2010年2月1日(月) ≪行旅死亡人≫
昨日の夜9時からのNHKスペシャル「無縁社会」の中で、≪行旅(こうりょ)死亡人≫という言葉が出てきた。週の初めとしては、そぐわない重苦しい話題であるが、一昨年の無縁死(誰にも知られず、引き取り手もなく亡くなって行く人)が32,000人になったと報じていた。特にその中も、本人の氏名又は本籍地・住所などが判明せず、かつ遺体の引き取り手が存在しない死者が1000人も居たらしく、彼らを≪行旅死亡人≫と呼ぶらしい。法律的には"・・行旅死亡人ト称スルハ行旅中死亡シ引取者ナキ者ヲ謂フ・・"となっている。尤も、この呼び名は明治32年作られた法律に依って定められた言葉であり、何とも古めかしい言い回しである。
「無縁社会」はかつて日本社会を紡いできた「地縁」「血縁」といった地域や家族・親類との絆を失っていったのに加え、終身雇用が壊れ、会社との絆であった「社縁」までが失われたことによって生み出されている。特に、都会では近所付き合いも希薄で、仕事を離れて久しい「独居老人」の「孤独死」が増えていると聞く。この問題は、年間約3万人と言われる自殺者と微妙にリンクしており、我が国に於いて重大な社会問題となりつつある。当然我々「団塊の世代」が老いて行けば、更に「孤独死」が増える事が予想されるからである。
そして、もう一つ「社会問題」化してきたのが「生涯未婚者」だそうだ。所謂一生独身を通す人達で、年老いて「孤独死」するケースが増えて来ているそうだ。予想では、20年後の2030年には、この「生涯未婚者」が、女性の4人に1人・男性3人に1人となる見込みで、社会の構造を一遍につき壊して行く事も考えられる。嘗て1963年(S.38)に、梓みちよが歌って大ヒットした「こんにちは赤ちゃん」という歌があったが、人間殆どの人が親を始め周りの人達の祝福の元に、この世に生を受け愛情に育まれて大人になった筈である。
しかし、死ぬ時の姿がその人の人生の全てを語るのかもしれない。これは決して人ごとではないのである。
〈最近、行政が埋葬する「無縁仏」が急増している〉



