Archive: 2009年12月
12月28日 ≪「お年玉」袋が帰って来ない¿≫
早いもので、2009年も残すところ今日を含めて4日間となってしまった。今年は昨年9月のリーマンショックの影響による世界同時不況で始まり、春から景気の回復が見られたもののその動きは未だに鈍く、困窮している。巷では、来年に到来するかもしれない「二番底」が議論されているようだが、公共投資の減少がもろに影響する我々の業界としては、是非ないことを祈りたい。それでないさえ、人口の減少が言われて久しい状況下、来年も本格的な景気回復は望めないだろうし、引き続き停滞感が続く可能性が高いと思われる。
しかし、憂えているだけでは問題は解決しない訳で、今朝の朝礼でも社員諸君の1年間の頑張りに感謝すると同時に『全員明るい顔で新年を迎えよう!』と訓示したところである。話はコロッと変わるが、返ってくるべき「お年玉」袋が、今日現在未だ半数以下の6袋しか私の手元に返って来ていない。事情を説明すると実は私は、毎年僅か?千円と少ないながら社員の方々全員に「お年玉」を配っている。それも私が千代紙で作った手作りの「お年玉」袋に、新券を入れてである。勿論、息子の嫁や孫たちも同様である。
創立以来、社員の方々に感謝の意を表するために、毎年作って配ってきたのだが、昨年からは袋だけは返して貰うようにしたのである。返して来た人は、やはり几帳面な人が多いようで、このような些細な事でも性格が現れるようだ。今年のお正月には、無くした人にも再度作成しペナルティとして中身は減額して配布したが、来年のお正月はどうしようか?迷っているところである。毎年人数が増える度に金額は、少なくなってきたものの気持の問題なので、お誕生日の「お祝金」とこの「お年玉」は私の懐が続く限り、継続して行きたいと思うのだが?
弊社も明日の午前中をもって本年度の業務を終了いたします。日頃の皆々様方のご厚情に衷心より感謝申し上げますと共に、来年も相変わりませずご支援を頂戴したいと祈念申し上げます。
又、私の駄文にお付き合い頂いた【お暇でもの好きな方々】に厚く御礼申し上げます。来年の≪藤やんの散歩道≫は、1月5日から再開致しますので、宜しくお付き合いのほどを改めて願い申し上げます。
良いお年を!!!!!(●^o^●)
12月25日(金) ≪我が社の忘年会に女傑現る!≫
我が社の忘年会を休み前の火曜日に、南船橋駅前の【日本海庄や】で催した。ここ数年は、「天皇誕生日」の前日の22日が恒例となっている。景気が良かった一昨年までは、仕入先の方々もお招きして舞浜のホテルで盛大に開催していたが、時節柄今年は社員のみで質素に挙行した。但し、16人で予約したのだが、数日前にサービスの人間が足のじん帯を伸ばすし、経理担当の女性が前日ヤード内で転倒して額に裂傷を負ってしまったため、2人減り14人となってしまった。
【日本海庄や】さんを経営する「大庄」(東証1部上場)には、リース業協会の荒井会長さんのつてでコネションが有るため、本部の方に事前に連絡して「少しサービスして欲しい」とお願いしておいた。2時間飲み放題なので7時ピッタリに開始したのだが、事前連絡の効果はてきめんで、冒頭店長が顔を出し「八海山」他、日本酒3升を無料で提供してくれた上、おまけに料理も一品サービスしてくれたのである。先ずはジョッキの生ビールで乾杯し、頂いた日本酒を飲めない3人を除く全員で朱塗りの「大杯」に酒を注ぎ、回し飲みすることになった。
徐々に「大杯」は巡り、最後に入口付近にお店との連絡係として座っていたフロント係のY嬢に回ったのである。中学生の女のお子さんを持つ、人生経験豊富な年齢不詳?(*^_^*)の彼女は、去年の4月入社ながら、持前の明るさと社交的な面を持ち合わせているため客あしらいも上手で、社内にも溶け込んでいるようである。2人減ったことで、場を白けさせまいとはしゃいでくれていたサービス精神旺盛な彼女は、何と「大杯」に注がれた概ね2合ほどの日本酒を一気に飲み干してしまったのだ。
当然皆はやんやのの喝采で、場は一気に盛り上がりひっちゃかめっちゃかになったのは言うまでもない。その後立派な体格をした彼女は、飲むは飲むはで恐らく日本酒だけでトータル5合は飲んだのではないだろうか?盛り上がった結果、時間も1時間ほどはみ出してしまったが、その後何人かで二次会にも流れたそうだから大変な豪傑?と言える。流石にあくる日は、殆ど食べ物が喉を通らなかったそうであるが、この手の人材は今時珍しく、真剣に営業への配転を検討しているところである。
