステージの3番ユーティリティのお陰である。度数は23か24度だと思うが、フェアウエイでもラフでも簡単に振れて、それでいて200ヤード以上は飛ぶので距離が多少有っても、安心して手にする事が出来るのだ。今年は例年に比べて日曜日を中心に22回とプレー数も多いが、是非今後このクラブとパターで今日現在のラウンド平均スコア94.3を縮めて行きたいと思う。
<「ビー・トライ特別賞」として私が持っているBS・ツアーステージ3番ユーティリティをジャンケンゲームでN レントリーさんの社員に贈呈する私>
5月28日(金) ≪「二人の監督」たち≫
最近のスポーツ界で「二人の監督」の言動が、世間の耳目を集めた。1人は指揮をとって3年目の最終シーズン途中で、26日に成績不振を理由に辞任したヤクルトスワローズの高田繁監督(64才)である。高田監督は、野球の名門浪商高校(現・大阪体育大学浪商高等学校)から明治大学に進学し、巨人軍に入団後13年間で1512試合に出場し、2割7分3厘の好成績を残した。彼は、守備面で外野手と内野手部門共にダイヤモンドグラブ賞を獲得した初めての選手である。特に外野手時代は、「塀際の魔術師」と呼ばれ、外野のクッションボールを見事に捌き多くの二塁進塁を阻止した事でも有名だ。
もう一人は、言わずと知れた"岡ちゃん"ことワールドカップサッカーの日本代表監督岡田武史氏53才である。本戦を前にした24日の日韓戦で0-2と良いところなく敗れ、日本サッカー協会の犬飼会長に"進退を伺った?"そうだが、後で冗談だったと告白しヒンシュクを買った。彼も高田監督同様、サッカーの名門高校である天王寺高校から早稲田大学に進学し、古河電工時代の1986年にワールドカップメキシコ大会の代表に選ばれている。彼は"メガネ"の印象が強いが、選手時代メガネをかけてプレーした数少ない選手である。
彼は2度目の代表監督就任だが、彼を有名にしたのは、加茂周監督の後を受けて就任した際、ご記憶の方も多いと思うが、1998年フランスW杯最終選考時に、三浦知良、北澤豪、市川大祐の3人を代表から直前に外した事だった。ところが最近成績不振もさる事ながら、インタビュー時の彼の仏頂面と口をつく面白みに欠けるコメントが極めて不評だ。過去に比べ日本で今一ワールドカップが盛り上がらない理由の一つとして、スター選手不在と言う事もあるが、この辺りも挙げられよう?
一方高田監督のシーズン途中での辞任は、「敵前逃亡」と言う誹りは避けられものの、13勝32敗1分け交流戦9連敗では、如何ともしがたく止むを得ないところだ。但し、彼が余り批判に晒されないのは、彼の経験に加え実直さと現役時代から変わらないスマートさから来るものかもしれない。岡田監督は、今回のワールドカップの目標を「ベスト4」と述べている。今回日本(FIFAランキング45位)、は、グループEに所属しているが、他の3チームはオランダ(同ランキング4位)、カメルーン(同19位)、デンマーク(同3位)と何れも格上で、今の状況では1次リーグ突破(三浦知は1勝でも大手柄と言っている)も危ういところだ。
彼のビッグマウスは、高田監督とは好対照だが本戦の結果次第では、フランス大会で彼が奥さんに言ったように、日本に帰れず「海外移住」を考えなければならないかも?
5月27日(木) ≪私のブログと読者たち≫
私は「ブログ(blog)」を略(ほぼ)毎日書いている。略とはこの場合、土日及び祝祭日を除くと言う意味である。一昨年の7月1日のホームページ開設以来約2年近く続いているのだから、何事も「三日坊主」と言われる事が多い私としては、画期的?な事である。ブログとは「ウエブログ」の略で、ウエブサイトや携帯電話で公開する記録や日記の事を指す。私のブログは、所謂ブログと「エッセイ(essay)」(随筆:文学に於ける一形式で散文によって纏めたもの)の中間辺りに位置するのではないかと思っている。
テーマは、カテゴリにある通り様々だが、やはり身の回りの事や家族の事、仕事に関する事、映画やスポーツなどの趣味の話題、テレビや新聞の話題、季節の話題や健康に関する事など幅広く?書いている積りである。たまに息子たちや友人たちから、「政治ネタは詰まらない」とか「実名を出しては不味いよ」と叱咤される事が多いが、「良く続くね!」とおほめ?の言葉を頂くことも有る。元々ホームページのヒット数を上げるために始めたのだが、いつの間にか私のライフワークになってしまった。
つい最近友人から「オレの周りでも10人位は君のブログを見てるよ!」と言われてビックリした。彼の話題を書いた事があるので、彼の事を検索したら私のブログに行き着いたらしい。私は常々、私の駄文を読んでいるのは私の家族や親戚と社員の1部、お取引先や業界の1部の方たちが、読んでくれてる程度と思っていたが、まさか友人のその先まで見てくれているとは思いもしなかった。この分では、頻度は別として100人以上?の方々に読んで貰っているかもしれない。テーマは、前の日に何かの出来事やエポックが無い限り、夜中か当日の朝突然浮かぶ事が多い。
