Archive: 2008年11月

交通渋滞を避けて今日は地下鉄で会場に向かうことにした。2年ぶり10回目のバウマは、不景気にも拘らず相変わらずの盛況であるが、今回来てみて特に感じるのは中国メーカーの台頭である。大型重機に関しては、日本や韓国、或いはヨーロッパのメーカーを押しのけて大きなブースを構えているのである。特に中国有数のメーカーである三一重工(www.sany.com.cn)は、クレーン、バックホウ、道路機械、或いは大型の車両から小型機械までありとあらゆる建設機械を屋外、屋内の小間に並べ他を圧倒しているかに思えた。

このような傾向に伴い建設機械のカラーリングも、中国人が好きそうな赤、黄色そして濃いめの青が多くなってきたよう感じがした。それともう一つ感じたのは日本人の来場者の少なさである。国内景気が悪いことも影響しているのであろうが、前回は歩いていると必ず何人かの顔見知りの日本人とすれ違ったが今回は、メーカー担当者以外はまず行き会うことがなかった。

未だに中国製の建設機械、特にバックホウやアタッチメント、道路機械或いはランマー・プレート等の小型機械は日本やヨーロッパ製の物まねの匂いがするが、戦後の日本がそうだったように、この国の豊富な資源とパワーをすれば、必ずや近い将来この分野に於いても我が国に肩を並べ、そして追い越して行くような気がしてならない。

中国のの人口は、いずれ15億人に達すると言われているが、少子高齢化の我が国の生きる道は、ハイテク技術即ち"頭脳"しか無いのである。そのためには、我が国に教育制度改革が最重要課題の一つである事を、痛切に感じた次第であるが、今の優柔不断な麻生首相に任せていてはきっと駄目だろう!

最後に一つ!今日は私にとってショックなことがあった。展示場に向かうため地下鉄に乗り込んだ際、座れそうになかったものの座席の方へ進むと座っていた年の頃なら35,6の中国人男性が私に微笑みかけ、席を譲ってくれたのである。"俺はそんな年じゃないよ"とばかりに身振り手振りで一度は断ったものの、周りの目もあるため座らせて貰うことになった次第である。

結果的には、長道中だったので助かったが、未だに『一人っ子政策』のこの国では、両親と同じくらいの年齢の人たちを敬うんだなと感心すると共に、自分の年齢を再認識させてくれた彼に不思議と感謝の気持ちが湧かなかった私は、ひねくれものの只の年寄りであろうか? 

                                                                                                                              

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昨日の夕方『バウマ・チャイナ"08』視察のために上海浦東空港に降り立った。確か4回目の上海だが、いつもながら空港の広さと上空を覆うスモッグには驚かされる。車でホテルに向かったのであるが、退社時のラッシュアワーと重なって、通常は1時間前後で着くはずの道程に約2時間も費やしてしまった。いつもながら事らしいが、既に2010年の万博のポスターが目立ち始めたこの巨大都市の交通対策はどうなっているのだろうか?

ホテルのチェックインもそこそこに、7時に予約の新天地の「真的好海鮮饗庁」(本物を食海鮮中華料理を食べさせる店の意味か?)に向かった。この辺りは、赤坂や六本木と見まごうほど小洒落たところで、クリスマス一色の一角には外国人や若者が溢れかえっていた。食事とお喋りがピークに達した頃、かの有名な本物を証するタグ付きの≪上海蟹≫が出てきた。お喋りを中断して蟹専用フォークを駆使して≪上海蟹≫と格闘したのだが、前にも書いたが"蟹好きの私"にとっては左程美味しいとは思えない。

身の詰まり具合やミソの美味しさでは、日本の毛蟹や松葉蟹が数段上で、≪上海蟹。上海蟹!≫とのたまう輩の気がしれない。その他の物の味はまずまずだったが、じっくり味わう間もなく早々に明日の『建機展』視察に備えてホテルに引き上げた。

先ずは一日目終了!明日の≪上海スケッチ・・・②≫を、お楽しみに!  『再会(ツァイチェン)』!(^u^)  2008112711520000.jpg 2008112711520000.jpg 2008112711520000.jpg                              (建築中の高層住宅) 2008112711560000.jpg

