Archive: 2009年9月

29日のヤンキースのカノが25号満塁本塁打を放ち、松井秀(28本)、ロドリゲス(28本)、テシェイラ(38本)、スウィシャー(27本)と合わせて5選手がシーズン25本塁打以上の球団新記録をマークした。1938年に当時のゲーリッグ、ディマジオら伝説の選手がマークした4人の記録を71年ぶりに更新したものである。 ヤンキ―スは既にア・リーグ東 地区を制したが、ポストシーズンの"ゴジラ松井"の去就が注目されている。

彼は、石川・星稜高時代は1年から4番を打ち、甲子園にも1年夏、2年夏、3年春夏と4度出場した。3年春の1992年センバツでは、2試合連続を含む3本塁打の大会タイ記録を達成。3年夏の明徳義塾戦では、5打席連続敬遠されて話題となったのは記憶に新しい。その後、阪神希望の彼が、当時の長嶋監督に口説き落とされ、鳴り物入りで巨人に入団したのはご承知の通りである。10年間巨人軍で活躍した後、MLBニューヨークヤンキースに移ったが、彼の17年間の野球生活に於ける全成績は下記の通りである。

今年が4年契約の最終年であり、今年の活躍に拘わらず守れない彼の放出は確実だと思う。今のところ巨人や阪神が興味を示しているようだが、1300万ドル(11.7億円)の年俸は余りにも高額だし、松井自身も「日本で野球をすることないと断言している。彼は、前ヤンキース監督で現ドジャースのJ・トーリ監督を慕っているようだがナ・リーグにDH制度が無いため、DHが有るMLBア・リーグの球団が有力である。

そうなると、ヤンキースのライバルのレッドソックスやエンジェルスの可能性が高くなりそうだが、イチローの所属するシアトル・マリナーズの可能性も無くはない。松井はイチロー(愛工大明電・36歳)の1年後輩で、高校時代も相まみれた事があるそうだ。果たして夢の"1番・4番コンビ"が、マリナーズで見られるか否か?要注目!

    年度 試合 打数 安打 本塁打 打点 打率 盗塁
巨人  93   57  184   41  11   27  0.223   1 
〃    94  130  503  148  20   66  0.294   6             <ゴジラ松井の豪快なスイング>
松井.jpeg〃    95  131  501  142  22   80  0.283   9
〃    96  130  487  153  38   99  0.314   7
〃    97  135  484  144  37  103  0.298   9
〃    98  135  487  142  34  100  0.292   3
〃    99  135  471  143  42   95  0.304   0
〃    00  135  474  150  42  108  0.316   5
〃    01  140  481  160  36  104  0.333   3
〃    02  140  500  167  50  107  0.334   3
10年計   1268 4572 1390  332  889  0.304  46
NYY   03  163  623  179  16  106  0.287   2
〃    04  162  584  174  31  108  0.298   3
〃    05  162  629  192  23  116  0.305   2
〃    06   51  172   52  8   29  0.302   1
〃    07  143  547  156  25  103  0.285   4
〃    08   93  337  99    9  45  0.294   0
〃    09  138  443  124   28  90  0.280   0 

7年計     912 3335  976  140  597  0.293  12
17年合計  2180 7907 2366  472  1486 0.299  58

息子の親友"おおた君"が、昨夜9時に我が家に来てくれた。私には二人の息子が居るが、彼は長男の親友である。彼は今年の9月、我が家の近くに整骨院を開業した。そう、彼は柔道整復士なのだ。開業早々忙しい中、昨日はわざわざ私に指圧を施すために我が家に出張してくれた訳だ。彼は34歳になるが、小さい頃からスポーツが得意で明るく、ルックスも良くて人当りも柔らかなせいか、お客も付いたようで極めて滑り出し順調らしい。

息子と"おおた君"との出会いは、私がサラリーマン時代の1987年(S62年)に九州福岡から戻って来た際の小学校6年の時である。彼は少年野球から中学でも野球部に入り、3年生の時はエースだった。下の息子は、彼より2年後輩で同じく野球部に入りキャプテンとなったが、二男が一年生当時によく彼らの試合を見に行ったものである。中学卒業後進んだ関東一高でも、3年生の時に主戦投手となり甲子園目前の夏の東京都大会の決勝で、現在巨人で活躍している当時修徳高校の高橋尚成と投げ合い惜しくも涙を飲んだ。

彼のお兄さんも同じ関東一高で、甲子園出場を果たしているので、さぞかし口惜しかった事だろう。彼の弟も高校時代、機械体操では名を馳せたらしく今では歌舞伎役者から殺陣師に転じたらしい。又、スタントマンの仕事もしているらしい。親父さんも野球をやっていたそうで、要するにスポーツ一家と言えよう。彼は高校卒業後、整復士を目指す傍らアメリカ・ロサンゼルスに渡り、スポーツマッサージの勉強をしたそうだ。彼は開業に際し息子を通じて、会員NO.001番の会員証を私にくれた。私がゴルフの後、腰や背中がパンパンに張るのを息子から聞いてよく知っているからだ。