何時も悩むのは、テーマは勿論の事(小説家の気持ちが判る?)、事実に反する事や名誉を棄損することを書いていないか、挿入する写真をどうするか、言葉遣いはこの表現でいいだろうか、或いは読者側の観点にどこまで配慮すべきか(おもねる?)、等々である。その点は、余り独善的でも反感を買うだろうし、時として私と読者の中間地点に立って記述する事が望ましい気がする。昨日は、「全国建設機械器具リース業協会」の総会が催され出席したし、私が企画した「SAKURA入札会with東京建設機械リース業協会」のオークション最終日だったが、何故かその事ではなくブログの話題になってしまった。(--〆)
<「SAKURA入札会with東京建設機械リース業協会」の様子/25日17時半撮影>独立行政法人や公益法人を対象とした、「事業仕分け」第2弾が終了した。独立行政法人の下には、多くの政府系の財団法人や公益法人が存在するのだが、今回は、<①公的な補助金を受け取っている②官僚が天下っている③一定の権限を付与されている④財産・資産が多い>等に当てはまる法人をピックアップしたようだ。要するに、卒業した役人達がどのくらい居て幾らも貰っているか?、或いは利益の中抜きをしていないか?、資金を留保し過ぎていなか?、はたまた天下りのためだけの組織ではないか?、と言うような事をチェックした訳だ。
第一弾が予算編成そのものにメスを入れたが、今回は私達庶民が直接関与する場面に対する「仕分け」だけに解り易かった。そこで浮かび上がったものは、多くの法人を介して私たちの税金やお金が、大した検証を受けずに漫然と浪費されている構図だ。特に「日本宝くじ協会」の仕分け人にたいする受け答えには、傍聴した人達から驚きの声や溜息が充満し、ヤジも飛んだようだ。「宝くじ」は庶民の夢である。当たる確率は"人が雷に当たる程"(*^_^*)低いのだが、多くの人々はその夢を買っているのだ。仕分け人の寺田議員は、「問題解決まで宝くじの販売を認めるべきではない」とまで断じたが、総務省は早急な改革が望まれる。
その他にも、警察庁のOBが組織する「全日本交通安全協会」が作る誰も読まない「交通の教本」や、国土交通省のOBが天下る「全日本トラック協会」や公営ギャンブルを司る各法人内部の浪費が指摘された。我が国が「役人天国」と言われて久しいし、多くの大学に就職のための「お役人研究会」が有ると聞く。何れにせよ、この「仕分け」で指摘された無駄遣いは約40億円と左程多くはないが、今後との第3弾、4弾と民主党政権は継続して欲しいものである。何故なら、政権交代によってもたらされた国民のメリットはこれ以外に見当たらないからだ!
おおTBSテレビの土曜日朝の番組"みのもんたのサタデーずばッと "のレギュラーコメンテーターとして、ピンクやグリーンの派手な洋服を着、眉間にしわを寄せて口角泡を飛ばす女性が居る。言わずと知れた、社会民主党の福島瑞穂党首である。彼女は、人権派弁護士として、テレ朝系「朝まで生テレビ」を始めテレビの政治討論番組で名を上げ、その知名度を買われ1998年の第18回参議院選挙で社民党の比例区から出馬し、初当選した。以降、社民党神奈川県連合代表、党幹事長などを歴任した後、2003年の第43回衆議院議員総選挙で社民党が大敗したため、党首土井たか子の引責辞任を受け、彼女が後任の党首に就任したのだ。
今彼女が、鳩山内閣の普天間基地移設問題への対応で連立政権を離脱するか否かの選択を迫られている。恐らく政党支持率が1%前後(2010年4月日経リサーチ調べ)なので、存在をアピールするためは離脱という選択肢は取らないと思うが、どうも軟派の私は彼女が好きになれない。彼女は東大在学時代から、左翼の戦士?として名を馳せたらしいが、私の学生時代を振り返ってみても、箸にも棒にも掛からない同じようなタイプの女性が多かった。
今日沖縄入りする彼女に付いて、意外と知られていない事があるようだ。夫は日弁連の事務総長の海渡雄一氏であるが夫婦別姓を実行するため、婚姻届を提出せず事実婚を貫き通している。 又、少子化対策特命担当大臣に就任しているが、その一方で過去には『産まない選択 子供を持たない楽しさ』との主張の著書や、自著『福島瑞穂の落第子育てノート』においては子育てからの解放を訴えていて、少し矛盾しているように思う。それにゴールデンウイークの赤松農林水産大臣の代理していたが、彼女が策を弄さなかったから自身の出身県である宮崎県で発生した口蹄疫の蔓延に繋がったかもしれない。その後5月16日に現地入りしたが、時既に遅しである。
彼女は、参議院議員であるため衆議院通常国会での代表質問に立てない。 その腹いせに、テレビでほざいたり言い訳したりするのだろうか?(--〆)
"はぁ~、オラが東京さ来る時に、
くにのおっかあの言うことにゃあ~
東京っていうとかぁすったこえ、とこだで
あっちゃさ行ったら気をつけろ"