2008112621130000.JPG                                              (美味しそうな?上海蟹) 

当社の野田営業所の寺田所長は、毎週始めの同業者向けの機械在庫一覧表の脚注に≪今週の歳時記≫を掲載しています。今週号は、「酉の市」だそうで、先週の土曜日(22日)に連絡があり、紙面が少なく書ききれなかった部分を、私のブログで続きを書いて欲しい旨連絡がありました。今週末の29日が「三の酉」であるため、時間が許せば行こうと思っていた私としては、恰好の話題であるため彼が用意した下記の文面をそのまま載せることに致しました。

『お待たせ致しました!
ビー・トライ在庫一覧表の≪今週の歳時記≫でご紹介できなかった、【 粋な 縁起熊手の買い方】をご紹介致します。
熊手は値切れば値切るほど縁起がいいとされているため、熊手屋さんに行ったら。
最初に値段を聞く
→値切る
→さらに値切る
→もっと値切る
→頃合をみて商談成立
しかし、そのまま安く買うなんて野暮なことをしてはいけません、最初に聞いた値段でお金を支払い、値切った分のおつりはご祝儀として渡します。

こうして、買った(勝った)まけた(負けた)と気風のいいやり取りをすると威勢よく手締めが打たれて、ご祝儀を出したお客はお大尽気分を味わい、ご祝儀を頂戴したお店は儲かった気分となり、周囲の人達も手締めに参加してご機嫌になります。そうして買った熊手は、大きな福をかき込むように高々と掲げて持ち帰ります。
せっかくの熊手買いの機会ですから、値段交渉での熊手屋さんの口上を楽しんで、粋に遊んでみてください。

酉の日は12日ごとに巡ってくるので、年によっては酉の市が2回の年と3回の年があります、それぞれを「一の酉」「二の酉」「三の酉」といいます。今年は11月5日、17日、29日の3回なので、まだ三の酉に間に合いますね。』

―ここからは、私のコメントです。―

「三の酉」のある年は、火事が多いと言われています。そのため、その年の熊手商の多くの縁起熊手には、『火の用心』というシールを貼ったものを売り出すんですよ!

"火の用心、さっしゃりませー!" 熊手.JPG                       (府中、大國魂神社の縁起熊手)

数年前の11月頃、明治神宮に参詣したした際、着物を着た≪七五三≫の女の子や男の子を見た通りがかりの外国人に何の行事か聞かれ、答えられずに恥をかいた記憶がある。そんな私が、奇しくも一昨日の日曜日に、3歳の孫娘の成長を祝って、嫁方のおじいちゃんとおばあちゃんんと共に東京文京区の根津神社に詣でた。

この際、≪七五三≫の由来を調べてみたところ旧暦11月15日はかって二十八宿の鬼宿日(鬼が出ない日)に当たり、何事をするにも吉とであるとされたそうだ。又、収穫を終え実りの神に感謝する月の満月の日であったため、子供の成長を感謝し、加護をを祈るようになったものでそれが≪七五三≫の始まりらしい。

元来は、関東圏に於ける地方風俗であったようで、千葉県や茨城県の一部では≪七五三≫のお祝いをホテルなどで、結婚披露宴波に派手に催すことがあるそうだ。元より、我々は近くの料理屋さんで質素に慎ましくお祝いをしたが、孫娘の喜ぶ顔を見て大いに満足感を味わうとともに、「こんな年になったんだな!」と、自分の年齢をしみじみ感じる一日であった。

2008112310120001.JPG                 (母親から受け継いだ『総絞りの着物』を初めて来た孫娘)  

≪ボジョレー・ヌーヴォー≫の季節がやってきた。ワイン好きの私としては、早速近くの酒屋で3本ほど買い求めてきた。≪ボジョレー・ヌーヴォー≫というのは、フランスのブルゴーニュ地方南部に隣接する丘陵地帯ボジョレーで生産される赤ワインのその年の11月に出荷される新酒・プリムールのことである。その年のブドウの出来栄えをチェックすることが主な目的であるため、特殊な技術で急速にブドウを発酵するため醸造期間は数ヵ月と短く、従ってごくわずかな炭酸ガスを含む清涼感溢れるワインである。