これから週に1,2度は我が家に来てくれるという。今度じっくり彼がアメリカ時代に、ヘルスケアーに携わった多くのハリウッドスターやスポーツ選手の話を、聞きたいと思っている。

おおた.JPG 割り引き.JPG  

<おおた接骨院(今朝5時半撮影)と NO.001の会員カード>

「無くて七癖」とはよく言ったもので、人間には必ず癖がある。スポーツ等をやる際のそれは、或る意味では「儀式」と言えるかもしれない。特に、ゴルフでショットやパターをする前に、チェックをする仕草は完全に儀式である。物故した先輩に面白い人が居て、ドライバーを打つ時に、必ず自分で「ナイスショット」と叫ぶのが癖だった。それもボールにクラブが当る瞬間か、当る直前に叫ぶのである。当然?彼は余りゴルフが上手ではなかったが、その後に打つ時は可笑しくて力が入らず、それこそ「ナイスショット」をした憶えがない。これなどは、微笑ましい癖で余り人に迷惑を掛ける癖?ではない。但し、職場での癖となると少し話が違ってくる。

社会人の常識・非常識から恋愛事情まで、様々な分野でのスタンダードを探るコラム、オリコン『働きビト』で、「勤務先での"気になるクセ"」についてリサーチしたそうだ。その結果、寄せられた回答には、ふと聞こえてくる【独り言】(1位)や【貧乏ゆすり】(2位)に「仕事がはかどりません!」(20代の女性)などのSOSが届いたそうだ。何かの拍子で自然にポロリと口から出てくる【独り言】。誰にでも身に覚えのあることだとは思うが、確かに職場では独り言が多いと、自分に話しかけられたと勘違いする事があるし、ボソボソ言い続けられるとこちらが滅入ってしまう。

【貧乏ゆすり】も同様、「苛立っているからやっているんだろうけど、視界に入るとこちらまでイライラしてくる」(30代/男性)というように、やはり度が過ぎるのは禁物だ。次いで、【髪の毛をいじる】、【口癖】、【音を立てて食べる・咳払い】、【強くキーボードを叩く】、【ボールペンをカチカチ鳴らす】、【舌打ち】、【笑い方】と続くが、他にも少数ではあるが【紙を丸めて捨てる】、【電話を雑に切る】、【紙をめくる際指を舐める】、【指を鳴らす】等があった。私もどれとは言わないが、気付かずにやっている事がいくつかあったみたいで、今後是非改めたいと思う。ところで、皆さんに於かれましては≪職場での"迷惑"な癖≫をやっていませんか?  わらう.JPG

                       <気になる笑い方も「気に障る?」>

我が家の風呂は、現在改修中である。築20年を経過した我が家の風呂は、タイル張りで浴槽がステンレスと昔風なので、今流行りのシステムバスに変更する事にしたのである。従って、今は風呂に入れない。連休中の一日は、長男の家に行って貰い湯をしたが、豊島区駒込と柏の我が家では如何にも遠く、毎日という訳にもいかない。そこで私としては珍しく一昨日、≪手賀沼天然温泉「満天の湯」≫に行ってみた。

長湯が嫌いな私だが、2007年の3月に出来上がった手賀沼の畔にあるこの「スーパー銭湯」は、中々のものである。周辺の環境に溶け込んだ優美な外観が目印のこの建物は、ゆったりとした空間に露店の岩風呂やあつ湯、壺湯や寝ころび湯、よもぎサウナやジャグジー風呂など趣向が異なる温泉が楽しめる。湯も源泉掛け流しの緑っぽい土色の濁り湯で、強い塩味ので金気臭で消毒臭は全くしない。何でもナトリューム塩化物強塩泉と言うらしい。

手賀沼周辺には多くの古墳群がある。特に我孫子市内に有力なものがあったらしいが、やむことのない市街地化の波のなかで,多くの古墳が失われていったそうだ。根戸から高野山の地区にかけては前方後円墳6基,円墳約60基,湖北地区には円墳ばかり約30基があったという。実に100基に近い古墳が確認されていたが,現存するのは水神山古墳,日立精機2号墳などと数少なってしまった。誠に、残念なことである。

今週いっぱい風呂工事が、続きそうなので今宵も行ってみようかと考えている。そしてゆっくりと『湯あみ』した後、古代人も沐浴したであろう手賀沼を睥睨(へいげい)しながら、ビールのジョッキを傾けようかと思う私である。 満点の湯.JPG

                          <「満天の湯」の玄関口>

漸く≪シルバーウイーク≫が終わった。我々建設・土木業界関連に従事する者以外でも、この上期末の連休は必ずしもウエルカムではないだろう。下期の繁忙期に差し掛かる時点での事業の中断は、売上減少に繋がるからだ。元々≪シルバーウイーク≫というネーミングは、「9月の連休を命名するとすれば?」というアンケート結果がテレビなどで放送された(三菱電機ビルテクノサービス調査)。1位となったのが≪シルバーウィーク≫で、国内外ツアーを企画する旅行代理店などがこの言葉を使い始め一気に定着したようだ。