12月24日(木) ≪女性が助手席に乗りたい外車≫
い米フォードモータースは23日、傘下であるスウェーデンの高級車ブランド「ボルボ」を中国の民営自動車大手に売却することを決めた。今年中国の自動車販売台数が、米国の台数を追い抜くそうで急激な自動車市場の拡大に対応するものである。過去にも2005年に韓国双竜自動車の買収や旧MGローバーの資産買収、或いは今年に入って米GMから「ハマー」ブランドの買収と立て続けに、海外自動車メーカーや部品メーカーなどのM&Aが加速してきた。一方、我が国の輸入乗用車登録台数は日本自動車輸入組合の調べによると1996年の393,392台をピークに下がり続けているそうだ。
昨年度は、ピーク時の52.4%の206,278台となっているが、若者の「車離れ」が言われる今年辺りは、更に減少しているものと思われる。実は私も外車に一度っきり、それも「ボルボ」に乗った事がある。「ボルボ」のステーションワゴンが人気を博していた2001年に、我が国で「ボルボ」車での死傷事故が皆無という触れ込みに誘われて、S80型というセダンを購入した。確かに、鉄板が厚くて堅牢そうだが、何とも乗り心地が宜しくない。皮シートは着る物によっては滑るし、電気系統を中心として初期トラブルが多く5年間我慢して乗ったが処分した。その時、金輪際外車に乗るまいと誓った事を思い出す。
とjころで、≪女性が助手席に乗りたい外車≫のランキングとトップは、どんな車かご存じですか?2009年の8月期の調べでは、①位がランドローバーレンジローバーで、フォルクスワーゲンニュービートル、BMWZ4と続き④位がベンツGクラス・⑤位 BMWミニクーパー・⑥位 ベンツSLクラス・⑦位 ポルシェカイエン・⑧位 ポルシェ911カレラ・⑨位 ジープチェロキー・⑩位 ベンツEクラス等で、相変わらずドイツ車や英国車の一部が人気のようである。
助手席に乗るのと、運転するのでは違いがあるだろうと思われるが、皆さんはどんな外車に乗りたいですか?それとも私のように勘弁ですか?
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12月22日(火) ≪2009年赤ちゃん名前ランキング≫
明治安田生命保険は21日、2009年生まれの赤ちゃんの名前調査を発表した。男の子は、①大翔(ひろと・やまと・はると/昨年1位)②翔(しょう・かける/同7位)③瑛太(えいた/同13位)④大和(やまと/同16位)⑤蓮(れん/9位)⑥悠真(ゆうま/同12位)/陽斗(はると?/14位)⑦悠斗(ゆうと/2位)、以下颯太、颯真とつづく。女の子は、①陽菜(はるな・同1位)②美葉(みう・みはね/同16位)/美咲(みさき/同14位)④美桜(みお/同8位)⑤結愛(ゆあ・ゆい・ゆうな/同19位)⑥さくら(同4位)/結菜(ゆうな/同8位)⑧彩乃(あやの/同16位)以下七海、ひなたとつづく。
読み方が、難しい名前が多いが男女とも同じ名の組み合わせが2年連続トップになるのは、19年ぶりという。我々の時代には一般的だった男の名前の最後に「お又を」がつく名前は、ベスト100には1つも入っていなかった。一方女の子では、「子」がつく名前も81位に「璃子(りこ)」が入っているだけだった。そういう意味では、赤ちゃんの名前は「時代を映す鏡」と言えなくもないが最近では、男の子には「翔・颯・拓・大」という字が多く使われ、女に子には「悠・優・結・美・菜」という字が多く使われているようだ。又、「海・陽」は共通して使われているようである。
景気の「二番底」が云々されている今、漸く【子供手当】に年齢制限を設けない事が決まった。鳩山首相の本音は、予算の事を鑑みるとマニュフェスを変更して設けたかったのだろうが、コスト面と世論の反発を恐れ決断したようだ。この対策で減り続ける我が国の出生率が改善されるとは思えないが、来年はどんな≪NEW NAME≫がベスト10に入ってくるか楽しみである。
先週の土曜日(19日)に、長男家族と一足早いクリスマス・パーティを行った。食事は「手巻きすし」と決めていたが、アトラクションとして≪リース≫を孫娘と作ろうと考え、材料を当日の午前中に調達した。材料は、土台として直径30cm・内径20cmのドーナツ型の段ボール、デコレーション用ショートパスタ、鈴や星のオーナメント(アクセサリー)、ボリュームを出すためのネット」リボンそしてと万能ボンドと塗装用のカラースプレイ等である。その他にも松ぼっくりやドングリの実を近くの林で採ってきたが、勿論これはサプライズでワイフを始め誰にも告げてなかった。