ワインの生産は、ローマ帝国以前より行われていたと言われているが、ワインの本場であるフランスでは、ブルゴーニュとボルドーが二大産地である。ブルゴーニュのワインは単一品種を使った男性的で力強い味で知られているのに対して、ボルドーのワインは、「ワインの女王」と讃えられ特にルビー色に輝く赤ワインは、「クラレット」と呼ばれ世界中の人々に愛されている。因みに、最高級赤ワインで知られている『ロマネ・コンティ』は、ブルゴーニュワインである。

私が赤ワインを飲み始めたきっかけは、今から14、5年前に九州熊本の阿蘇ゴルフクラブにゴルフツアーで行った際、それまでは白ワインの「シャブリ」しか飲まなかった私は、仲間たちとそのホテルに有った「シャブリ」を全て飲み干し、止む無く赤ワインを飲んでみたところ、その香りと渋みが何とも心地よく魅了されたからである。

それ以来、赤ワイン党に転じたわけであるが、折しも赤ワインに含まれている『ポリフェノール』が身体に良いということでブームになり始めたころであった。調べてみると, 『ポリフェノール』は酸化しやすい物質で、体内に入ってすぐ活性酸素と素早く結合するため、動脈硬化やガンの原因となる悪玉活性酸素を消滅させてしまうのだそうだ。

さて今晩も、いつものように動脈硬化とガンの予防につとめることにするか!(^◇^)

2008112020190001.JPGのサムネール画像                           (近くの酒屋で買い求めた≪ボジョレー・ヌーヴォー≫3本)

 

昨日、或るお客さんとのお付き合いでTBS「みのもんたの朝ズバ!」でお馴染みの≪赤坂サカス≫で食事をした。旧TBS会館跡地に建てられたものだが、名前の由来は近くにある多くの歴史ある≪坂≫からイメージしたものらしい。乃木坂、稲荷坂、新坂、薬研坂、円通坂、丹後坂、氷川坂、南部坂、弾正坂、九食九坂、三分坂ほか≪坂≫の数を数え上げたらキリがない。

赤坂に沢山ある坂→「坂s」→≪サカス≫、「AKASAKA SACAS」を右から読むと「SACA・SAKA・SAKA」と三つの連なる≪坂≫となるし、エリア内に植えられた「河津桜」や「兼六園菊桜」、日本三大桜の一つといわれる「紅枝垂れ桜」など100本の桜を「咲かす」という意味も込められているらしい。

古くは勝海舟、高橋是清、比較的最近では田中角栄や竹下登などの大物政治家たちが頻繁に利用した「料理屋」さんや、かつては行き交っていた芸者さん達も減り、艶やかな文化が息づく街は、≪赤坂サカス≫の出現により、外国人や若者たちが集う新しい街並みに変わりつつある。

赤坂1.JPG 赤坂2.JPG

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親しくさせて頂いている北海道出身のお取引先の方のご厚意により、オホーツク海「紋別」の前浜で水揚げされた本場の≪毛蟹≫が我が家に届いた。蟹好きの私にとって何よりの頂き物で、特に≪毛蟹≫とくれば蟹を食べ慣れている北海道民でさえ『一番好きな蟹は≪毛蟹≫」と答えるくらいだから最高である。

紋別といえば、流氷見物の『ガリンコ号』なども有名だが、その流氷に≪毛蟹≫の美味しさの秘密が隠されているそうだ。プランクトンを主食にしている≪毛蟹≫にとってオホーツクの海に流氷と一緒にやってくるプランクトンは、引き締まった身を太らせミソの入り具合を良くするそうだ。但し、資源保護のため、メスと甲羅の幅8cm以下の幼蟹は漁獲を禁じられているようだ。

通の美味しい食べ方としては、足は当然食べるとして腹部の身を全部ほぐして甲羅の中に入れ、蟹ミソとよく混ぜ合わせほんの少し醤油をたらして食べるのが通だそうだ。そして最後に甲羅にお酒を入れて飲めば、至福の時を感じるのである。

サアー、今晩は飲み過ぎないようにしよう!