1960年(S35)に発売 された菊池正夫のこの歌を知っている人も少なくなったろう。菊池は、後に城卓矢の名前で歌った「骨まで愛して!」を大ヒットしたので、憶えている人も居る筈だ。私の東京産業時代の先輩坂下博氏は、この歌が十八番で、この歌か同じく菊池の持ち歌である「ダッキャダキャ節」を宴席で歌っては、大いに場を盛り上げたものである。私は、1969年(S44)に新卒で東京産業(東証1部)に入社し、配属された建設機械部に約20年間在籍した。丸の内に勤務した13年間の内、数年間彼と一緒に仕事をしたが、折しも1972年(S47)には、 「日本列島改造論」を引っ提げて、田中角栄が首相となったため、日本全国が空前ンの建設ブームであった。
翌年の名目建設投資がGSPの約24.6%を占めた(2009年度は8.9%)事からしても、その状況はご想像頂けるだろうし、油圧ショベルを中心とした建設機械も大いに売れた。当時東京産業の建設機械部は3課有って、それぞれ10人近く居たのだから部長席を含めると約30人の大所帯であったが、その中でも彼は中心的な存在であった。1942年(S17)生まれのその彼も今や68才、現在札幌の在住しているが、彼が久し振りに先週東京に出て来た。早速、後輩の植田君が音頭を取って、22日の土曜日に8人が銀座の居酒屋に集まったのだ。それぞれ立場が変わり、面影は変化した(●^o^●)?ものの、話題は40年近く前の時代に遡り、大いに盛り上がったのは言うまでもない。
因みに、写真手前の岡澤君(4年?後輩)は、未だに独身を貫き通し?年1/3はヨーロッパ中心に活躍する貿易会社勤務、その右の植田君(同じく4年後輩)は以前も書いたが、恵比寿で旭川ラーメン「うえだ」を経営し、頑張っている。一番右端で指をカメラに指している同期の石川君は、退社後兄貴が経営する会社を手伝っていたが、現在のソニー損保の代理店をやってるそうだ。その左のヒゲのオジサンは、未だ4年生の男の子を頭に二人の子を育てている小島さんで、アパート経営の傍ら産廃関係の機器の代理店をやっている。彼は1年先輩なので既に60数才?であるが、当然の如く孫のような子供たちが、目に入れても痛くない程可愛いらしい。
その左の紫ぽいシャツを着ているのが、確か5年後輩?の甲田君で、彼だけ今現在も東京産業に在籍しているが、来年7月に定年を迎えるそうだ。学校も中央の後輩だが、何でも心臓弁膜症の持病が最近医者から指摘されたそうで、定年後は働かずに退職金で悠々自適な生活を送る積りらしい。その左が、話題の坂下先輩、その左の一番奥が私である。一番左の白い上着を来ているのは、1年後輩の菅沼君と言い、現在産業廃棄物処理会社に勤務しているが、社長はゴルフ三昧で会社を或る程度任されていると聞く。勤務地が神奈川県の足柄上郡にあるそうで、以前茨城県取手市に住んでいたが、最近横浜市鶴見区に新居を買ったらしい。
皆楽しかったらしく、今は亡きこれも愛すべき先輩の熊岡氏が名付けた「熊岡レストラン」を覗いてみたが、既に店仕舞いをしていたため、止む無く交通会館の地下で夜更けまで痛飲したのだった。
<交通会館地下1階の飲み屋さんのおカミさんは、手が震えていた¿>5月21日(金) ≪第23回「サラ川(せん)」発表≫
第一生命保険は20日、今年で23回目となる『サラリーマン川柳コンクール』のベスト10を発表した。大賞は3,191票を獲得し、現在、行政刷新会議が行っている"事業仕分け"をテーマに、サラリーマンならではの家庭での悲哀をユーモアたっぷりに綴った「仕分け人 妻に比べりゃ まだ甘い」(北の揺人)に決定。応募総数2万9215句の中から、見事1位に選ばれた。過去にも「タバコより 体に悪い 妻のグチ」、「オレオレに 亭主と知りつつ 電話切る」、「空気読め!! それより部下の 気持ち読め」、「わが家では 子供ポケモン パパノケモン」等の名作?を生んでいる。
因みに、今年のベスト7までをここにご紹介しよう。 2位「先を読め! 言った先輩 リストラに」 3位「ただいまは 犬に言うなよ オレに言え」 4位「離さない 10年経つと 話さない」 5位「すぐ家出 諭吉はわが家の 問題児」 6位「先を読め 読めるわけない 先がない」 7位「子供でも 店長なのにと 妻なげく」
等々やはり"家庭"をテーマしたものが多いがその他にも、昨年の流行語大賞にもノミネートされた"婚活""草食系"、或いは長引く不況を反映してか"リストラ""就活"の苦しさを表現した悲壮感漂う作品や値上げされる"煙草"の句も多く登場している。
例えば 「おかえりと 笑顔で言われ 身構える」「二人の子 婚活 就活 親カツカツ」「肉隠す 妻は巧みな 装飾系」「草食系? いいえわが家は 粗食系」「もやしっ子 草食系に 成長し」「会社より ハローワークは 無欠勤」「温暖化 なのに就活 氷河期へ」「愛煙家 税金取られ 場所とられ」「喫煙所 探し歩いて 10000万歩」
私も弱い立場の「建機レンタル業」を皮肉って、1句ひねってみました。 「我が仕事 士農工商 レンタル業」・・・失礼!
