Archive: 2008年10月
10月31日(金) ≪小粒になったドラフト会議≫
正確に言うと『小粒な選手が多かったプロ野球の新人選手選択会議』が、昨日行われた。大リーグの挑戦で指名されなかった新日本石油ENEOSの田沢投手や巨人を切望していた長野(ちょうの/ホンダ)がロッテに指名された以外は、略有力選手全員が納まるところに納まったという感じである。
1965年に初めて開催されたこのドラフト会議は、40年以上かけてさまざまな変遷を重ねてきたが、サッカー人気や少子高齢化の煽りを受けて年々スケールが小さくなってきた感がある。最も豊作だった年は、私と同期の1968年の年で田淵幸一(阪神1位)、山本浩司(広島1位)、有藤通世(東京現ロッテ1位)、星野仙一(中日1位)、山田久志(阪急現オリックス1位)、東尾修(西鉄現西武1位)、大橋穣(東映現日ハム1位)、加藤秀司(阪急2位)、大島康徳(中日3位)、金田留広(東映4位)、福本豊(阪急7位)、島谷金二(中日9位)、門田博光(阪急12位・入団せず)など、キラ星の如き後のスター選手が数多く指名された。
これも『団塊世代』の影響であろうが、その後も1989年には野茂英雄(近鉄現楽天)、佐々木主浩(大洋現横浜)、新庄剛志(阪神)、小宮山悟(ロッテ)、西村龍次(ヤクルト)、与田剛(中日)、潮崎哲也(西武)、佐々岡真司(広島)、古田敦也(ヤクルト)、石井浩郎(近鉄)、種田仁(中日)、前田智徳(広島)、井上一樹(中日)と、メジャーリーガー経験者4名を排出した豊作の年もあった。
記憶に残る事件?としては、1969年の現在の『逆指名宣言』を行った荒川堯の「荒川事件」や1978年の江川卓の「空白の1日」、1985年のPL学園のKKコンビと呼ばれた桑田・清原の予想を覆す指名問題或いは、2005年の高校選手の抽選結果が誤って発表された事件など多くのドラマを生んできたのである。
今年は原巨人監督が、意中の後輩である大田泰示(東海大相模高)の交渉権を獲得したが、人材豊富な巨人軍では、以前の西武清原のように最初の年から1軍での活躍は叶わないでだろう。いずれにせよ、メジャーリーグへの距離が大幅に縮まった現在、田沢純一投手がアメリカで成功した暁にはペイの問題も有ることから、直接メジャーリーグを目指す選手も増えてくる事が予想される。
有力選手が次々と抜けていって日本プロ野球界は徐々に魅力が薄れていく中、ドラフト会議の在り方は勿論のことペナントレース自体の今後の有り方を真剣に考える時期に来たようである。
![]()
(東海大相模高校の大田泰示選手を引当てガッツポーズをする巨人軍原監督)
ニッポン放送上柳昌彦の朝のトーク番組で、つい先だってまで或る歌が話題になっていた。その歌を番組に流す事自体に、賛否が間半分に分かれていたのである。その曲の題名は、樋口了一が歌う「手紙~親愛なる子供たちへ~」というものだ。
私も、只の1度しか聞いたことがないので定かではないが、痴呆症になる寸前の後期高齢者(75歳以上)の域に達したであろう父親が、子供たちに書いた或る手紙の内容を歌にしたものである。覚えている部分を並べてみると確かこうだったと思う。
・・・私の足が立たなくなってもあなた達がよちよち歩きを始めた時に、私が手を差し伸べたように私に手を貸して立たせてください・・・・・。
・・・私がご飯をこぼして洋服を汚しても、私があなたの子供の時にしたように怒らないで優しく見守って下さい・・・・・。
・・・私の最後の時には、あなた達の誕生の際に私が立ち会ったように、必ず傍で見送って下さい・・・・・。
その哀愁漂うその歌は私達くらいの年代の者にとっては、何とも言葉では言い表せないほど身につまされる内容なのである。ある人達は素晴らしいと評し、その年齢に達した人達や介護の苦しみの真っ只中にある人達は、こんな歌は聞きたくないのでラジオで流さないで欲しいと言ってくるそうだ。
急激に進む我が国の高齢化社会への流れは、止めようもなく私達『団塊の世代』の介護の問題が目前に迫りつつあるが、私も実際にこの曲を聞いてみて何ともやるせなく、歌詞が耳についたその日は、複雑な心境で一日を過ごしてしまった。
皆さんも興味があれば是非一度、その歌を聴いてみては如何でしょうか!