今回の≪シルバーウイーク≫で、私はショック?な無料体験をした。それは21日の「敬老の日」に、墓参りに谷中に行ったついでに、孫娘を連れて私達夫婦で上野動物園に行った。以前ブログにも書いたが、戦時中に餓死させられた3頭の『可哀そうな像』の慰霊碑の確認が一つの目的だった。東天紅で昼食を済ませ、チケット窓口に行ったところ「敬老の日」のため60歳以上無料となっていたのである。結果、孫も3歳であるため無料なので3人がただで入場出来たのである。園内は、子供連れの若い夫婦でごった返していたが、全員無料で入った人達はそう多くないだろう。

文字通り≪シルバーウイーク≫にシルバーとしての無料体験をしたのだが、映画の割引のような「お得感」は感じず、現実とは言え改めて年齢を意識し、或る意味ショックだった。話は変わるが、民主党政権が誕生し「高速道路の無料化」が排出ガスや渋滞発生等で物議を醸している。そこで今回の事をヒントにして考えたのだが、60歳以上のドライバーだけ無料にしたらどうだろうか?これまで散々重税に悩まされてきたのだし、遠方に出かける際、珠に"おじいちゃんやおばあちゃん"も一緒であれば核家族化に歯止めがかかるのではないだろうか?(*^_^*)

識別方法はどうするかって?それも勿論考えてみた。60歳になった時に、証明書をもってETCカードに特殊な細工をすれば良いのでは! 090921_144230.JPG                   <幸せそうな「敬老の日」の上野動物園の象>

PPM.jpg

マリー・トラバースが16日死んだ。72歳だった。こう書いてもご存知の方は少ないかもしれない。しかし、1960年代に活躍したブラ・フォーと並ぶ人気フォークソング・グループ、PPMの女性ボーカルと言えば我々の世代では、思い当たる方も多いだろう。ピーター・ポール&マリー(Peter・Paul and Mary)は、1960年代のアメリカで最も成功したフォークグループの一つで、ピーター・ヤーロウ(Peter Yarrow)、ノエル・ポール・ストゥーキー(Noel Paul Stookey)とマリー・トラヴァース(Mary Travers)のトリオである。

多くのベトナム反戦のメッセージを全世界に送り出したが、特に「花はどこに行った」、「パフ」、「天使のハンマー」、「七つの水仙」等はフォークソング・ファンでは、知らない人は居ないと思う。実は私も「マン(モン)ウスター」というグループで、彼らの曲を歌っていたので彼女の透き通って伸びやかな声は、今でも常に耳に残っている。私達は、「最後の審判」を歌った「ベリー・ラスト・デイ」と彼らの友人であるボブ・ディランが作った「ドンツ・シンク・トゥワイス」という曲が得意だったが、当たり前ながら彼らの雰囲気の100分の1も最後まで出す事が出来なかった。

彼らが、来日する度に当時のフォークソング仲間と見に行ったが、もう彼女の生の歌声が聞けないと思うと淋しい限りである。今夜は、古いCDを引っ張り出して改めてPPMの歌を聞くことにしよう。マリーに合掌!

首相として「身震いするような感激」という初スピーチで、鳩山由紀夫内閣が誕生した。先行き、「身震いするような不安」を感じているのは私だけであろうか?早速マニュフェスト通り、「八ツ場ダム」の建設中止を、前原新国土交通大臣が宣言した。略50年かけて70%以上完成したものを、今更中止するというのは、土台不合理な話である。家計を豊かにして需要を喚起し、景気回復を図るという政策にも、「子供手当て」や「高速道路の無料化」とは殆ど無縁の我々世代にとって、理解が及ばない。益してや扶養控除の廃止は、一部の国民にとって大きな負担増になる筈だ。

今回の閣僚の中に、見覚えがある人物が一人居る。国家公安・拉致問題担当大臣に就任した中井 洽である。以前に私が珠に行っていた赤坂のクラブ(スナックに毛の生えた程度の店)で行き合った事が何度かある。私の記憶では女性秘書を引き連れて、いつも泥酔状態でカラオケで演歌をがなっていた。1994年の羽田内閣で法務大臣に任命されたが、何の功績もなく退場した人物である。悪態をつく事から店の評判も芳しくなく、「こんな国会議員が、のさばるようでは日本もお終いだな」と強く感じた事を憶えているが、まさかそれが現実になるとは!

鳩山内閣は、問題山積の船出で文字通り「未知との遭遇」である。人事でも暫くすると必ずボロが出てくる筈だ。鳩山氏は、カラオケでよく森進一の『おふくろさん』を熱唱するそうだ。確かその歌詞の中に、"お前もいつかは世の中の 傘になれよと おしえてくれた あなたの 真実"という下りが有ったと思うが、正に"日本の傘"になれるか?鼎の軽重を問われるところである。当面の支持率を是非とも注視して行きたいものである。 nakai.jpeg