1875年の今日5月20日、度量衡の国際的な統一を目的として、メートル法に関する条約である「メートル条約」が17ヶ国の代表により仏・パリで締結された。当時は、14ヶ条の条約本文と附録規定から成るものだったが、1921年に一部改正されて現在は51ヶ国が加盟しているそうだ。我が国に於いては江戸時代まで、尺貫法が用いられていた。1855年、郡上藩主青山幸哉の命で編纂された『西洋度量考』の中でメートル法について解説したのが最初だが、正式に条約に加盟したのはそれから30年後の1885年(明治18年)で、翌年の4月16日に勅令として公布された。
しかし、現在に至っても物の単位としてその浸透度合は様々で、敷地面積は「坪」で表す事が多いし、部屋の広さも「何畳」、家の大きさも「間口何間」と言う事が殆どだ。若い人たちはどうか判らないが、我々クラスは耕地面積も「反、畝」と言った方が直ぐにピンとくる。私の趣味の一つにゴルフがあるが、ゴルファーはゴルフを始めた途端、「ヤード」の世界に放り込まれるのだ。そして、練習場などで50、100、150、200といったヤード表示の看板目がけてボールを打ち、距離感を体感し視覚的にも把握していくのである。
ゴルフのヤード表示は、我が国ゴルフ発祥(1901年)の聖地である「六甲ゴルフ倶楽部」でヤード・ポンドの国の英国人、アーサー・グルームがプレーして以来変わっていないが、実は今から30年程前に国会審議のうえ、「メートル法」が制定された際に、ゴルフ場も距離表示をメートルに変えさせられた時期があった。当時私は既に一端(いっぱし)のゴルファーだったが、慣れずに苦労した事を憶えている。その後、永六輔さんが「鯨尺を使えないのは、おかしい!」と声を発すると、日本中に不満の声が沸き起こり、お上もそ声を無視できなくなり業種によっては旧来の表示を認める事になったのだ。
ゴルフ場も慣れ親しんだ「ヤード」に戻り、"目出度し・目出度し"だが、グリーン上だけは別だった。本来グリーン上はフィートが正しいのだが、距離的に短いと日本人はメートルの方が判りやすいので、ゴルフ解説者は「何メートルのパット」と言う言い方をする。これもよく考えてみると統一性が無く、可笑しな話だ。多くのへぼゴルファー曰く、「ゴルフにもし欠点が有るとしたら、それは楽し過ぎることだ」。ゴルフをやらない方、是非「ヤード」の世界にお越しください!(●^o^●)
去る14日のブログに「無呼吸症候群」(SAS Sleep Apnea Syndorome)の検査をしたと書いたが、昨日その結果を聞きに行った。立派な「無呼吸症候群」らしい、それも重度の。データを見せてもらったが、1時間の無呼吸・低呼吸を併せた指数「AHI(Apnea Hypopnea Index)」が、43.8回と重度される指数の20を遥かに超えているのである。一番の原因として考えられるのは、肥満だそうで、約20年前から比べると略20kg近く太ったし、又老化に伴う喉の筋肉の衰えにより気道が閉塞するらしい。
<CPAP治療器とその装着図>
5月18日(火) ≪千葉協議会定期総会≫
約180社のレンタル業者(正会員)を中心に組織する「東京建設機械リース業協会」の≪千葉協議会の平成22年度定期総会≫が「三井ガーデンホテル千葉」で開催され、図らずも私がその代表に推挙された。任期は2年である。千葉協議会は、「東京建設機械リース業協会」に属する4協議会(東京・千葉・埼玉・茨城)の中でも、正賛会員約60社を擁する最も大きな任意団体である。元々、役員ではあったが代表となると更に責任が重くなるため、就任を固辞したものの他になり手がなく、止む無く有力企業の代表者2名の方を副代表に迎える事を条件にお引き受けした。
これで「全国建設機械器具リース業協会」及び「東京建設機械リース業協会」の副会長と併せて"3足のわらじ"を履く事となった。この事は、家内にも社員にも未だ告げておらず、今後身内で物議を醸す(--〆)かもしれないが、私が役目をこなすことで業界の正常化のため少しでも寄与できれば考えている。(財)建設経済研究所が建設投資(名目)をまとめたが、'09年度の建設投資は、前年度10.4%減の42兆3000億円となる見通しであり、'10年度は更に9.0%ダウンの38兆5100億円とな見通しである。この数字は、1992年のピーク時の83兆9708億円と比べると45.95%と初めて50%を割り込むもので、如何に建設工事が減少しているかの証左である。