リースはもともと花と葉を使って、聖なる場所や幸福の象徴として家の中に飾ったことが始まりとされている。歴史の浅い日本では、すぐにクリスマスリースを思い浮かべてしまうが、それ以外にも誕生日や結婚記念など、幸せを表現したいときに飾るらしい。ネットで調べて見たところショートパスタ(マカロニ)で作る≪リース≫が面白そうなので、金と銀の2種類作ることにした。土台に段ボールをリング状に切りぬき、ニョッキやペンネ、クルル、エルボ、ロッテレ、ファルファツレ、オレキエッテなどの数種類のショートパスタを貼り付け、それぞれ金色と銀色のスプレーで着色し、同じく金色と銀色のオーナメントとリボンで飾りつつけることにしたのである。
会社を午後早めに抜け出し、帰宅したところワイフが駅に迎えに行ったらしく誰もいない。早速座敷の座卓に材料を広げ、金色の方を作り始めた。松ぼっくりやドングリの実は孫と一緒に採りに行こうと思っていたが、暗くなり始めたので、止む無く一旦中止し自分一人で採取に出掛けた。7割程出来あがった頃に長男夫婦が到着し、喜々として全員で作り始め試行錯誤の結果、食事前にどうにか完成したのである。そしてご覧の通り、二つを壁に掛け団欒となった訳であるが、今朝その≪リース≫を見るにつけ、新たな疲労感が襲ってきた。
実はこれには、オマケが有ったのである。材料の一部を会社の近くの【ロフト】に買いに行った際、ディズニーのキャラクターが勢ぞろいした1000ピースの蛍光≪ジグソーパズル≫が目に飛び込んで来て、衝動的に買ってしまったのである。かなり厄介なパズルで孫には未だ難しく、息子だけが翌日ゴルフの予定が有って当日帰宅した為、あくる日の日曜日嫁と奮闘しながらやり始めたのである。未だ10%の100ピースも出来ていないだろうと思われるが、それも過労の原因の一つとして加わったのである。
こういう遊びやゲームは、大人になっても意外と後を引くもので彼らが帰った昨日の夜も一人で数ピースやってのけた。果たして正月休みに完成するかどうか案じられるが、完成の暁には又ご紹介したいと思う。
<作成中のリース(最初は全部着色しようと思ったがショートパスタの基の色が面白いと気付き土台だけに) と1000ピースのジグソウパズル>
12月18日(金) ≪クリスマスプレゼント≫
柏高島屋のステーションモールによるクリスマスギフトに関するアンケートの結果、女性が男性に贈るクリスマスプレゼントの平均予算が、昨年に比べると1万8,877円から約1,500円減少したらしい。時節柄であろうが、2年前に比べると5,000円も落ち込んだことになる。プレゼントは、洋服が最も多く、財布、マフラーと続くそうだ。片や夫などの男性から貰いたいプレゼントの希望金額は、1,000円増えて2万7,370になったそうだ。希望する品物のトップは、アクセサリーで次いで靴とバッグだった。一家の働き手が男性だから止むを得ないと思うが、ここでも女性上位が浮き彫りとなった。
他の調査でもクリスマスに欲しいプレゼントは、男性では1位が腕時計(19%)、2位バッグ・かばん/財布がそれぞれ16%、女性では1位はアクセサリー、2位バッグ・かばん(35%)、3位洋服(32%)と概ね同様の回答になっているようだ。一方「過去に大切な人に何を上げましたか?」という質問には、
●女性が選ぶクリスマスプレゼント
4位 おもちゃ(ゲーム機・ぬいぐるみ)
5位 愛!?
6位 時計
7位 好きなアーティストのCD
8位 クリスマスグッズ(ツリー・オーナメント)
9位 ネクタイ
10位 グリーティングカード
●男性が選ぶクリスマスプレゼント
2位 食事(レストラン等で外食)
3位 おもちゃ(子どもに)
4位 衣類(セーター・etc)
5位 アクセサリー(ネックレス・指輪・ブレスレット・ピアス)
6位 クリスマスツリー・クリスマスリース
7位 愛!?
8位 バッグ
9位 花
10位 香水・財布・旅行など ・・・となっているようだ。
●番外編として
・強制外食券や子供(夫へのプレゼント?)も有るそうだ。
●まとめ
・女性は手作りのプレゼントと答えた方が多数いたようだが、男性は必ずしも嬉しくない?
・愛と答えた方は男女とも20歳代が最も多く、50歳以上の回答は残念ながら皆無だそうだ。(人間50歳以上になると愛もなくなる?)