                   <国家公安・拉致問題担当大臣:中井 洽>

昨日我が社の窓口に、或る建設会社の現場監督さんが見えた。同年代と思しき彼とは、機械を借りに来られる度に立ち話をするが、昨日はたまたま来週の連休の話題になった。そこで初めて知ったのだが、彼はバイク好きで彼の愛車のホンダである1800CCの大型バイクを駆って、連休中に故郷の岩手県方面にツーリングするプランを立てているそうだ。親の遺言?でバイクには、殆ど乗った経験がない私としては、羨ましく思いつつ昨日の新聞の記事が頭を過ぎった。

それは、ホンダやヤマハ発動機等の大手二輪車メーカーが二輪車免許制度の変更を国に要請すると言うものであった。ご承知の通り、四輪車の中型免許(昔取得した人は普通免許で可)を取得すると「原付一種」(50CC以下)に乗る事が可能となる。しかし、二輪車メーカーとしては販売台数が最盛期の8分の1以下の水準まで落ち込んで居り、我が国では走行制限の有ると同時に「原付一種」が海外では認知されておらずコスト高になっているそうだ。そこで、国内で交通制限がなく、又世界の二輪市場の90%を占める100~125CCまで中型免許で乗れるよう国交省に打診を始めるという。

 そのように法律が改正されれば、我々も憧れの125CCのバイクに乗れる訳だ。バイクと言えば、我々の年代では1969年に公開された不滅の名作「イージーライダー」を思い出す。ピーター・フォンダ、デニス・ホッパー、ジャック・ニコルソン共演の映画で、アメリカ魂で良心を求めた男たちの生き様を鮮烈に描いたアメリカン・ニュー・シネマの代表作である。カウボーイが馬から乗物をバイクに乗り換えたこの映画のショッキングなラストシーンを、私は鮮明に憶えている!

法律改正のハードルは高いと思うが、若し125CCに乗れるようになった暁には、皮ジャンを着て銀色のヘルメットにゴーグル、そして赤いマフラーをして田舎の高速道路を疾走したいと思う。その時の格好いい私の姿?が、目に見えうようである。(●^o^●) easyrider.jpeg               <「イージーライダー」のピーター・フォンダとデニス・ホッパー>

180px-Ichiro3.jpgマリナーズのイチロ-が13日、テキサスレインジャーズ戦で遊撃内野安打を放ち大リーグ史上前人未到の9年連続200安打を達成した。この記録は、ウイリー・キラーが1894~1901年に記録した8年連続を108年振りに塗り替えたもので、4000本安打以上を記録したピート・ローズやタイ・カップも3年連続までというから、大変な記録である。私は、3月17日のブログでWSCでの余りにも不振から、35歳になった彼の"体力の衰え"について書いたが、達人の域に達したイチローには大変申し訳なく、その際の記述を取り消す事にする。

「記録を掘り起こす男」、今彼はアメリカでこうと言われているそうだ。今月6日に達成した大リーグ通算2000本安打は、1402試合目で到達という史上2番目のスピード記録だった。それは1934年にアル・シモンズが達成した1390試合目という最速記録に、再び光を当てることにもなった。又、84年間破られることがなかったジョージ・シスラーのシーズン最多安打記録を破った2004年の記録(262安打)も、長い間眠っていた先人の偉業を掘り起す結果となった。

昨日の或る新聞に、偉業を成し遂げたイチローを支えるキーワードとして卓越した「対応力」と「平常心」を上げていた。「対応力」は認めるものの、「平常心」については果たしてそうだろうか?彼曰く、毎年安打が200本目に差し掛かる頃には胃がきりきり痛むというし、WBCの際の不振時の彼の顔は見ていられなかった。案の定シーズン初めは、胃潰瘍で8試合欠場してしまった。彼のドキュメンタリーを見ても、移動で眠れないため枕は持参だし睡眠薬は欠かせないと言っていた。彼は意外と小心者で、常に緊張から重圧に晒されているのかもしれない。彼の独特な言い回しに、私はそれを感じる。

私の経験上、適当な緊張感は良い仕事を生むものである。シアトルタイムズはイチロー特集を組んで彼の3000本安打に関して、「到達しないと考えるのは非常に難しい」と結論づけている。後5年200本安打を続ければ良いわけだが、そうなると最多安打のピート・ローズ(4256本)を抜いて、日米通算4278本となる。是非小心者の彼に、それを期待したいものだ。

『種の起源』という生物の進化に関する科学的理論の体系を書いたチャールズ・ダーウィン(1809~82)が生まれて、今年で200年になるという。彼は、エジンバラ大学医学ケンブリッジ大学キリスト教神学を学んでいるときに自然史に興味を持ち、測量船ビーグル号に乗り込み南半球のガラパゴス島を始め様々な島を5年間にわたり、動植物や地質を観察し続けたのである。彼の伝記が、生誕200年を記念して先ごろ英国で、ジョン・アミエル監督ポール・ベタニ―、ジェニファー・コネリー夫婦の共演で映画化された。

ところが、この伝記映画「クリエーション」が、米国での上映を見送られる公算となったらしい。複数の配給会社が、進化論への批判の強さを理由に配給を拒否したためで、12日付の英紙フィナンシャル・タイムズが伝えた。米国人の多くが「神が人間を創造した」とするキリスト教の教義を固く信じているそうだ。因って米国で進化論を信じるのは39%に過ぎず、ダーウィンにも「人種差別主義者」との批判があるという。何とも非科学的な話で、これは所謂「科学」と「宗教」の戦いではあるまいか?