現在千葉県は、5,157平方キロメートルの面積に約6百187千人の人が住み、人口・人口増加率・国民所得・就業者数・住宅着工数・工業製品出荷額・全国銀行預金残高・小学校数・若者数、或いは漁獲量で全国6位である。首都圏に於いても神奈川県や埼玉県に後れを取る場面も多いが、それは三方を海に囲まれ袋小路となっている事が理由として挙げられる。但し、海が有る事と成田空港やディズニーランド有ることで、年間の観光客数は北海道、東京、大阪に次いで全国4位であり、これから発展する上で、ここらがポイントになりそうだ。
何れにせよ、この千葉県に於いてメーカー系を含め約160カ所前後の建機レンタル拠点が、それも東京都寄りに犇めいている訳で、過当競争は避けられない。既にレンタル単価の下落で、大方の企業の体力が削がれつつあり、これからは"争い⇒共存共栄"を目指すべく、リース業協会は機能して行かなければならないと、真摯に考えながら会場を後にしたのだった。
5月17日(月) ≪オープンカーの歴史とその種類≫
昨日ゴルフの帰り、天気が良かったので久し振りに我が愛車をオープンにして帰ってきた。私がオープンにして走ったのは、購入して4年になるが3~4回目である。何故ならば、花粉が飛散する季節は無理だし、寒い冬や梅雨の時期は当然開けられない。益して、隣に乗せる赤いスカーフの女性?も居ないのだ。しかし、自動車が誕生した時代は、重量その他の問題で全てオープンカーだったようだ。オープンカーが生まれた背景には次の二つの大きな流れが有るようだ。
一つはシボレー・カマロ、マスタング・コンバーチブルに代表「されるアメリカ的「大排気量スポーティクーペで、優雅且つ豪快jにオープンエアモータリングを楽しむ」というレジャー志向の流れともう一つはメルセデス・ベンツSLやアルファロメオ・スパイダー、MG等に代表される「レースで培ったノウハウをもとに公道でもホットな走りを楽しむ」という、ヨーロッパ的な志向からの流れである。アメリカでは1930年代から、ヨーロッパでは1950年代から本格的なオープンカーの生産が始まっているようだ。
種類は、(ネットで検索しました)
●ロードスター
この名称はクルマがシャシーとボディとに分かれていた頃のなごりで、もともとは道を走れるだけの簡単な装備のクルマの事を言う。言葉の成り立ちは「Road-Star」「道ゆくもの」の意味になります。元々屋根はなく、あっても雨宿り用の簡単なソフトトップ。ときにはボディすらない。座席は1シーターに近いほど語源に忠実である。。
●スピードスター
ロードスターとほぼ同じで、スピードが出るようにしたもの。「スター」(-ster)は「-するもの」という意味で、スピードを出すためだけのクルマだ。
●カブリオレ
語源のフランス語を片仮名にすると「キャブリオレー」がより正確だ。もとは軽快な2人乗り幌付きの1頭だて2輪馬車。クルマではそれに準じたボディをさしていたが、厳密には運用されはいない。
●カブリオ
カブリオレのドイツ語。
●スパイダー 簡単な幌をもつオープンカー。たたんだ幌を留める紐がクモ(蜘蛛)=spiderの巣のように見えたから、という説がある。
●バルケッタ
イタリア語で「小さなボート」を意味し、屋根のないことが基本の軽快なクルマ。屋根は非常用。「小さなボート」ですから座席は少ないほど語源に近付く。現在ではロードスターやスピードスターと明確な違いはないようだ。
●コンバーチブル
米語の「Convert」(転換する、変える)から派生したもので、「変えられる」「改装できる」という意味を示す。クルマの場合には、これが、「任意に開閉ができる屋根を持ったクルマ」ということになる。前記各車はオープンが基本だったが、こちらはルーフを閉じたときに耐候性や静粛性がクローズドボディ並みかそれに近いもの。したがって前記各オープンより立派なトップ(ルーフ)を持っている。
●オープンカー
実はこの呼称は「和製英語」で正式にクルマの名称としては使用されていない。しかし、非常にゴロがいいので我々もこの呼び方を使うが、意味からすると「オープンにする」となる。
我が国では、冬の晴天が多い季節にヒーターをガンガンたいて運転するのが"通"とi言われている。皆さんも小さい頃に、一度はオープンカーに憧れを持った筈だ。20歳で普通を取得した人が5年に1回クルマを買い換えたとして65歳までに乗れるクルマは7台です。この数が多いか少ないかは別として、その中に一台くらいオープンカーがあってもいいんじゃないでしょうか?