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 (頂いた解凍前の≪毛蟹≫)

16日に閉幕したバドミントンの全日本選手権の女子ダブルス決勝で、今大会限りでペアを解消する≪オグシオ≫の小椋久美子、潮田玲子(共に25歳・三洋電機)組が決勝戦で北京五輪4位の「スエマエ」こと末綱聡子、前田美順組を破って5連覇を達成した。

≪オグシオ≫コンビの"見納め"とあって4日間で8,300人もの観客を動員したそうで、決勝戦では代々木第二体育館は超満員の2,800人のファンで膨れ上がったそうだ。≪オグシオ≫の始まりは、2人が三洋電機入りした6年前にさかのぼり、マイナーなバトミントンには「卓球の愛ちゃん(福原愛)」のような存在が必要と考えた協会側が、ルックス・実力ともに兼ね備えた小椋・潮田に目をつけ三洋のスタッフと話し合って意図的に"戦略的なアイドルコンビ"に仕立て上げたものである。

人気が沸騰してくると、「両雄並び立たず」という言葉があるように、几帳面な小椋に比べてより人気度が高く全てに大雑把な潮田との間にスキマ風が立ち始め、五輪後にテレビのキャスターとして引っ張りだことなった潮田と4年後のロンドン五輪を目指す小椋との仲は、埋められないほどの溝になってきたようである。

過去にも、男女の違いがあるもののスポーツ界の人気コンビとしては、古くは西鉄ライオンズの中西・豊田、読売巨人軍の長嶋・王や西武の秋山・清原などが挙げられるが、比較的に二人の間に波風が立ったとの噂がなかったには、日本野球界の至宝とされる長嶋・王コンビではなかろうか?その理由としては、二人のタイプが全く正反対で且つ共に性格が良かったからだと思う。

残念ながら、二人共が病に倒れ今は一線からは退いたが、引退後の監督時代の活躍も特筆すべきものがある。果たして、小椋久美子と潮田玲子の将来やいかに?静かに見守るべし!

20081117-00000012-ykf-spo-view-000.jpg                    (バドミントンの日本選手権で5連覇を成し遂げた≪オグシオ≫コンビ)

 

昨日の日曜日、年1回の私の兄弟旅行で今回は近場にしようということで浦安の"シェラトン・グランデ東京ベイホテルに宿泊し、≪シルク・ドゥ・ソレイユ≫の"ZED"を見に行った。なんとも、そのダイナミックな演技と幻想的な照明・衣装・舞台装置、そして卓越したテクニックの生演奏に魅了されてしまった。

≪シルク・ドゥ・ソレイユ≫とは、フランス語で(太陽のサーカス)という意味だそうで、その起源は1984年にカナダ・ケベック州のべサンポールという町に集まっていた大道芸人達を、火喰い芸人のギー・ラリベルテがエンターテイメント集団に仕立てて公演したのが始まりだそうだ。

それが今では、日本人を含む40カ国からアーティスト500名を含む総勢3,000名を超える大カンパニーとなり、常設のショウ劇場としては、東京ディズニーランドの"ZED"を始めニューヨークの"ズーマニティ"、ウオルトディズニーの"ラ・ヌーバ"、ラスベガスの有名な水中ショー"LOVE"やマカオを含めて9か所、巡回ショーとしては、"アレグリア"、"サルティンバンコ"、"ドラリオン"、"キダム"や来年春、日本に初登場する"コルテオ"など8公演があるそうだ。

私の兄弟旅行は、親父の時代に苗字と親父の名前の"栄壮(えいそう)"の1文字を冠した『藤栄会』という名前で始まったもので、今でも男兄弟4人の連れ合いを含む6人で毎年続いているものである。兄二人が、 交通事故とガンで亡くなって6人となってしまったが、持ち回りの次回の幹事が来年私達夫婦に来るので、今からどこに行こうか思案を始めたところである。 ZED.JPG

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(上≪シルク・ドゥ・ソレイユ≫の"ZED"と、下シェラトン・グランデ東京ベイホテルの可愛いX'マスツリー)

東京都中央区の"銀座"は、我が国を代表する一大繁華街であり世界の有名ブランド店がしのぎを削る流行の発信地である。当地は、関東大震災と第二次大戦の爆撃で2度も瓦礫の山と化す苦難を乗り越え、1丁目から8丁目まで地元関係者の努力もあって見事に復興をなし遂げた。