19世紀以降は、「進化」と言った時は、社会や文化のそれでなく、生物の進化を指すそうだ。それが「進歩」と違うところであって、生物の進化とは、ある生物の集団がある世代から次の世代に代わるとき時に、変化すること意味するらしい。アメリカのオバマ大統領が、今度の国連安全保証理事会でアメリカ大統領として初めて『核廃絶』のスピーチをするという。これは画期的なことで、生物の「進化」を最も阻害しがちな『核開発』を止めようと言うのだから、人類史上最も賢い決断かもしれない。唯一の被爆国国民としては、是非推進して欲しいものである。

しかし何とも、"たかが映画・されど映画?"の配給を見送るのは日本人としては理解できないのだが? erp0902122144001-n1.jpeg

<ロンドンのウエストミンスター寺院に有るダーウィンの墓石>

上野駅前の丸井の裏で昭和通りから1本"アメ横"側に入った通りに、『ふみ作』(03-3834-2339)という一杯飲み屋がある。そこのマスターと言うか"親父"である三関雄三君とは、高校生時代から40年以上の付き合いである。彼は私と同じ中央大学を卒業して2年間ほど会社勤めをしたが、あっさりサラリーマン生活に見切りをつけて、若くして『ふみ作』という飲み屋を始めた。元々彼は3代以上続く江戸っ子商人の息子で、親父さんの時代には同じ場所で「麻雀荘」をやっていた事もあり、私もよく通ったものである。

彼は、根っから「江戸っ子気質」の持主で、さっぱりとして物事に拘らない性格から、昔から皆に"雄三、雄三"とファーストネームで呼ばれ好かれていた。彼は大学では、ギターが得意だった為マンドリンクラブに入り、私は別の友人とグリークラブ(男性合唱団)に入った。2年生になると折しも学生達にフォークソング・ブームの波が押し寄せ、"雄三"と私は合流し女性ボーカルを含む5人グループ『モンスターズ』を結成したのである。決して、演奏や歌は上手くなかったがラジオ番組で歌ったり、当時売り出しの「フォーククルセダース」や「ビリー・バンバン」とも共演した事もあった。

今日、その『ふみ作』に大学時代の友人が集まることになった。私を含めると4人だが、2人は大学時代からだが、1人は"雄三"と同じく高校時代からの友人でグリークラブも一緒だった。彼らと最後に会ったのが、去年の12月だったから9か月振りの再会だが、会えば即40年前に遡るから不思議である。次回のブログで、その様子を報告できれば幸いである。 090911_100426.JPG

<恥ずかしながら右が高校時代、左が大学時代の"雄三"と私>

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テニス4大大会で男女を通じて最多出場記録62回を誇る"鉄の女"杉山愛(34歳)が、今シーズン限りで現役引退することが明らかになった。彼女は、ダブルスのオーソリティで'99年の全米の混合ダブルス、'03年の全仏及びウインブルドンの女子複で優勝し、世界ランク単8位まで昇りつめた選手である。彼女は、引退表明に際し『瞬間的にいいパフォーマンスが出来たとしても、年間を通じてそれが出来ないと分かったときが完全燃焼の時、引退の時と思っていた』と語ったそうだが、潔い引き際である。最近カンバックした、クルム伊達(今月で39歳)が昔英語で苦労したのに対し、杉山はロッカールームでマスターした英語でどこでも飛び込んで行ったそうで、文字通り好対象である。

実は私も以前、テニスをやっていた。昭和50年代の半ばに、私達夫婦は遊びで兄夫婦達と埼玉県浦和市の荒川の河川敷で、子供達を近くで遊ばせダブルスに興じたものである。私が本格的にテニスを習ったのは、S57年に九州福岡に転勤してからで、毎週仲間とスクールに通った。S62年に東京に戻ってからも、暫くスクールに通ったものの、仕事が忙しいのとゴルフに力を入れたため、テニスはやらなくなってしまった。しかし、ゴルフに比べてテニスは瞬発力を要求されるため疲れは大きいが、プレー後は気分爽快で疲れも持続せず嫌いではない。

今年の盆休みに、久し振りに蓼科で長男夫婦とテニスをした。長男は高校からラグビーを始めたが中学時代には部活で軟式テニスをやっていたため、硬式とは言えフットワークは今だに軽やかであった。彼一人に私と嫁の1対2の試合を6ゲーム先取でやってみたが、結果は、6-2の完敗!負けは負けで仕方がないが、何とも足が着いて来ないのには愕然とした。つくづく年齢には勝てないものと痛感した次第である。昔テレビの「スター千一夜」などの司会で有名だった三木鮎郎という人が、『年をとったのでゴルフを止めてテニスに専念する』と言っていた事を思い出したが、私はどうもゴルフに専念した方が良さそうである。 8387627fabbaed707d7e63ea22057e57.jpeg