<太陽を背に颯爽?とオープンカーを運転する私>
5月14日(金) ≪「無呼吸症候群」の検査実施≫
去る2月16日のブログにもその予定を書いたが、13日の昨日から今日早朝まで<東京歯科大学市川総合病院>で「無呼吸症候群」(SAS Sleep Apnea Syndorome)の検査をした。この検査が出来る病院は比較的少ないらしく、ここでも1日2人までとの事で、約3ヶ月待った。「無呼吸症候群」は、睡眠中の筋弛緩により舌根部や軟口蓋が下がり気道を閉塞することが原因で、呼吸が停止したり、低呼吸になる病である。1時間当たりの無呼吸数が20回以上の重症の人は、治療しないで放置すると10年後には心臓病、脳卒中、交通事故などの原因で10人に4人が、亡くなっていると聞く。
そこまで重症ではないと思うが、家内(他の女性じゃ問題だが!)に言わせると私は、上向きに寝ている時に頻繁ではないが、10秒前後呼吸が停止するそうだ。検査当日の昨日は、3時過ぎに病院に入り検査手順の説明を聞いて、6時に夕飯、6時半に検査器具の取り付け、9時消灯という段取りである。心配は検査もさる事ながら、食事の内容・ボリュームと果たして枕が変わって9時に眠りにつけるかどうか?であった。幸いにしてこの病院は、売店は元より喫茶室やレストランが完備されており、夕飯と検査キット取り付けの間の時間が短いため、事前に売店で"カップヌードル"と食後のデザートの"プリン"を購入しておいた。
案の定、6時に出てきた夕食はミートボール6個と温野菜とサラダ、それに丼に軽く盛ったご飯だけでとても1晩持ちそうにない。配膳室で自動給湯機でカップルードルのお湯を注ぎ平らげた後、食後にはプリンを楽しんだ。そうそう、一つ言い残し事が有った。実は内緒だが、"赤ワイン"のミニボトルをバッグに潜ませていたのだが、流石に検査キット取り付けの際に匂いで気づかれると思い、一口飲んで止めにした。検査キットの取り付けは、身体のあらゆる所に電極を取り付けると同時に鼻には呼吸状態をチェックするための管を装着し、キット類が外れないように頭部をネットで固定した後、目鼻と口と耳の部分をハサミで切り抜くというものだ。
写真は撮ってみたものの決して他人には見せられたものではなく、まるで「13日の金曜日」のジェイソンと見紛うばかりだ。もう一つの心配は杞憂に終わり、眠剤を用いる事なく検査終了の今日の朝4時頃まで健やかに眠る事が出来た。結果は来週の18日に判明するが、結果次第では毎日器具を使って寝たり、最悪は手術も有り得るそうだから、真に気になるところである。
<一日入院の東京歯科大学市川総合病院と個室病棟>
昨日からセ・パ交流戦が始まったが、たまたまチケットを取引先のKさんから頂いたので、大の巨人ファンである,二男を誘って観戦してきた。巨人・西武共に、今シーズン6割以上の勝率を誇りトップを走っているため、所謂交流戦のプラチナカードだ。特に巨人は、資力に任せ選手を集めた結果、横浜・広島・ヤクルト等の下位チームとは戦力差が歴然としており、10人が10人とも今シーズンのセリーグ優勝を信じて疑わない。相手チームの戦力データが乏しいこの交流戦を5割以上で乗り切れば、シーズン半ばにして独走態勢になる事も充分考えられる。
一方西武先発の岸投手は、2008年対巨人の日本シリーズでの快投が記憶に有るように、過去巨人戦は3連勝でニュー巨人キラーと言われている。試合は2回に巨人がイ・スンヨプのタイムリーで先行したが、中島の活躍で逆転し、後は岸が3回以降21人をパーフェクトに抑え込こみ、4安打1失点で約2時間半で試合を終えた。結果として、小笠原・ラミレス・阿部の12球団一の破壊力を誇る巨人クリーンナップ打線を阿部の1安打に仕留めたのが大きかった。
実は私は、中西・豊田時代の西鉄ライオンズの流れを汲む西武ライオンズのファンである。それと同時に、アンチジャイアンツでもあるため昨日の試合は、強過ぎる巨人に対し少し溜飲を下げたのだ。一方息子は、9回ワンナウトの場面で、『何故脇谷に代打を送らなかったのだろう?』と憤ると同時に『お父さんもアンチ巨人といいながら、実は巨人ファンなんだよ!』とのたまいながら大きな肩を落として帰って行った。しょうがない、今日は巨人を勝たせてやるか!(●^o^●)
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5月12日(水) ≪谷亮子がした賢明な選択?≫
柔道の"ヤワラちゃん"こと谷亮子が、参議院選の出馬を表明した席上、「ロンドン五輪で金メダルを目指します」、こうあっけらかんと宣言して物議をかもしている。現在の柔道界はランキング制になっており、五輪までに数々の国際大会でポイントを稼がないといけないし、もちろん国内選考を勝ち上がることも必要だ。又、谷亮子選手には、4歳の長男と7か月の二男がおり、子育てとの両立をどのようにしていくのか?そんな中で選挙・議員活動をしていくと予想されることから、ネット上で「スポーツを舐めているのか政治を舐めているのか」「引退してから出馬すればいいじゃない」「何ができるの、政治能力あるの?」と批判が渦巻いているのだ。
過去にもスケートの橋本聖子が、議員と自転車選手の「二足のわらじを履いて大変苦労した」と述懐していた事を思い出すが、谷の場合はそれに加えて二児の面倒を見なければならないのだ。批判の通り無謀な選択をしたと見受けられるが、果たして事実はそうだろうか?というのは、彼女は頭の良い女性だから、本気にロンドン五輪に出られるとは思っていない筈だ。彼女は過去オリンピックで2度、世界選手権で7度も金メダルを獲得している偉大な柔道家だが、既に今年9月で35才と格闘家としてはとうにピークを過ぎており、勝ち上がっていけるとは考えていないと思うからだ。
過去にも2007年の体重別選手権で福見選手に負けた時や2008年の北京五輪の選考会を兼ねた体重別選手権決勝で山岸選手に負けたのにも拘わらず、代表選手になった時にも限界説が囁かれ一部の批判を浴びている。加えて、夫の谷佳知選手も37才となり層が厚い巨人軍の外野陣の中では、出場機会も減り36試合中25試合の出場に止まり、成績も2割2分4厘・本塁打2本・打点5・盗塁1個と先が見えてきたのである。彼女は、過去にも「最高で金、最低でも金」とか「田村で金、谷亮子で金、ママでも金」などと言い放って世間の注目を集めるのが好きなのだ。
そういう意味では、政治家向きなのかもしれない?が私の考えでは、既に3月末に「トヨタ」を退社して居り、政治家一本に的を絞ったフシがある。そして、宇宙飛行士の山崎直子さんに見習って夫に子育てをさせようという腹なのだ。肝が据わった大した根性だが、これも地元福岡では有名な『GOKUDOU』の親父譲りかもしれない!