♪昔懐かし銀座の柳、と歌に残る柳は枝が伸びると車の交通の支障をきたすと切り払われ、都電の敷石も歩道として再生し、その姿で当時を偲ぶのみとなった。私が先ず"銀座"を初めて意識したのは、1958年(昭和33年)に神戸一郎が歌ってヒットした「銀座9丁目は水の上」という歌である。当時九州福岡に居た小学生の私は、水の上で何が行われているのだろうか?と想像を逞しくした覚えがある。

次に、記憶があるのは親父の転勤で既に東京で暮らしていた高校生当時の1963年(昭和38年)頃、バンの石津謙介が流行をもたらしたアイビー(IVY・植物の蔦の意味)ルックの学生達がみゆき通りを中心に紙袋を抱えて屯した時代である。昭和40年に高校を卒業した私も同じような身なりをして、下手なフォークソングを歌ったものである。

社会人となり丸の内の商社に勤めた私は、先輩社員に連れられ"夜の銀座"をしばしば垣間見るようになった。挙句の果てに、生意気にも当時銀座6丁目付近にあったC&C会館4階の<クラレンスクラブ>の会員となり、"夜の銀座"を闊歩するようになった。C&C会館は成田観光という会社が経営する確か7階建のビルで、当時としては珍しく階ごとに日本料理屋は勿論のこと、バニーガールがいるクラブやバー、美人揃いの高級クラブやサウナなどもあり、どの階も会員であれば自由に利用できたのである。

友人や会社の同僚たちと徒党を組んで、C&C会館を中心に"銀座"を飲み歩いた私の末路はお決まりの〘資金ショート〙で、銀行からお金を借りて全額弁済し、銀行にも1982年(昭和57年)の九州転勤前迄に払い終えたのである。今でも、様変わりした"銀座"を歩いていると当時の甘い思い出とほろ苦い思い出が交錯し、何とも表現しがたい気分になる今日この頃で ある。

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(紅葉が綺麗な季節となりました)

クールビズも終わり10月1日からネクタイをしめ始めた。ところで、この窮屈なビジネスマンの服装に欠かせない装飾である"ネクタイ"はいつ頃からしめ始められたのであろうか?ネクタイ(necktie)は米語、イギリスではタイ(tie)で、その他の国では、一般的にクラバット(cravat)と言うそうだ。

一説によると2世紀頃のローマ帝国の兵士が防寒のため羊毛の布を巻いていたのが起源と言われているが、現在のネクタイの原型は17世紀頃とされている。フランスのルイ14世が、当地を訪れていた妻や恋人から贈られたスカーフを巻いていたクロアチア兵を見て、側近に「あれは何だ?」と尋ねた際に、側近が「クラバット(クロアチア兵)です」と間違えて答えたところから、クラバット(cravat)と呼ばれるようになったそうだ。

種類は、通常のフォア・イン・タイ(結び目が手4つ分上にあるという意味)、細めのタイ(リボン・ポーラー他)や太めのボヘミアンタイ、その他にもアスコット競馬場でされていたと言われているアスコットタイやモーニングタイ、クロスタイ、ストリングタイ或いは蝶ネクタイなどが有るが、軍人や制服警官のタイは首を絞められる恐れがあるため、結び目だけで襟に金属クリップで引っ掛けるといった様式がとられていることは意外と知られていない。

我が国では、NHKの『篤姫』にも登場するジョン万次郎が初めてネクタイをしめたとされており、維新後の明治政府が積極的に洋装を推進したため、役人を中心に急速に着用が広まっていったそうだ。

もうすぐクリスマスシーズンで、「貴方に首ったけ?」或いは、「首に縄をつける?」という意味かどうかは判らないが、恋人が高価なブランドもののネクタイを送るケースがあるが、不思議なもので男はどんなに好きな女性から貰っても、自分が気に入ったものしかしないのである。逆に言えば、背広の趣味や自分の好みを熟知している女性こそその男性に相応しい恋人といえるかもしれない。

ところで、現在持っているネクタイに飽き飽きしている私に、私の好みのネクタイを頂けるような奇特な女性は居らっしゃらないものだろうか?