昨日のWBC体制検討会議でWBCの監督に原辰徳氏の起用が内定したようだ。これに関し、友人以外に日曜日の夜に私に届いた、もう1通のメールを略原文のままご紹介しよう。それは、今回の結末を言い当てた私の二男からのメールで、因みに彼は現在某損保会社のラグビーの主将をしている。
『 父上 さま
掲題に関してですが、ポイントは「選手のやる気」を起こさせる監督であるか、だと考えています。
要は人望があるか、つまり、人を引き付ける魅力があるか、という点です。上記観点から、「原」「落合」の2者に絞られてます。(「渡辺」については、実績もなく個人的に人間性をよく知らないので除外)
「原」は長嶋氏に通じるキャラクター性があり、前年のCS決勝で3連敗した際に悔し涙を流し、今年の優勝で嬉し涙を流すことが出来る感性(それは能力だと思いますが)を持っているからです。
「落合」はイチローをはじめ、多くの選手がその「(打撃)理論」に共感をしており、充分なカリスマ性を備えていると考えるからです。
個人的には、「野村」に任せることが「強いチーム」を作る近道だと思いますが、前回のWBCでは、決して監督として特段優秀だと思えない「王」で優勝出来たので、やはり上記の「人を引き付ける魅力」がある人間性が、とても重要な気がします。(「王」のカリスマ性は文句なしですから)
結局、僕の結論は。。。やはり「原」です。(巨人ファンであることは一切関係なし)
現在の早稲田ラグビー部監督である中竹氏は、今シーズンのスタートにあたり、主将に豊田という選手を任命しました。彼は昨年まで、ラフプレーが非常に多く、自分をコントロールすることが出来ない
「感情的」なプレイヤーでした。(要は問題児ということです)
任命した理由として、同氏は「感情を表に出せる人間が、リーダーとして相応しい」と述べています。
僕はこのコメントに、「なるほど!」と、とても感心しました。
僕が我が社のラガークラブの主将として、選手全員の投票で3年連続で選らばれている理由は、この「感情を表に出せる」人間性、能力を備えているからだと思っているからです。
また、父上を見ていると・・・・・・・(我々両親を若干賞賛するコメントが有るためこの部分は割愛)。
この能力は、選ばれた人間しか持っていないものだと思います。
時に故意に感情を表に出し、故意に馬鹿になることが出来るリーダー。
個人的な意見かもしれませんが、僕だったら「是非ついて行きたい!」と強く思います。(勿論、その能力だけでは駄目ですが。。。)
というわけで、この人間性を持っているは「原」>「落合」だと考えたので、「原」という結論を出したわけです。
いかがでしょうか? 』
(野村はやる気満々だった?)
金曜日に書いた≪WBCの監督には誰が相応しいか?≫というブログに対し、大学時代の友人からメールが届いた。私の意見に概ね賛成であるが、日本一にならなくてもセリーグ優勝監督をWBC監督に起用するという考えは筋が通らないし、承服しかねるというものだった。彼は、九州福岡生れで現在埼玉県在住のため西武のファンだそうだが、彼の意見はそれとは直接関係ないとも結んでいた。
日本シリーズは西武対巨人となったが、私の予想では4勝3敗で渡辺西武が勝利するような気がする。何故ならば、西武の投手陣はしっかりしているしバッターも『おかわり君』を中心に昭和30年代の西鉄を彷彿させるような豪快さを持ち合わせ、尚且つコーチのデーブ大久保が原巨人の采配を知り尽くしていると思われるからだ。
スケジュール的には、WBC体制検討会議で今日監督を決定するとしている。選択肢には、現役監督の内から実績のある野村や落合を選ぶか、日本シリーズ勝利監督を選らぶかの二つに絞られて来たようであるが、揉めそうなのは巨人が敗れた場合に原監督を選ぶケースで友人の意見にあったようにパリーグファンを中心に、異論が続出する可能性がある。但し、原監督は5シーズン戦いリーグ優勝3回日本一1回(今年は?)という立派な成績を有し、滝鼻巨人軍オーナーも既に認める発言をしているためすんなり決まる事も考えられる。
WBCで実力有る選手連中を引っ張っていくには長嶋・王・星野・野村などの様なカリスマ性を備えた指導者でなければならないというのが私の考えであるが、原辰徳をそれに加えるという私の意見に皆さんは御賛同頂けるだろうか?