<民主党小沢幹事長と一緒に参議院選の出馬を表明する"ヤワラちゃん"こと谷亮子>
5月11日(火) ≪南アW杯のメンバー選考は順当?≫
≪南アW杯のメンバー≫23名が、昨日決まった。W杯4回目出場となるGKの川口能活選手(34)の選出以外は、特にサプライズはない。彼は第3GKとして選ばれたそうで、ピッチに立つ機会は2人のGKが怪我をしない限り、本戦出場は無いと思う。岡田監督は、チームのリーダー役として全員を纏める事を期待しているのだろう。その他には、当落線上にいたと思われる昨季得点王のFW前田(磐田)、昨季MVPのMF小笠原(鹿島)やW杯予選で活躍したFW田中(浦和)のふるい落としには頭を悩ましただろうが、最後は監督の好き嫌いで決まるのだろうから止むを得ないところだ。
今回選出された選手を色分けしてみると
★年代:25才以下が5人、26~30才が11人、30才以上が7人(平均年齢27.8才で過去最も高い)
★W杯経験者:8人<GK川口(3回)・楢崎(3回)、DF中沢(1回)・駒野(1回)、MF稲本(2回)・中村俊(1回)・遠藤(1回)、FW玉田(1回)
★チーム別:海外組 4人、川崎・名古屋 3人、鹿島・磐田・横浜・FC東京 2人、浦和・神戸・新潟・清水・大阪各 1人
今回のW杯は開催国の南アを始め8組32の国チームが出場するが、我が国はE組に所属しオランダ(FIFAランク4位)・デンマーク(同35位)・カメルーン(同19位)と同組なので日本(同45位)が1勝すること自体が、サプライズなのだ。それが証拠に日本が優勝する確立に賭けるオッズが、32チームのうち26番目の201倍(トップはスペイン・ブラジルの5.5倍)であることから窺い知れる。岡田監督が目標とするBEST4などは、夢の又夢なのだ。弱・遠・危ということで過去3回の出場に比べて盛り上がりに欠けるが、其の時になると盛り上がる国民性の日本で2010年のW杯が、今年のスポーツ界に於いて、どういう位置付になるか?興味深いところだ。
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ビジネスマンに欠かせない物の一つに≪書類鞄≫がある。A4サイズの「書類」を主に入れる為、大きさ・形は概ね決まっているみたいだが、最近は書類と一緒にパソコンも入れて持ち運びが出来るよう、「マチ」が7~8cm有るものが重宝がられているようだ。私が今持っている鞄は、本革の黒の『DAKS』だが、3年程使っているうちに大分くたびれてきた。先日、『Borsalino(ボルサリーノ)』のネクタイを買いに「日本橋高島屋」に行った際、通りすがりの『ルイ・ヴィトン』のショップに展示してあった≪書類鞄≫が目に飛び込んできた。
若い子たちが、これ見よがしに持ち歩いている"ヴィトン"独特の日本版「唐草模様?」(^-^)タイプの絵柄の物は、余り好きではないが、茶と黒の無地の2種類が有るその鞄は、見るからに重厚で"私にピッタリ!"なのだ。値段は大きさに依って、多少違うが概ね25~30万円しただろうか¿現金の持ち合わせは無いものの、クレジットカードは常時持っているので、散々買おうか迷った挙句『Borsalino』のネクタイを4本まとめて買った後とあって、流石に気が引けて思い止まったのである。
しかし、その日からその鞄が脳裏から離れず、ネットで"中古品"情報を漁り始めた。偶々一昨日の土曜日に、「ヤフーオークション」で下の二つの鞄を見つけ、急遽登録をして応札を開始した。左が、ブランド名『タイガ・アガシュ・モスコバ』というもので右が、『ノマドレザーWセリ金具2マチ式』という≪書類鞄≫である。"ノマド"は、ご覧の通りヌメ革の鞄で、金具が二つ付いいる参考価格40万円以上の滅多に出てこない代物らしい。"タイガ"は、8日土曜日の午前中から2万円台で札を入れ始め、結局同日の締め切り時間22時50分過ぎに、41,000円でゲットした。(高いか安いかは、ご判断下さい!)