以上、ご参考までに!!!・・・(*^_^*)
12月17日(木) ≪翼よ!あれが巴里の灯だ・・・≫
1903年の今日12月17日、ノースカロライナ州のキティホークで12馬力のエンジンを搭載した「ライトフライヤー号」によって世界で初の有人動力飛行に成功した。言わずと知れたウィルバーとオーヴィルのライト兄弟 が発明した初めての動力飛行機である。ライト兄弟は実験に成功したが、当初社会はこれを信用をしないばかりか、こぞって反発さえしていたらしい。 その証拠にアメリカ合衆国陸軍を始め多くの科学者は、「機械が飛ぶことは科学的に不可能」という旨の記事やコメントを発表していたそうだ。それから100年超、人類は宇宙にステーションを作り、そこに何ヶ月も滞在するという長足の進歩を遂げたのである。
私は、映画が好きだが飛行機をテーマにした映画では≪翼よ!あれが巴里の灯だ・・・≫が印象に残っている。1957年に日本で公開されたジェームズ・ステュアート主演の映画で、リンドバーグのライアンNYP単葉機「スピリットオブセントルイス」号による歴史的な大西洋横断飛行を、1927年5月20日のニューヨークのルーズベルト飛行場の離陸から、5月21日にパリに着陸するまで描いたものである。アイルランドのディングル湾で陸地にたどりつき、プリマス上空を飛んでイギリス海峡を横断、英雄の歓迎に沸くパリのル・ブルジェ空港に着陸するシーンでは子供ながらに、ドキドキハラハラしながら胸をなで下ろした事を記憶している。
私は、基本的に飛行機が好きではないが、約25年前に九州に赴任していた5年間で40回以上福岡~東京間を往復した。しょっちゅう乗っていると慣れてくるものだが、余り乗らなくなった現在では緊張する事がある。しかし、日本は島国だから文字通り【海外】に行く場合は飛行機に乗らなければならない。仕事をリターヤーし、命が惜しいくなくなったら是非飛行機を最大限利用して世界一周をしたいと考えている。
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12月16日(水) ≪天皇家って?≫
天皇陛下の中国要人の特例会見問題で、羽毛田宮内庁長官と民主党の小沢幹事長がやりあった事が話題になっている。小沢幹事長の意向で民主党が中国の習近平国家副主席と天皇陛下との会見を、1ヶ月前に要請すべしとの宮内庁の「ルール」を破って強行させたのに宮内庁長官が、「天皇陛下の政治利用」と記者会見を開いたのに端を発したようだ。これに対して小沢幹事長が、「宮内庁の役人が作ったから金科玉条で絶対だなんてバカなことがあるか」と応じた事から、ややこしくなって来た。
宮内庁の言い分も尤もで、どちらもどちらという感じがするが≪天皇家≫を考えるのには、良い機会である。元々、≪天皇家≫或いは皇族というのは我々国民にとって何なのだろうか?どうも、≪天皇家≫や国歌又は国旗を云々する事がタブー視されているようでならない。日本国憲法では、第1章に「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」(第1条)と記されている。そして「天皇は、憲法の定める国事に関する行為のみ行ひ」とされてるため国会召集などの10項目の国事行為以外、例えば外国要人との会見や外国訪問は憲法違反とはいかないまでも、法的には非常に微妙な公務なのだ。
今上天皇である「明仁」(氏姓を与える上位の存在がなかったため天皇には、氏姓がない)は、日本書紀によると紀元前585年に即位した初代の神武天皇以来125代目の天皇である。元々「天照大神」に端を発する伝えられているようだ。私は、ワイフと違って(*^_^*)皇族に興味がなく、若い頃は『見たことも会ったこともない!』と言い続けて来た。ところが、約25年前に偶々上野駅の新幹線ホームで当時の皇太子今の天皇ご夫婦にを7~80mに至近距離で、御見かけしたのである。
その時の神々しさと感動は、過去に味わった事がない不思議なもので忽ち宗旨替えした。それからは、天皇陛下やご皇族の報道は何故か目が釘づけになるのである。従って、今回の騒動を知った陛下のご心痛は、いかばかりかと案じているところである。
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12月15日(火) ≪地球儀≫
4歳になったばかりの孫娘"梨々花(りりか)"が、クリスマスプレゼントに≪地球儀≫が欲しいと言って来た。何にでも興味を持つ彼女が、今度は世界地図に関心を示しているという事は、喜ばしい事である。早速「船橋東武デパート」の外商の方にお願いして、各国の国旗が印字してある1万円弱の≪地球儀≫を手配した。実は私にも小学校の3年生の時、≪地球儀≫が欲しくて欲しくて堪らず父親にせがんで、数ヵ月後に漸く買って貰った思い出がある。当時のそれは、直径20cm位だったと記憶しているが、今回プレゼントするのは5000万分の1の縮尺の30cm球でかなり精巧に出来ているらしい。