![]()
10月24日(金) ≪WBCの監督には誰が相応しいか?≫
来年3月に開催されるワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の監督選びが難航している。10月17日のWBC体制検討会議で読売巨人軍の渡邊恒雄会長が強力に後押しし、王貞治プロ野球コミッショナー特別顧問が推薦する星野北京オリンピック野球監督に内定しかかったが、同会議のメンバーである楽天の野村監督が、その内容を暴露しマリナーズのイチローも「北京のリベンジに利用するのは反対」と応じたため白紙に戻った経緯がある。
その後22日の公式サイトで星野氏が正式に固辞したため、俄然混迷の度が増したのである。「監督は健康な人がやらなければ選手に迷惑が掛かる」と改めて表明した王貞治氏の目も完全になくなった。又、ファンの支持が多くやる気満々ながらアンチ巨人の色合いが強い野村監督の線も先ず有り得ない。何故ならば、WBC第一次予選の日本が属する組の主催が読売新聞社だからだ。
ここで浮上してきたのが、日本一の監督説で去る23日に王貞治氏が「一番文句が出ないのは日本一の監督だろうが、12球団の足並みが揃っていない」との認識を示した。この線でいくと可能性が有るのは、西武の渡辺監督とセリーグの原巨人監督か落合中日監督である。然し、もし西武が優勝しても1年目で経験の浅い渡辺監督の線はないだろう。理想的なのは今シーズン13ゲームをひっくり返してセのペナントレースを制した、温厚な原監督が選ばれるのが順当だし異論も出ないと思うが、クライマックスシリーズで落合監督に敗れてしまうとこの線も危うくなる。 27日次回会議までには、セリーグのチャンピオンも決まり当日12球団の監督が集まって28人の理想的な代表候補のリストが提出されると同時に、WBC監督も決定するとしているがこの状況では来月にずれ込む可能性も充分考えられる。
私が思うに、メジャーリーグのイチローや松坂、岩村などを招聘するためには確固たる理由付けと説得力のある人選が不可欠であるため、セリーグ優勝監督をWBC監督に選任し現在可能性がある残りの二人をコーチすれば良いと思うが皆さんは如何だろうか?
くれぐれもコーチ陣は、北京オリンピックの星野監督のように『仲良し倶楽部』にはして欲しくないものである!
![]()
(2006年WBCの優勝監督となった王貞治氏)
1名の欠席があったものの無事昨日、≪10周年記念ご招待ゴルフ≫を終えることが出来た。メーカーさんや商社さん等のご協力会社のご提供もあって、盛り沢山の賞品を用意してサプライズ企画も実施したためお客さんたちには随分と喜んで貰えたものと自負している。最近はレンタル屋の展示会ばやりだが、このような企画にはエネルギーとお金を要するものである。
優勝者、準優勝者のスコアが共にグロス92ストローク、3位が91ストロークということで、概ね新ペリアの集計ではこの辺りのスコアが上位に来るようである。私は、94ストロークで6位だったが何とか面目が保てたと思う。それに比べて各組に入って貰った協力会社の方々のスコアが余り芳しくなかったのは、諸事お心配りを頂きスコアメイクできなかったものと心苦しく思っている。
お客様のご厚情と今後のご支援を頂戴するために開催したこのコンペも、彼らのご協力なくしては叶わなかったであろう事を肝に銘じ、少しでもこれから恩返しが出来ればと考えている。
![]()
(藤ヶ谷カントリークラブのクラブハウスの前で記念撮影)
ゴルフを始めて既に35年になる。「35年もやってその程度の腕前なの?」と言われそうだが、残念ながらこの程度の腕前なのである。でも私にとって、こんなに長く続いたスポーツはない。中学から高校の初めまでバレーボールをやり、社会人になってテニスやスキーもかじってみたが長続きはしなかった。
最近ゴルフをやりながら、何でこの小さくて動かないボールを打って穴に入れるスポーツが面白いのだろう?と真剣に考える事がある。それは自然との戦いだからかもしれない。ボールを有るがままの自然の中で、自然(人工?)の障害である川や池やバンカーを避けて、如何に少ない回数で穴に入れるかを競う単純なスポーツだからかも!だからこそ、ゴルフはノータッチでやるべきだと思うし、ノータッチで出来ないゴルフ場は、良いゴルフ場とは言えない。
