7月31日(金) ≪所得格差=教育格差社会≫
この不況が所得の格差を生み、学びたい学生達が高校や大学の進学を諦めたり中退したりするケースが増えているそうだ。教育はその国の将来を左右するもので、国の骨格をなすべきものと言える。最近では塾通いも減少し、教育費が安い公立高校の倍率が上がっているようだ。今回のマニフェストでも民主党は、公立高校の無償化を目玉にすえた。又、自民党も就学援助制度の充実を盛り込む予定だそうだ。そう、政治はこの不平等を是正する重要な義務を負う。
昨日の朝日新聞の『天声人語』で、大正時代の経済学者河上肇が執筆した『貧乏物語』に付いて触れていたので私も紐解いてみた。その中に少し興味深い下りが有るのでご紹介しよう。
≪故啄木(たくぼく)氏は、「はたらけど はたらけどなおわが生活(くらし)楽にならざりじっと手を見る」と歌ったが、今日の文明国にかくのごとき一生を終わる者のいかに多きかは、以上数回にわたって私のすでに略述したところである。今私はこれをもってこの二十世紀における社会の大病だと信ずる。・・・・・中略・・・・・不思議にも古来学者の間には、貧乏人も金持ちもその幸福にはさしたる相違の無いものであるという説が行なわれておる。大多数の諸君の知らるるごとく、アダム・スミスは近世経済学の開祖とも称さるべき人であるが、氏が今より百五十余年前(一七五九年)に公にした『道徳感情論』を見ると、氏は次のごとく述べている。
「肉体の安易と精神の平和という点においては、種々の階級の人々がほとんど同じ平準立派な身分の者でありましたが、おやじが放蕩無頼(ほうとうぶらい)に身を持ちくずしたため、とうとう乞食とまで成り果てて今に住まうに家もなく、にあるもので、たとえば大道のそばでひなたぼこをなしつつある乞食(こじき)のもっている安心は、もろもろの王様の欲してなお得(う)るあたわざるところである*」
又、或る高僧の講話集にも次の様な話が有る。
「昔五条の大橋の下に親子暮らしの乞食(こじき)が住んでいました。もとは相応地位もあり財産もあった五条の橋の下でもらい集めた飯の残りや大根のしっぽを食べて親子の者が暮らしていたのであります。ところがちょうどある年の暮れ大みそかの事、その橋の上を大小(だいしょう)さして一人の立派なお侍が通りかかった。するとそこへまた向こうの方から一人の番頭ふうの男がやって参りまして、出会いがしらに『イヤこれは旦那(だんな)よい所でお目にかかりました』と言うと、そのお侍は何がよい所であろうか飛んだ所で出くわしたものだと心の内では思いながらもいたしかたがない、たちまち橋の欄干に両手をついて『番頭殿実もって申しわけがない、きょうというきょうこそはと思っていたのだけれども、つい意外な失敗から算当が狂ってはなはだ済まぬけれども、もう一個月ばかりぜひ待ってほしい』と言うのを、番頭はうるさいとばかりに『イヤそのお言いわけはたびたび承ってござる、いつもいつも勝手な御弁解もはやことしで五年にも相成りまする、きょうというきょうはぜひ御勘定を願わなければ、そもそも手前の店が立ち行きませぬ』と威丈高(いたけだか)になって迫りますと『イヤお前の言うところは全く無理ではないが、しかし武士ともあるものがこのとおり両手を突いてひらにあやまっているではないか、済まぬわけだが今しばらくぜひ猶予(ゆうよ)してもらいたい』としきりにわび入る。これを橋の下で聞いていた乞食のせがれが、さてさてお侍だなんて平生大道狭しと威張っていくさるくせに商人ふぜいの者に両手をついてまであやまるとはなんとした情けない話であろう、いくら偉そうに威張っていたところで債鬼に責められてはあんなつらい思いもせなければならぬとすればつまらない、それを思うとわれわれの境界は実に結構なものだ、借金取りがやって来るでもなければ、泥棒(どろぼう)のつける心配もない、風が吹こうが雨が降ろうが屋根が漏る心配も壁がこわれる心配もない、飢えては一わんの麦飯に舌鼓をうち、渇しては一杯の泥水(どろみず)にも甘露の思いをなす・・・・・中略・・・・・と妙に達観していると、せがれのそばで半ば居眠(いねぶ)りをしていた親乞食がせがれがかように申しますのを聞いて、むっくと起き直り『これせがれ、そんな果報な安楽の身にいったいお前はだれにしてもろうたのか親様(おやさま)の御恩を忘れてはならんぞ』と言うたというお話がござります」
「はたらけどはたらけどなおわが生活(くらし)楽にならざり、じっと手を見る」という連中が、この講話を聞いてはたして自分らほど果報な者は世にないと思うに至るであろうか、どうか。たとい彼ら自身はそう思うにしても、われわれははたして彼らを目して世に果報な人々とすべきであるか、どうか。それが私の問題とするところである。≫
確かに「ぼろは着てても心は錦」という歌もあるが、貧乏するよりお金が有ったほうが良いに決まっている。今の世の中、無一文では幸福感を味わえない。益してそれが、教育に影響するようでは尚更である。私は、『子育て支援』の現金支給は別として、『高校教育の無償化』という民主党の公約は、国民が同じ幸福感を共有するためにも支持したい。皆さんは如何か?
<マルクスの影響を受けた経済学者「河上肇」(1879~1946)>