≪地球儀≫というのは、ご承知の通り、北極点と南極点にあたる部分に軸受を有する台に固定され、回転させられるように作られている物である。又、地軸と同じように、垂直方向に対して23.4度傾くように軸受が取り付けられている。歴史は、意外と古くニコラウス・コペルニクス(1473年2月19日 ~1543年5月24日)が、地動説を唱える遥か昔の紀元前150年頃にキリキア地方(現トルコ)のマルスで、哲学者クラテスによって作られた地球儀が、最古のものとされている。我が国に現存するのは、1700年頃にオランダのファルクが作成した地球儀が最も古く、長崎県の松浦史料博物館に保管されているそうだ。
今では、好奇心旺盛な子供たちのために国別に色分けされた地図の中にコアラや自由の女神など、各地域にゆかりのある楽しいイラストが描かれているもの、タッチペンでタッチすれば知りたかった情報を音声で教えてくれるものやインターネットで情報をアップデイト出来る「喋る地球儀」なども有るらしい。今回のプレゼントは、私が小学生の時に「想像の世界」で世界を雄飛した時と同様シンプルな≪地球儀≫だが、彼女にも先ずは「想像の世界」で何処に行きたいか聞いてみたいと思っている。
12月14日(月) ≪石井先輩と私≫
昨日、石井先輩と私と私のワイフの3人で、茨城県の「ザ・ゴルフクラブ竜ヶ崎」でゴルフをした。このゴルフ場は、1990年(H2年)のバブル時代の真っ只中にオープンしたチャンピオンコースで、600ヤードのロングホールが2つあるタフなコースである。又、建設中に私が大型ゴムクローラダンプの新車を納めた因縁あるコースでもある。このメンバーで回ることが珠にあるが、昨日のスコアーは、石井先輩も私も低値安定でさんざんな出来だった。
このブログに何度かご登場頂いている石井さんは、私の6つ上(学年は5つ)の先輩でレンタル業を創業以来約40年の歴史を有する優良企業の社長さんである。元々或る小物建機メーカーの営業マンであった彼は、大阪から東京に転勤してくる際に質屋さんに入れていた免許証を勤め先の社長に受け出して貰って、やっと東京にやって来たという逸話を持つ豪傑である。お付き合いは約25年以上前に遡るが、S57年に私が九州に転勤する前に起きた或る出来事に、先輩が私に義理を感じていてくれて初めて取引頂き、爾来色々と面倒を見て頂いている。
私が独立した際も、最初は強烈に反対されたが、最後は折れて会計士さんもご紹介頂き非常勤役員までお引き受け頂いた。しかし、仕事以外は先輩と私はライバルで、常にゴルフや将棋でしのぎを削っるいるのだ。以前は、どちらも私の方が優勢だった?が最近では五分五分か、寧ろ私の方が分が悪い。昨日も、最後で逆転されて1打負けてしまい、悔しさ100倍だった。しかし、終わって駐車場に停めていた私のハリアーがパンクしているのを知って、最後まで修理を手伝って呉れる心優しい人である。そして私たち凸凹コンビは、『お互い死ぬまでゴルフが上手になれないだろうな!』と言い合う良い中なのだ。(●^o^●)
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12月11日(金) ≪新車導入と泥棒侵入≫
昨日久しぶりに我が社にトラックの新車3台が、いすゞさんから納入された。3トンダンプであるが、長期リース車を除くと1年9ヶ月ぶり導入である。不況下のも拘わらず敢えて導入に踏み切ったのは、最近過積載車輌の取り締まりが厳しく、2トンダンプではミニショベルを積んで更に積み下ろし用の歩み板を積むと遥かに2トンをオーバーするからだ。3トンダンプの保有はこれで11台となったが、今回は手動だが「コボレーン」を装着した。「コボレーン」とは、写真で判る(真ん中の写真)通り左右のアオリの上に取り付けた土砂の「ホロ制こぼれ止め」の事である。
我が社では、新車が納入されるとささやかでは有るが"安全と商売繁盛を祈願する神事?"を執り行う。神官を呼ぶわけではないが、お米と塩を用意して新車にお神酒ををかけ社員全員で"二礼二拍手一礼"で送り出すのである。私は、機械や車輌にも制作した人達の"魂"が宿っていると考えているため、心をこめこの行事を済まさなければ、絶対貸し出さない事にしている。ところが昨日、午後にこの行事を行った後、厭なニュースが飛び込んで来た。第2モータープールに泥棒が入り、トラックの助手席側のガラスを割って何か盗もうとしたか、車輌そのものを盗もうとしたらしい。
第2プールは今年5月手当した船橋・取手線に面した約400坪のヤードで、以前から気になってはいたものの未だ照明設備を施していない。早速全ての車輌を本社ヤードに移動したが、年末年始を控えているため、セキュりティを完全にして再度使用したいと考えている。目出度い事と不吉な事が重なった一日だったが、何れにせよ"安全国日本"も物騒になったものである!