<9日に引退を表明した杉山愛選手の勇姿>

世界には、色んな風習が有るものである。宗教的な教えに基づくものが殆どであるが、イスラム教徒の≪ラマダーン≫は、その最たるものかもしれない。≪ラマダーン≫とは、ヒジュラ歴の9月の事で、断食(サウム)そのものと思って人が多いようだ。ムスリムにとって≪ラマダーン≫は、日の出から日没まで何も飲まないし、食べない。言いかえれば、日没から日の出までは食べても良いのである。この風習は、聖者ムハマドがその信者と共にメッカでの布教を諦め、アビシニアなどに移住した際の苦難を追体験するため、飲食を断つイスラムの教えである。

9月の5日に行われたサッカー・ワールドカップ・アフリカ地区最終予選グループCで、エジプトがルワンダを1-0で退けた際、≪ラマダーン≫で断食中の選手が決勝点を叩きだした事が話題になっていた。旅行者や重労働者、妊婦、産婦、病人は断食を免除されているらしいが、敬虔なムスリムは自らの唾を嚥下することさえ忌避するそうだg、彼も熱心なイスラム教徒だと推測される。一方、イスラム教徒の富豪の一部には、≪ラマダーン≫に海外に出かけ断食を回避する連中も居るそうだ。

夜中には食べても良い訳だから、逆に食品類の売り上げが伸びたり、太る人もいるそうだラマダーン≫が終わると、イド(祝宴)・アル=フィトル(断食の終わりの意)というイスラム教の祝日が三日間続 き盛大にお祝いするそうだから、我々にはよく理解出来ない。仏教の僧も断食はするが、その様な風習はない。我々日本人にとってイスラム教徒は、理解し難い人種と言われるが有るが、日本で働く人も多く、意外とムスリムとの国際結婚を見受けるる事がある。我が家の二軒隣りの元外交官のお宅の奥さんも、イラン人で昔長男に英語を教えて頂いた。

彼女が今月、断食してるかどうか知る由もないが、(私も含む)太り気味の皆さん?一度試みてはどうだろうか?(*^_^*) 180px-Eidulfitr_meal.jpeg

                    <マレーシアでのイド・アル=フィトルの光景>

中国が日本の数字を抜くのを≪ジャパンクロス≫と言うそうだ。例えば携帯電話の普及台数は、とっくに抜かれているし、早晩GDPも日本を抜いて世界第二位になるのは間違いない。勿論、人口が日本の10倍以上居るのだから当たり前なのかもしれないが。今朝の日経新聞の一面に"中国での販売 日本を抜く"という見出しが躍り、日産の今年1月から7月までの販売台数が日本国内の販売台数を抜いた事と、同じく4月から6月までのコマツのバックホーの販売台数が国内の販売台数を上回った事を報じている。

来年は上海で、万博が行われる予定だが去年の秋に私が同地を訪れた際には、予定地では何の工事も行われていなかった。この国では、昨年の北京オリンピック同様やり始めたら国をあげて同じ方向に向かうようで、準備不足を日本人的な発想で心配することは杞憂のようだ。記事では、今年の日産の中国での販売台数が、日中逆転し米国に次ぐ世界第二位の販売先になると続けている。又、中国の販売台数が日本の2分の1にとどまるトヨタも中国事業のテコ入れを進めているそうだ。

一方、建機でもコマツの4月から6月の中国売上高比率が20%となり、18%の日本を抜いて四半期べースで初めて日中が逆転し、通年でも世界一になるのは「時間の問題」だそうだ。正に≪どこまで伸びる中国?≫だが、この記事は奇しくも中国経済の好調さと我が国経済の不振を浮き彫りにしたもので、低迷する我が国経済の早期回復が望まれる。民主党のマニュフェストでは、各家庭の家計を手厚くする事で、需要を喚起し景気回復を目指すとなっているようだが、それだけでは実質二桁に迫りつつある失業率を改善する事は不可能だ。

我々の世代では、子育て支援や高速道路の無料化も直接的なメリットは殆どない。鳩山次期首相は、派手なネクタイやシャツを着るのもいいが、国内では公平な政治を標榜し、国際舞台では「アジアの盟主」として堂々と日本の主張を展開する事が肝要である。

sinnbunn.jpg<今朝の日経新聞の一面>

私は、≪床屋さん≫に行かずに家で髪を切る。要するに、家内に髪を切って貰っているのだ。決して≪床屋さん≫が嫌いと言うわけではないが、≪床屋さん≫では中々思い通りに切って貰えず,気に食わない事が多い。その点家内は私と連れ添って40年弱、私の事を熟知?しているので素人ながら、最近では少なくなって白くなった私の髪を見事に刈り上げてくれる。子供達に手が掛かる時代を除いて、結婚生活の半分くらいは彼女に世話になっている為、私にとってその経済効果も大きい。(●^o^●)