問題は、"ノマド"だ。少々カジュアルな格好でも持てそうだし、欲しいとなったら小さい頃から必ず手に入れた私としては、手を拱いている訳にはいかない。締め切り時間の1時間程前の昨夜11時頃、131,888円で応札した後、 眠気が差してきたのでベッドに横になった。そして、今朝目覚めてすぐ結果を確認!・・・・さて、この結末は、どうなったと思いますか?
股関節の痛みが引いたため、昨日から少し早起きして又歩き始めた。≪早起きは三文の得≫と言うが、正に今日そのような場面に遭遇した。我が家の近くの一級河川『大津川』の河畔で、生まれたばかりの可愛いひな鳥5匹を引き連れた≪白鳥親子≫を発見したのだ。コハクチョウだと思われるが、カモ科の水鳥でシベリアやオホーツク沿岸で繁殖し、冬季は温暖な日本などに渡って越冬する冬鳥である。越冬のために渡ってきて、北海道や本州の湖沼、河川等で過ごし、晩秋から初冬に渡来し、春には飛去するが、この親子達はいつ居なくなるのか毎朝ウオッチする楽しみが増えた。
もう一つは、ご近所の玄関先の藤棚に見事に咲き誇った≪藤の花≫に気づいた事だ。この花の原産地は日本で、英語名はJapanese wisteriaと言うらしい。 Wisteria(ウィステリア)は、何故か19世紀のアメリカの有名な解剖学者、 「Wistar 教授」の名前にちなんで付けられたそうな。下から上に咲く花が殆どだが、しだれ桜もしかりだが、紫色の花が上の緑色の幹から下に咲き進む≪藤の花≫は、可憐で誠に風流である。それでいて、蔓はとても強く、古墳時代の巨大な石棺も木ぞりに載せて、この藤縄で運んだらしい。
略1週間前から≪万歩計≫をポケットに忍ばせている。1日1番歩いたのは、大叩きしたゴルフの時に約17,000歩以上歩いた時で、歩幅を60cmとすると約12km程歩いた事になる。朝の散歩は、概ね3,000歩程度なので2km弱だろう。これからも健康のためと、≪早起きは三文の得≫を信じて、歩き続けたいものである。
<左白鳥親子と右藤の花>
5月6日(木) ≪ゴーデンウイークは蓼科へ・・・≫
薫風さわやかな5月となりましたが、ゴールデンウイークは皆さん如何お過ごしでしたか?今年は、25年ぶりに1mm以上の雨が降らない晴天の1週間だったようです。私は、長男家族と一緒に長野県の蓼科に行ってきました。5月1日の土曜日に新幹線で、佐久平まで行きレンタカーを借りて行動し4日の4時にレンタカーを返却し、又新幹線で帰ってきましたが、その間に『蓼科高原CC』で2度ほどゴルフを楽しむというハードなスケジュールをこなしました。
その間の宿泊は、2泊が「女神湖」湖畔のペンションに、もう一泊は1日早く帰京した息子家族の代わりに息子の嫁のご両親が所有する別荘に、彼ら御夫婦と一緒に過ごさせて貰いました。他人の余暇の過ごし方を聞いても楽しくも何ともないでしょうが、先ずはお付き合い下さい。やはり旅の楽しみは、観光と「食べ物」でしょう。毎日の食べ物をここでご紹介しようと思います。
5月1日・・・<昼食>『軽井沢メルシャン美術館』のレストランで「イタリアン(ピザとパスタ)」を楽しむ
<夕食>『ホテル・コロシアム・イン蓼科』の離れのレストランで「洋風創作料理」を堪能
5月2日・・・<昼食>『蓼科高原CC』のレストランで「蓼(たで)入り蕎麦とてんぷら」を食す
<夕食>『ペンション・ジョアン』で「肉と魚のフランス料理」を楽しむ
5月3日・・・<昼食>中華料理屋さんで「あんかけ豆腐定食と海老シューマイ」を食べる
<夕食>女神湖畔のレストラン『BELL』で、「ビーフシチューとエスカルゴ」に舌鼓を打つ
5月4日・・・<昼食>『蓼科高原CC』のレストランで「カレーライス」を詰め込む
<夕食>自宅に帰り「ぺペロンチーノ」を作って食べた
以上栄養満点で、数キロ太ったようなので(体重計には恐ろしくて乗れない!)、今日は5時前に起きて30分程歩いた次第です。
〈左上:ゴルフ場から八ヶ岳を望む/左中央:ワイフのティーショット(赤いシャツは長男)/ふきのとうと片栗の花/ホテル・コロシアム・イン蓼科のステーキ〉