<「コボレーン」付き3トンダンプの新車と何者かに窓ガラスを割られたクレーン付きトラック>12月9日(水) ≪おばあちゃんのお台所が気になる?≫
先週の土曜日に二男の子供である蒼太郎(そうたろう)が、我が家にやってきた。彼は2009年8月生まれの2歳児なので、当然両親も一緒である。私達には長男に4歳の女の子の孫が居るが、男の子は動きが全然違うため一時も目が離せない。以前にもソファーから後ろ向きに落っこちたり、開いている戸棚の扉にしこたま額をぶつけて大泣きをしたことがある。彼は、母親が毎日10冊くらいの絵本を読み聞かせてきたせいか言葉が早いようで、おまけにお喋りである。ひよっとするとカミサンからの隔世遺伝かもしれない。ゴメン!(^◇^)
彼は電車が大好きだ。首都圏を走る電車を、見れば直ぐに車名を言い当てるし、いろんな鉄道を記述している本を丸暗記し、薄くはないその本を最後まで朗読できる。"じじ馬鹿"で『天才じゃないか?』と冗談半分本気半分でカミサンに話した事があるが、人間幼児期には異様に物事を沢山吸収する時期があるそうで、『二人の息子たちもそうだったじゃない!』と一笑されてしまった。ところが彼には、もう一つ関心が有るものがある。それは≪台所≫、或いは台所用品である。
自宅でもそうらしいが、先日もカミサンが料理を始めると≪お台所が気になる、気になる!≫と言いながら食卓テーブルの重い椅子を自分で引きずって来て上り、手伝おうとするのである。≪台所≫は当然火を使うし、重い電子レンジや包丁も有ったりして危険極まりなくハラハラ・ドキドキものであるが、一向にお構いなしだ。又、「ママゴト遊び」もどきも好きらしく息子に言わせれば将来男らしく育つか?一抹の不安があるらしい。(*^_^*)
勿論我々夫婦は何の心配はしておらず、寧ろサラリーマン家系の我が家に「将来【料理研究家】でも誕生すれば良いね!」と冗談?を言い合っているところだ。何れにせよ、蒼太郎の将来の可能性に掛けたいものである。蒼太郎に栄光あれ!!!
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12月8日(火) ≪だからラグビーが面白い!≫
今日もスポーツの話題で恐縮だが、ラグビーの関東大学リーグ対抗戦グループは、6日早稲田対明治が対戦し、前半早稲田が0-14でリードされたものの、徐々に実力が勝る早稲田が追いついて最後の10分間に逆転、2シーズン振りの優勝を手にした。得点結果は、16-14の僅差っだった。その前日、早稲田と5戦全勝で並んだ慶応が昨年の覇者である帝京と対戦し、勝てば9シーズン振りの優勝を決めるかという1戦で、17-19と惜敗し涙を飲んだ。それも前半慶応が2トライで17-0と折り返しただけに、泣くに泣けない敗戦だったろう。
実は私、9年前の慶応の優勝を鮮明に憶えている。創部100周年に当たる1999年テレビでキャスターをしていた上田昭夫監督率いる慶応が、高田晋作主将のもと早稲田を破って5度目の優勝を果たし、大学選手権をも制したのである。その時の慶応のロックが、高田主将と私の二男の小学校時代の同級生である阿久根君で、コーチが同じく私の長男の高校・大学通しての親友である田村君だったので、印象に残っている。阿久根君のその後は聞いていないが、田村君は社会人になった今も長男と同じ損保会社に勤め、現在は中国の上海で活躍しているそうだ。
私の会社の社名の由来が、二人の息子たちがラグビーをやっていたからという事は、以前にもブログで紹介した。32歳になった二男は、今シーズン限りで弱小?(怒られるかも!)の社会人ラグビーチームから離脱し、第2子作りに専念するそうだ。(^-^)私は二人の息子たちが、グラウンドで相手チーム選手とまともにぶつかり合うドスンという音が怖かったが、男らしくて好きだった。これから大学ラグビー対抗戦グループ5位の明治までが参加する大学選手権や社会人ラグビー、そして年を跨いで高校ラグビーが始まる。
<以前子供部屋だった部屋の壁に掛っている、ラインアウトでボールを取りに行く高校時代の二男の雄姿>男子プロゴルフツアー最終戦「日本シリーズJTカップ」が、終わって18歳"石川遼君"の賞金王が確定した。国内男子ツアーでは、今から36年前の1973年にジャンボが尾崎が26歳で優勝したのが記録だったそうだから、一気に8歳も更新した事になる。海外の主要ツアーでも19歳が最年少だったようで、"遼君"が最年少記録となった。但し、「JTカップ」では初日に8オーバーと大叩きしトータル3オーバーの19位と振るわなかった。