ネクタイ.JPG(私が比較的気に入っているネクタイです)

我が国の戦後の経済的な復興と今日の繁栄は、総企業数の約9割以上を占める中小企業が支えてきたと言っても過言ではない。特にモノづくりに関しては、原材料を輸入し製品化して輸出する所謂『加工貿易』が日本経済の発展をもたらしたと我々は、学校で習った。

昨日の日経新聞の一面の"明日への話題"という欄に、日産自動車相談役名誉会長の小枝 至氏が≪中小企業の継続性≫というテーマで短いながらコメントしていたが、内容を要約するとこうだ。

我が国が、モノづくりで今後も競争力を維持するためには、大企業を支える多くの、所謂「下請け」
と呼ばれる中小企業の協力が欠かせない。技術開発や生産面で規模が小さいながら、卓越した技術と技能を有する企業の貢献が非常に重要で、特に制度の高い試作部品の作成や樹脂や鋼板の成型に用いる金型の製作は、他国の追随を許さないものがあると説いている。

更に、競争力のある中小企業を頼りにしている日産自動車などの大メーカーが一番懸念しているのは、≪中小企業の継続性≫即ち、技術・技能を身に付けた従業員を引っ張ってきた指導力と方向感覚に優れた社長の後継者が育っているかどうかということだと結んでいる。

昨今の世界同時不況と円高により大企業が生産調整をしているため、多くの中小企業が行き詰まり、倒産の危機に瀕している。少し飛躍するが我々、建設機械のレンタル業界に於いても多くの建設会社が工事用の機械やトラックを保有せずアウトソーシングを進める中、メーカー系や大手広域レンタル業者の隙間を埋めている専業化しつつある中小零細のレンタル業者の存在は想像以上に大きいものと考える。

政府は、くだらない『定額給付金』などに時間をとられる事なく、速やかに我が国の経済を支えている中小企業の経済対策と≪中小企業の継続性≫を推し進めるための対策に全勢力を傾注すべきである。

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 (筑波山100景)


今話題の≪定額給付金≫の骨子が、本日決定されるようだ。金額は国民一人当たり12,000円で、18歳以下と65歳以上の人には8,000円が加算されそうだ。(公明党は、10,000円程度の増額を主張)。又、所得制限は設けず、高額所得者は自発的に辞退して貰いたい旨の麻生首相の談話が昨日発表された。しかし、高額所得者の定義が明確ではなく、年度末までを目標としているものの、今一支給時期もハッキリしないことから発案以来かなり迷走している感が否めない。

果たして、2兆円の支出を要するこの制度は経済対策なのか、或るいは選挙対策なのだろうか?その答えは、評価するが31.4%で評価しないが58.1%というアンケートの結果に表れているように、どうも選挙対策の色が濃いようである。直近の調査では、麻生首相の支持率が低下して(40.9%)、不支持(42.2%)が上回ったそうで、またぞろ彼の指導力にも疑問符がつき始めている模様だ。

先の国会答弁でカップめんの値段を、「400円ぐらい?」と答えたり、9日の学生との居酒屋でのコンパで何を食べたか?と聞かれ「ホッケの煮付け」と答えて『北の家族』から「ホッケは原則焼いて食べるもので、煮付けはメニューに有りません」と否定され失笑を買った。ボンボン育ちの彼がいかに庶民派を標ぼうしても帝国ホテルのバーラウンジをいつも利用しているようでは、土台無理があるようだ。

さりとて、彼に代る指導者が他に居るだろうか?アメリカのように政権交代は望むものの、腹黒そうな小沢一郎には任せたくないという人が多いのではないだろうか。私もその内の一人である。

ところであなたは、≪定額給付金≫を自発的に辞退しますか?しない場合は、それを何に使いますか? 20081111-00000865-fnn-pol-thumb-000.jpeg

2008110921430000 (2).jpgプロ野球日本シリーズは、私の予想通り西武が4勝3敗で日本一に輝いた。7戦の総得点数が、西武の23点に対し巨人の20点という結果で判る通り拮抗した戦いで、近年稀に見る好勝負であった。但し、勝負の明暗を分けたのは、投手の起用方法だった。

