2010年2月8日(月) ≪ネルソン・マンデラと人種差別≫
先週末、「インビクタス/負けざる者たち」という映画を見た。反アパルトヘイト運動で27年間投獄され釈放された後、南アフリカ共和国大統領となったネルソン・マンデラと、同国のラグビー代表チームのキャプテンとの人種を越えた友情を、クリント・イーストウッド監督が心に沁みる作品に描き上げた映画である。20世紀最大の指導者と言われる南アフリカの元大統領ネルソン・マンデラ氏をモーガン・フリーマンが、1995年ラグビー・ワールドカップで優勝した南アのキャプテン、フランソワ・ピナールをハーバード大学中退の俳優マット・デイモンが好演している。
マンデラ氏の関する映画は2007年制作の「マンデラの名もなき看守」という素晴らしい映画が過去にも有ったが、今回の主役には彼自信がM・フリーマンを指名したそうだ。M・フリーマン、M・デイモン共にアカデミー賞の主演及び助演男優賞の呼び声が高く、どちらかが確実に受賞するだろうと言われている。人種差別と言えばやはりアメリカに於けるアングロサクソン系の白人達がブラック・アフリカンを蔑視続けた歴史を我々は思い起こすが、実は我が国でも厳然と長きに亘って"差別"は存在した。
江戸時代に確立された身分制度に、「士農工商穢多(えた)非人(ひにん)」というやつがある。当時は、商人の下は人間扱いされなかったそうだが、「穢多」ということばの文献上の初出は13世紀においてであり、『天狗草紙』(1296)などに見られる。又有る文献には、「河原の辺に住して牛馬を食する人をゑたとなつく、如何」と書かれており、江戸幕府の公文書にも1644年以降に現れてくるそうだ。明治以降彼らが集団で生活することが多いため「部落民」と呼ぶようになったみたいだが、私の知る限りでは東京より以西、特に信州・関西・九州に多く居住していたようだ。
戦前までは、戸籍で区別していた制度も廃止され今では人々の移動もあって事実上判別出来なくなったが、社会党の代議士であった松本治一郎 氏が1946年に設立した「部落解放同盟」は今でも厳然と存在する。世界的には、インドの「カースト制度」などが有名であるが、最も悲惨な例は第二次大戦でドイツの独裁者ヒットラーがアインシュビッツ収容所で約100万人のユダヤ人を虐殺した事件であろう。又、我が国でも支那事変の折、南京で20万人とも30万人(但し中国側の発表)とも言われる中国人を虐殺した消し去る事が出来ない歴史が存在する。
今年は、今週末から開始される「バンクーバー冬季オリンピック」や5月から開催される「上海万博」、そして6月から32カ国が参加して熱戦が繰り広げられる「サッカー・ワールドカップ南ア大会」が開催される。今やインターネットで世界は一つになり、完成すればサッカー場とほぼ同じ大きさとなる「国際宇宙ステーション」には、我が国の野口宇宙飛行士他世界各国の宇宙飛行士が長期に滞在している。そろそろ「人種差別問題」とは、おさらばして「地球環境問題」に真剣に取り組む時期に来たようだ。正に、"地球は一つ"である!