彼の今シーズンの平均飛距離が292.37ヤード(9位)だが、今回の「JTカップ」では寒いせいもあったろうが273.63ヤードと20ヤードも少なく、おまけに初日の風が禍したようだ。平均ストローク数がトップと立派な賞金王だが、フェアウエキープ率が47.95%と87位で、その辺りに課題が残っているようだ。その分イーグルを含むバーディ数が年間371個で、1試合4.42個と彼の今年の目標数4個を上回ったのである。要するに彼が克服すべき≪弱点≫は、寒さや風を物ともしない体力と正確なドライバーショットで、来シーズンに向けてのテーマである。
一方アメリカでは、あのゴルフ界のスーパースター、タイガー・ウッズの交通事故が話題になっている。どうやら奥さんに浮気がバレて、追いかけられた拍子の事故らしい。その後次々と他2人との海外などでの密会が公になり、おまけに100万ドルの口止め料を払ったとか払わないとかでスポーツ界は持ち切りらしい。自分が主催するゴルフ大会もキャンセルしたといいうから、これを≪弱点≫と言うべきかは別にして、意外と根が深く立ち直りに時間がかかりそうだ。
あれだけの選手になると、誰もが放っては置かないのだろう。"遼君"もシーズン初めとは違って連日テレビ・ラジオ・新聞・週刊誌等で見たり聞いたりしない日は無い程のスポーツ界のスーパースターとなった今、彼も例外ではない。特にルックスやスタイルも申し分ない分女性も放って置かないだろうし、特に妙齢の年上の美人がアプローチしてくれば下司な感ぐりではないが、いかな"遼君"でも落ちないとは限らない?国内100勝以上したかってのゴルフ界のスーパースターであるジャンボ尾崎の凋落ぶりを見るにつけ、大学進学(無理かも?)や海外進出等の明確な目標を掲げて、限りない未来に向って邁進して貰いたいものである。
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12月4日(金) ≪フグ料理とテトロドトキシン≫
昨日、久しぶりにフグ料理を食べた。船橋市の「大森田」(047-433-0354)という≪フグ料理≫専門店で、市内では認証店舗第1号らしく、35年以上の実績が有るそうだ。店自体は、80年以上の歴史を有し、他にも「すっぽん」や「はも」料理を出す由緒正しい料理屋さんのようだ。70%を消費する関西では、フグの事を「てっぽう」と呼ぶそうだが、「めったに当たらない(昔の鉄砲は命中率が悪かった)が、当たれば命が危ない」という意味でそう言うらしい。「てっさ(てっぽうのさしみ)」「てっちり(てっぽうのちり鍋)」という料理名はここに由来している。
調べてみると、1996年から2005年の10年間に、全国でふぐによる食中毒は315件発生しており31名が亡くなっている。その多くが、資格を持たない一般人がフグを調理した結果起きているそうだ。有名なのは、1975年8代目坂東三津五郎 が京都の料亭で肝を4人前食べて中毒死した事件であるが、その以前にも相撲取りが何人か中毒死しているようだ。今でも、11月の九州場所に力士達が来ると博多の街にはフグが無くなると噂されているから、相撲取りは≪フグ料理≫が好きなのだろう。かつてはフグ毒に当たると頭だけ出して地面に埋めれば治るなどの言い伝えがあったが、完全な迷信である。(*^_^*)
フグの毒は、テトロドトキシンという毒だそうで、その毒量は「マウスユニット (MU)」(20グラムのネズミを30分で死亡させる量が1マウスユニット)で表わされる。人間の場合5,000-10,000マウスユニットで致死量に至るが、フグ毒による事故では致死率が5.7%と言われており、他の食中毒よりも圧倒的に致死率が高いそうだ。豊臣秀吉が朝鮮出兵の際、九州でフグを食べた兵士達が相当数死亡したことから禁止したそうだが、明治維新に下関でフグを食べた伊藤博文がえらく気に入り、山口県のみ解禁したしたらしい。
現在では調理方法も確立され全国各地で食べられるようになったが、食用として用いられのは約180種以上のフグの内、トラフグとマフグである。唯一大分県では、条例で「肝」を食べる事が許可されている。食べた人に聞くと少し唇が痺れ、何とも微妙な心持らしい。今のところ私は未だ命が惜しいので、挑戦する勇気がはないが、もう少し年を重ねて命が惜しくなくなったら、大分に行って食してみようと思っている!(●^o^●)
12月3日(木) ≪平山郁夫画伯の死≫
現代日本画壇の最高峰に位置する画家であった≪平山郁夫画伯≫が亡くなった。79歳だったそうだ。彼は1953年(S28年)、院展初入選。原爆の後遺症の中で、仏典をインドから持ち帰った唐僧・玄奘を描いた1959年(S34年)の「仏教伝来」で注目された。さらに1961年(S36年)の「入涅槃(ねはん)幻想」などで釈迦への敬慕の念を表現する一方で、シルクロードを舞台にした「仏伝シリーズ」で評価を高めた。彼は、母校の東京芸大学長を2度務めた他、日本美術院理事長、日中友好協会会長など画壇内外の要職を歴任したが、その作品価格は画家の中で飛びぬけて高いと言われていた。