 第6戦、西武の渡辺監督は4戦で完封しや岸投手を中2日で4回から登板させ、8回と9回のピンチにも途中でピッチングコーチをマウンドに行かせたものの、交替させずに成功した。きっと、4戦の結果を踏まえ、彼の切れのあるカーブとチェンジアップを交えた緩急自在の投球を巨人打線は打てないと判断したのであろう。そして、岸投手も自信溢れる堂々たるピッチングで首脳陣の期待に応えたのである。

一方、最終戦の7戦で巨人は1点をリードしていた8回に、越智が死球で出した片岡の好走塁もあってノーヒットで同点とされた後、4番中村を敬遠気味の4球でツーアウト1塁とし更に途中出場の野田を歩かせてしまった。デッドボールで出した選手にノーヒットで同点にされた越智投手の動揺は、テレビの画面でも明らかで、当然中村選手を出した後か、遅くとも野田選手を出したツーアウト1、2塁の時点で交替させるべきであった。

これは、結果論かもしれないが、勝負事は結果論でその戦法の良し悪しが判断されるのである。特にプロ野球の監督の手腕が、問われるのが先発、中継ぎ、抑えと分業制になってしまった昨今、投手の起用方法それも交替時機と言っても過言ではない。

ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の監督に決まった原監督としては、3勝4敗の成績で何とか面目を保った?格好になったと言えなくもないが、パリーグファンならずとも何とも釈然としないWBC監督の決定劇となってしまった。

それ以上に釈然としないのは、ヒーローインタビューの途中で放送を打ち切った日本テレビのやり方で、もし巨人軍が優勝していたら当然番組を延長して放送していたであろう。それとも、投手起用の拙さと不振のイ・スンヨプを殆どスタメンで使い続けた原監督を批判するナベツネのインタビューでも流せば最高の視聴率が稼げたかも知れない?





昨日の夕方から開催された中央大学を卒業した経済人の交流会である≪南甲倶楽部≫の附属高校出身者による親睦会に出席した。その席には、中央大学の附属高校3校の校長先生達も見えられ、最近の附属高校の様子や今後の目標、中学校の創設などの詳しいお話を聞かせ頂き大変楽しいひと時を過ごした。

常任理事の方のお話では、我が中央大学は来る2010年に創立125周年迎えるに当り、2008年にはビジネススクールを立ち上げると共に大学の改革に真剣に取り組んでいるとの活動のご紹介があり大変懐かしく、又頼もしく感じた次第である。

そもそもこの≪南甲倶楽部≫は、約50年前の1952年に中央大学OBの財界人の肝いりで発足したもので現在約850名の会員を擁する大学の運営までも関与する大所帯の親睦団体である。現会長には、凸版印刷の足立社長、名誉会長にはセブン&ホールディングの会長兼CEOの鈴木敏文氏、副会長には経団連会長のキャノンの御手洗社長や三菱地所会長の高木丈太郎氏、尾家産業の尾家亮氏他顧問には、日本の砂糖業界のドンと言われている久野修慈氏などのそうそうたるメンバーが名前を連ねている。

≪南甲倶楽部≫の名前の由来は、中央大学の旧校舎(駿河台校舎)が元々南甲賀町(みなみこうがちょう)にあったため命名されたそうで、実は私自身も或る先輩の推薦で入会するまで詳しくは知らなかった。私が入会した理由は、年を重ねてくるにつれ妙に昔が懐かしくなるもので、何故か若い頃は考えもしなかった母校の現状やや友人達の消息を知りたくなってきたからである。既に、本会や同窓会でクラスメートと再会したり旧友の消息を確認できたりで少し胸のつかえが降りた心持だ。

今後は、私も母校のために何かお役に立てたらと心を新たにしたところである。

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200px-Who-is-barack-obama.jpegアメリカ合衆国の大統領に44代目にして初めて黒人大統領が誕生した。その人の名前は、"CHANGE(変革)"を合言葉にして選挙を戦った47歳のバラック・フセイン・オバマ・ジュニアである。彼の母親は白人でハワイで生まれたが、父親は、ケニア人でフセインという名前でわかる通りムスリム(イスラム教徒)だ。つい最近母方の祖母が亡くなったニュースが流れたが、そのすぐ後に大統領に当選した喜びをテレビで語ったのが父方の祖母であり白人と黒人とのコントラストが鮮明であった。又彼は、母の再婚した相手がインドネシア人であったため6歳から10歳までインドネシアで暮らしたらしい。