ところで≪床屋さん≫は、いつ頃に始まったのだろうか?調べてみるとその起源は鎌倉時代らしい。亀山天皇(1259~1274年)の時代に、京都北面の武士の藤原晴基は、御預かりの九龍丸の宝剱の紛失の責任から浪人し、子息の采女亮(うねめのすけ)とともに、当時、蒙古襲来で風雲急を告げる下関へ下り、往来の武士を客として月代(さかやき)そり髪結業を営み探索を続けたという。月代とは、頭の前頭部から後頭部まで半月状にそり上げる事を言い。『さか』は冠の意味で、『やき』は鮮明という意味で、兜をかぶる時蒸れるためそり上げたのが最初らしい。

平安時代の後期から始まり、室町・鎌倉時代に定着したこの風習、江戸時代には町人まで広がり、成人するといくつかの職業を除く全ての人々が実施したそうな。その職業とは、公卿、浪人、山伏、学者、医師、人相見、物乞いなどであった。この髪型は、江戸後期になってだんだんそり上げ部分が狭くなり、明治の断髪令まで続いたそうだ。その月代残念ながら我が家で復活しつつある。NHK大河ドラマの石田三成のような良い男の月代は許せるが、私の半頭(月代の別称)は頂けない! うね女亮.JPG 床屋.JPG

<理髪屋さんの元祖、采女亮(うねめのすけ)と発祥地である下関にある記念の石碑>

最近年齢のせいか人前で喋らされる事が多いが、トークで人の心を掴むのは、なかなか難しいものである。先週の週刊朝日に載った『ニッポンの政治家<名演説>10選-オバマ、リンカーンにも負けない!』という記事で、尾崎行雄・永井柳太郎・齊藤隆夫・中野正剛・鈴木茂三郎・西尾末広・福田赳夫・土井たか子・中曽根康弘・尾辻秀久の10人の政治家を上げていたようだ。未だ読んでいないので判らないが、私の記憶では永井柳太郎齊藤隆夫中野正剛の3人が≪早稲田大学「雄弁会」≫出身だと思う。

≪早稲田大学「雄弁会」≫は、明治35年に我が国には、能弁家や達弁家は多いが真の雄弁家は殆ど見当たらない。我々は事実の説明家や思想の叙述家を以て満足してはならない。宜しく宜しく輿論を喚起し、一世も動かすような雄弁家を作らねばならないという小野梓の言葉より生まれた。この「雄弁会」≫より巣立ったメンバーには、西岡竹次郎、堤康治郎、尾崎士郎の他、浅沼稲次郎(元社会党委員長)、竹下登(元首相)、青木幹雄(元官房長官)、三塚博(元大蔵大臣)、海部俊樹(元首相)、渡部恒三(民主党国対委員長)、藤波孝生(元官房長官)、深谷隆司(元通産大臣)、森喜朗(元首相)、小渕恵三(元首相)等そうそうたる顔ぶれが名を連ねる。

中でも最高の演説家は、二・二六事件の直後に「粛軍演説」を行った齊藤隆夫と言われているが、私は昭和17年11月に早稲田の大隈大講堂で3000人を超える学徒兵の前で反戦演説を行い、翌年自宅で自決した私と同郷である中野正剛の力強くて説得力のある語り口が好きである。近いところで『早稲田の三舌』と呼ばれたのは海部俊樹森喜朗渡部恒三だそうで、特に海部は「海部の前に海部なし、海部の後に海部なし」と言われた程、弁舌が爽やかだったらしい。

彼等3人を総括すると"詭弁の海部、失言の森、収拾の渡辺"となるようだが、海部が政界を去った今、政権交代のさ中、森と渡辺の発言が特に気になるところである。250px-Nakano_Seigo_statue.jpeg

                     (福岡市中央区に建つ中野正剛の石碑)

昨日の通勤途中、「ニッポン放送」を聞いてりたら≪赤チン≫の話をしていた。我々の小さい頃、各家庭に常備薬として必ず1本は有った≪赤チン≫は、正式にはマーキュロクロム液と言うらしい。この≪赤チン≫が、我が国から消えて久しい。原料の製造過程で水銀が発生するという事で、1973年頃に製造が中止されたらしいのである。子供達が外で遊ぶ事が多かった一昔前、何故か今は見かけない小学生の半ズボン姿から出ていた足には、よく≪赤チン≫が塗られていた。

希ヨードチンキが茶色である事から、赤いヨードチンキという意味で通称≪赤チン≫と呼ばれた。このアメリカで生まれた消毒薬は、ヨードチンキに比べて傷にしみないので好んで用いられたようだ。現在よく使われている第一三共ヘルスケアのマキロンなどは、色が透明なので≪白チン≫と呼ばれる事もあるらしい。「ニッポン放送」によると、≪赤チン≫は今も輸入原料に頼って、作っているメーカーが有るようで、薬局でオーダーすると取り寄せてくれるらしい。

この≪赤チン≫には、ほろ苦い思い出が有る。福岡時代の小学校5年生の時、親父の転勤で炭鉱町から福岡市内の鳥飼小学校に転校して直ぐ、運動会があった。そこで大して足が速くない私がクラス対抗のリレー選手に選ばれたのだ。バトンリレーや加速の練習を積み重ね臨んだ運動会の当日、アンカーの自分は、8組中2番目でバトンを貰い、勇んで走り始めた。後続のA君の俊足はつとに知られて居り、ぐんぐん差を縮められ始めた。残り約80mとなり、抜かれまいと焦った私だが、何とも足が前に出ない。

