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7月21日(火)  ≪残念!「アラ還」の星、トム・ワトソン夢叶わず≫

我々ゴルフファンにとって、遼君とタイガーが予選の落ちした後の『ジ・オープン(全英オープンゴルフ)』の関心事は、久保谷健一選手の最終成績と「アラ還」の星トム・ワトソン選手の最年長優勝記録を大幅更新なるかに絞られた。9月4日で60歳となるトム・ワトソンが、もし優勝すれば『ジ・オープン』では142年(トム・モリス46歳)ぶりに、メジャー大会では、1968年に全米プロを48歳で制したジュリアス・ボロスの記録を41年ぶりに、そして米ツアーでは、1965年のグリーンズボロ・オープンを52歳で制したサム・スニードの記録を44年ぶりに塗り替える快挙となる筈であった。

結果は、最終18番ホールでボギーを叩いたトム・ワトソンが、ナイキのクラブを駆使して並びかけた36歳のスチュワート・シンク(米国)との4ホールのプレーオフの末、惜しくも破れた。私を含めトムを応援した多くのファンにとっては残念な結果に終わってしまったが、プレー後互いの健闘を讃え合う二人の姿は、暖かくそして気高く私たちの胸に残ったのである。若き日のトムを、かの有名なジーン・サラゼンは、聡明・明晰・賢明で、テレビドラマ『パパは何でも知っている』に出てくるような「スマートボーイ」と評している。スーツを着せると一番よく似合うプロゴルファーとも!

名門スタンフォード大学で心理学を学んだトムは、最初プロゴルファーではなくビジネスマン志望だったそうだ。プロゴルファーになった当初は、いい所に行くものの最後は度々優勝を逃していたようだ。そして付いた仇名が『チョーカー』、チョークというのは窒息するという意味である。ところが一たびこれを克服して優勝すると、瞬く間に世界のトップに躍り出たのである。特に1977年のマスターズではデッドヒートの末、メジャー最多優勝(18回)のJ・二クラウスを破り、同じ年の全英でもすさまじい闘いの末ニクラウスを退け、2度目の「ジ・オープン」のタイトルを獲得した。

その時、ニクラウスに『私はベストを尽くしたが、私以上にベストを尽くした人間が一人居た』と言わしめたそうだ。トムはアップライトスイングで高い弾道の球を打つため、風が強い日のプレーは不利だと言われてきた。確かに彼が優勝した5回の「ジ・オープン」は、風が余り吹かなかったようである。しかし、不利だと言われながらも、持前のアプローチとパットの巧さでメジャー8勝という輝かしい戦績を残している。

彼は米国のプロゴルファーとしては、さほど大きくない、寧ろ小さい方である。そこで思うのだが、同じく身体が小さくて高い球を打つ石川遼選手は、トム・ワトソンに教えを請うたらどうだろうか!師事出来ないまでも、一度じっくりトムの体験談と技術談を聞くと一皮も二皮も剥けるかも?(*^_^*)

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                  (プレーオフの後、互いを讃え合うシンクとワトソン)