朝刊紙が売り切れるほどの歴史的瞬間に立ち会えた我々は、幸せ者だといえようが今朝確認した我が国のクイックリサーチでのオバマ氏圧勝の勝因は
①ブッシュ政権の失点が多い    41%
②人物に魅力があった        32%
③選挙戦略が巧みであった      8%
④マケイン陣営の失点が多かった  8%
⑤訴えた政策が良かった        7%
となっているが、マケイン陣営の一時的な支持率リードもそして致命的な敗因となったのも全て副大統領候補のサラ・ペイリンのせいであると言われている。

現在のアメリカの人口約2億9,388万人(世界3位)の75%が白人(アングロサクソンは66%)で、次いで黒人の12%、その次がアジア系の3.6%となっているが、政治経験が浅くマイノリティの彼がいかにこの難局を乗り切るか大いに興味があるところである。我が国にとっても彼が大統領になった事でのメリットも出て来るだろうとの論評が大勢を占めているようだ。

ところで、我が国の総選挙はいつになるのであろうか?
そして、国民が国の指導者を直接選ぶ時代は来るのであろうか?

最近久し振りに会う人ごとに、「太ったね!」とか「一回り大きくなったね!」とか「随分立派なお腹だね!」とか言われる事が多くなった。確かに今年の6月に検診した時の体重約93kgより、更に1~2kg程太ったかもしれない。その際のメタボ検診でも、恥ずかしながら腹囲は101cmとかなり危険区域に入ってしまった。

今から約四半世紀前の昭和57年の商社時代、東京から九州に転勤する時に計った体重が、ピッタリ75kgで身長186cmの私としては、理想的な体型をしていたと言って良いだろう。その後、決して楽をして来た積もりもないが、約20kg太った訳で最近年を重ねるごとに動きも鈍くなってきた様に思う。その間何度か、ジムに通ったり、ランニングしてみたり或いは家でストレッチをしてみたりしたが、生来の怠け者の性分からして長続きは、しなかった。

しかし、最近になってドライバーの飛距離の低下とともに真剣に"ヤバイ!"と思い始め、数日前から腹筋と腕立て伏せを各々20回を1セットとして1日、1回~2回程度始めた。体が慣れてくれば、徐々に1回の実施回数も増やしていきたいと思っているが、先ずは継続することを此処に宣言する。

数か月後の私の体型とドライバーの飛距離に乞うご期待!

ピラカンサス.JPG                          <とあるゴルフ場で見かけたピラカンサス(橘もどき)の実> 

11月1日の土曜日に我が社の恒例の『秋のバーベキュー大会』を実施した。春と秋に行う我が社のバーベキュー大会は、他社さんの場合を存じ上げないもののかなり豪華だと思う。牛や豚肉、ウィンナーやハッシュドポテト、トウモロコシは勿論のこと、サケと野菜をバターと味噌で味付してでアルミホイールで蒸し焼きにする"チャンチャン焼き"や具が豊富な"焼きそば"或いはホタテ、サザエや蟹やイカ、エビなどの"海鮮バーべキュー"は、我々の胃袋を大いに満足させるものであった。(ワイフの糠漬もバーべキューには欠かせません)

用意する飲み物も生ビール、日本酒、焼酎やワインなどを取り揃えるがやはり売れ筋は、生ビールと焼酎である。いつもは仕入先を中心に、お取引先の方を何人かご招待するのであるが、この時期展示会等でご多忙のことと拝察し、ご遠慮申し上げた。但し、何時も6時ころから始めるのだが、その時分に機械を返却に来られた方々には、お酒以外の物を振舞うようにしている。

不景気で先行き不透明なこの折、社員が一丸となって事に当たらなければ立ち行かないものと痛感しているが、その意味でもこのような催しは、十分効果があるものと考える。但し、バーベキューの後に、社員に誘われ町に飲みに出掛けて更に痛飲したのは余計だったかもしれない?

 

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