そこで事件は起こった。私は、足がもつれもんどり打って転んでしまったのである。起き上がって走ったものの結果はあえなくブービーの7着、左足の膝小僧は(不)名誉?の擦り傷で真に痛かった。しかし、強がって見せたもののクラスの皆に申し訳なく、終了後に医務室で若い保健師さんに≪赤チン≫を塗って貰う頃には、流石に悔しくて涙目になっていた。その時の優しい彼女の顔を、今でも珠に思い出す。(●^o^●) 200px-Merbromin-Anti-Infective.jpeg

                    (マーキュロクロムの水溶液、通称≪赤チン≫)

昨日の月初会議の後、社員に今回の衆議院選挙の「小選挙区比例代表並立制」に付いて,レクチャーした。小選挙区選挙とは或る一定の小さな選挙区で、一人だけを選ぶもので中選挙区制に対し行動範囲も限られ同じ党から複数人数を出さない分、比較的お金が掛らない選挙と言われている。又、党と言うよりは人物本位で選ぶので二大政党時代では、政権交代が起こりやすいとされている。それに対し比例代表制は、比較的大きな選挙ブロック(今回は11ブロック)に於いて、各党の得票率で議席を割り当てる方式で、全国区に似て小さな勢力の党でも議席が獲得可能と言われている。

私が、この「比例代表制」を詳細にスタディしたのは実は今回の東京15区の選挙結果を見てからである。獲得票数1位の<民主党>東祥三氏の当選は当然の事ながら、比例では獲得票数第3位の<みんなの党>柿沢未途氏が2位の<自民党>木村氏を押さえて当選してしていたからである。要するに、H6年以降衆院選は、全く異なる選挙制度を同時に実施している訳であるが、比例は当選者との得票割合の高い順、所謂惜敗率で選ばれるという程度の認識しかなかった。勿論、その党のその地域に於ける得票率も関係していることも知ってはいた。

元々、この「比例代表制」は、ベルギーの数学学者ヴィクトル・ドントが考案し1857年にデンマークで初めて実施されたそうだ。いくつかの方式が有るそうだが、我が国のやり方の獲得票数を定数で単純に割るのではなく、定数迄で÷1・÷2・÷3・÷4~と割って行き、その「商」が多い順に議席を獲得するドント方式でる。従って、定数17議席の比例東京の民主党の得票率が40.98%なのに(17×40.98%=6.97人)とはならず、8名となっている。又、各党の順位は1位が必ずしも一人ではなく、数人いて惜敗率が高い人から選ばれるのである。従って、惜敗率76.1%の木村氏が同じく36.9%の柿沢氏に敗れた訳だ。

確かに、この「比例代表制」は小選挙区制や中選挙区制に比べて死票は少なくなるが、惜敗率が低くても当選する可能性が出てくる。過去の衆議院選挙でも当選者に比べて得票率(惜敗率)が20%を切った人が当選した例が有り、1票の重さからすればな納得できない。従って、アメリカの学者が言うように日本に「小選挙区比例代表制」馴染まないと言う意見が出てくるのも致し方がない事だろう。それにしても、小選挙区で敗れた重複立候補が比例で復活するのも釈然とせず、重複立候補制度は止めて、何れも単独にすべきと私は考える!                            比例代表.JPG                       <当選者を報じた8月31日の日経新聞>

衆議院選で大敗した自民党には、スポーツ競技団体の会長などの役職を務める政治家が多い。例えば、バスケットボールが麻生太郎・アーチェリーが安部晋三・カヌーが福田康夫・ソフトボールが山崎拓(落選)・ラグビーが森喜朗・ライフル射撃が坂本剛二・スケートが橋本聖子(参議院)・陸上が河野洋平(議員引退)・ソフトテニスが海部俊樹といった具合だ。特に森喜朗は日本体育協会と日本ラグビー協会の会長を務め、2016年の「東京五輪」でも鍵を握る人物と目されているため、スポーツ関係者は彼の辛勝に安堵した筈だ。

 五輪招致は民主党も原則賛成の立場であるが、開催国が決定する来る10月2日のコペンハーゲンのIOC総会に、現職総理大臣の参加を要請する予定の石原東京都知事と民主党鳩山代表の関係が気になるところである。シカゴは不明だが、リオがブラジルのルラ大統領、マドリードがスペイン国王ファン・カルロス1世が出席予定で、何れも参加者にはインパクトが有る布陣だ。シカゴもオバマ米大統領のお膝元であり、彼が出席出来なくても、ヒラリー国務長官等の大物が参戦する事が考えられる。

恐らく9月下旬の国連総会あたりが、鳩山新首相の国際舞台へのデビューの機会となる筈だが、皇太子殿下夫妻のIOC総会の参加が危ぶまれる折、景気回復の起爆剤となり得るこのスポーツの祭典決定する総会に、是非積極的に参加して貰いたいものである。 hatoyama.jpeg

                          <鳩山由紀夫の似顔絵>