シルクロードの静謐(せいひつ)な風景を、たおやかに描いた彼の画業を嫌う人は恐らく居まい。特に30年に亘り描き続けた、彼のライフワークとも言うべき奈良・薬師寺の「大唐西域壁画」はつとに有名である。「西遊記」で知られる7世紀の唐の名僧、玄奘三蔵が禁を犯してインド(天竺)へ仏教を極める旅を描いた縦2.2m・長さ19m・13枚からなる大壁画を、数年前に私は前にした時、えも言われぬ悠久の歴史と感動を覚えたものである。又、ユネスコ親善大使として北朝鮮の高句麗古墳群の世界遺産登録推進に寄与した功績も高く評価されている。
実は、私が常日頃懇意にさせて頂いているK社の社長応接室に、しばらく前に≪平山郁夫画伯≫の絵が飾ってあった。それも北朝鮮の前最高権力者「金日成」の生家を描いたものだったと記憶している。それも雅号を記した部分が花瓶で見えにくくしてあった?が、私は即座に見抜いたのである。高名な画家が亡くなると、その画家が描いた作品が急騰するという事を聞いたことがある。当時でも画題からして2,3千万しただろうから、今となって幾ら値がつくか想像出来ない。近々是非再度拝見したいと思っているが、その方が誰かは秘密である!(^◇^)
12月2日(水) ≪果物の缶詰が復権?≫
昨日の日経新聞に、ミカンやモモなどの缶詰の売れ行きがいいと載っていた。理由は新型インフルエンザの流行などで、保存がきき、のど越しも良くて食べやすいのが再評価された理由らしい。又、スーパーでの特売で100円を切る缶詰が出回っているため、まとめ買いをするケースが増えているようだ。要は新型インフルの流行を機に、小さなお子さんを持つお母さん達が看病で外出出来なくなることを想定し、ヨーグルトに混ぜたり手作りデザートに加えたりするために買って行くらしい。
我々の小さい頃には、中元歳暮等の贈答品として≪果物の缶詰≫が占める割合を比べてみると、ベスト5に入っていたような気がする。私が調べたところに依ると、1家庭の支出金額は1993年に、国内供給量は2000年をピークに下がり続けてきたそうだ。空き缶の処理に困るのと、中国産が嫌われたためである。又2001年のデータでは、購入層は40代がトップだったが、今年あたりはきっと購入層も下がっていることだろう。エリア別では、比較的温度が低い東北地区がトップで次いで東海地区となっていたが、今年あたりはどうだろうか?
私も小さい頃から果物が好きで、今でも毎朝食後にバナナやパイナップルを食べているが、我が社には全く果物を食べない若い輩が多い。会社で果物を頂いても見向きもしないのである。勿体ない話だが、悲しいかな私もそろそろ果糖を気にする年になったので、腹いっぱいとはいかなくなってきた。私は6人兄弟の末っ子だが、上3人は私と年も離れていて結婚や大学進学などで早くから家を出ていた。6歳上の兄貴と3歳上の姉との生活が比較的長かったが、この話題に際して当時贈答品として頂いた≪果物の缶詰≫を大人しく分け合ったり、時として喧嘩して取り合って食べた昔が懐かしく思い出されたのだった。
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私の昨日のブログを見た我が社の社員に、「社長、亀田は対戦終了後のインタビューでチャンピオンの内藤に対して有難うございます!って感謝の言葉を述べていましたよ」と指摘された。彼は、会場に行ったそうで、そこまではテレビ中継に入っていなかったのか、あるいは私が見落としたのかのどちらからしい。又、国民の関心度も高かったらしく、WBCの韓国との決勝戦を抜いて、視聴率も43.1%と今年最高を記録したそうな。
確かに、昨日は健康診断のため早く家を出たため見れなかったが、今日の「朝ズバ!」で再生していた出演シーンでも「内藤選手は、強かった!」とチャンピオンを称えていた。又、違うラジオ番組でも、「これをキッカケにボクシングがもっともっと盛り上がっていったらと思いますね」。自身については「まだまだアカンと思てるから、勉強ですね。もっともっと勉強して、もっともっと進化せな」と殊勝に話したと言う。確かにこれまでの「興毅」の言動とは違った大人としての発言で、私も少し彼を見直さざるを得ないかもしれない。
但し、決戦の「満足度調査(10点満点)」を今日再度確認したしたところ、0点が28%から22%に変化したが、10点も16%から14%に下がり6点以上が46.9%と5割を超していなかった。詳細は、8点が13%で5点が10%、7点9%、3点8%である。それにどの番組でも親父さんの事を語ったというから、この家族の親子の絆は良し悪しは別として、我々が想像する以上に強いのかもしれない。
何れにしても「鼎の軽重」を問われるのは、チャンピオンとなったこれからで更に人間として成長し、以前みたいな「亀田バッシング」を受けないよう静かに見守りたいものである。
<先週末、地元柏市内で写した美しい夕焼け雲>