それと何と言っても、ゴルフは他人との戦いではなく、常に自分との戦いであるためシビアだ。或る時、ゴルフを一緒にした息子に「お父さんは、仕事に関しては慎重なのにゴルフになるとそう大胆になるの?」と聞かれたことがある。それは林に打ち込んだボールを、ホールに向かって狭い林の間を狙ってスイングし案の定、木に当てて失敗したからである。その時は、「ゴルフのスコアが悪くても、命は取られないからね」と咄嗟に答えたが、残念ながらごく少ない確率に賭けようとしたとした悪い自分が安全策を採ろうとする自分に勝ってしまったのである。
よく、コースコンディションが悪くて6インチリプレイスOKのゴルフ場で、良いライで打ちたいがために6インチ以上動かそうとする自分に愛想をつかすことがある。でも今日≪ビー・トライ10周年謝恩ご招待ゴルフコンペ≫を開催する、柏市の『藤ヶ谷カントリー倶楽部』は知る人ぞ知る名門ゴルフコースで、ノータッチで回れるから、大いに楽しみだ。今日の成績結果は明日のブログでご披露しようと思います。![]()
(日曜日に思い立ってワイフとセルフプレイに興じることが珠にあります)
10月21日 ≪東産会≫
昭和44年4月から20年間勤めた東京産業㈱のOB会である≪東産会≫の集まりに初めて参加した。懐かしい面々、約60人余りが帝国ホテルに集まり昔話で盛り上がった。我々同期が一番若手で、上は90歳の方が来られた反面、物故者も何人かいて悲喜こもごものひと時を過ごさせてもらった。
又、私が居た当時に新入社員だった連中が支店長や部長に出世しているのを聞いて、改めて時代の移ろいを感じたが、私の現在の仕事の原点もこの会社の今は無くなったが建設機械部にある。同社は三菱系の機械専門商社で、いくつかあるセクションのうちたまたま建設機械部に配属されたが、当初は柄が余りよろしくない土建屋さん相手の商売が厭で厭で仕方がなかった。
それが、結果的に一生の仕事となった訳で人生とは何とも不思議なものである。出席者の殆どの方々は、サラリーマンとして勤めを全うされ今は悠々自適の生活を送られているようだが、幸か不幸か私には定年がない。「太った、太った!」と揶揄されたので、少しスリムになって来年も再来年も、そしてその次の年も現役のままこの会に出席できればと念じている私である。
![]()
(今日も何故か柿の木の写真です)
10月20日(月) ≪渋柿の苦い思い出≫
昨日孫と近所を散歩していたら、秋を感じさせる柿の実がたわわに木にぶら下がっていました。私は、爽やかな風が吹く秋が好きです。冬の匂いがする、もの悲しい秋が好きです。桜や色んな花が咲き乱れ花粉が飛び交う春よりも、紅葉が美しい秋の方がずーと、ずーと好きです。それは、『味覚の秋』だからかも知れません。
でも、秋の味覚の一つである柿は食べません。食べて死にかけた事があるからです。それは半世紀以上前のことでした。当時九州福岡市に住んでいた私は小学校1年の終わりに親父の転勤で炭鉱町に移り住むことに成りました。今の福岡県鞍手郡鞍手町中山というところで、私の少年期の思い出が沢山詰まっている素晴らしい田舎町です。そこで初めて都会育ちの私が、小鮒釣りやザリガニとり、山芋掘りやヒバリの巣探しを覚えました。
転居したての秋のある日、悪ガキ連中につれられ山に入り≪渋柿≫を採って皆で食べたのです。ところが、家に帰った途端急に具合が悪くなり下痢がおさまらないため、親父の会社(三菱)が経営する病院に担ぎ込まれました。病名は当時としては珍しくもない<疫痢(えきり)>という病気でした。ひきつけを起こしたた時、亡き母がとっさに私が舌を噛まないようにと自分の親指にタオルを巻きつけ私の口に押し込んだそうです。後で、「それはそれは痛かったよ!」言っていた母が懐かしく思い出されます。
当時は、まだ点滴がなくて栄養補給のために両モモに大きな注射でリンゲルという薬を打ち、熱いタオルで揉み解すという辛い治療も何度か体験しました。私が九死に一生を得たのは金縁の眼鏡をかけた年の頃は30過ぎのインテリ風の優しい先生のお陰です。暫くその恩人の名前を覚えていましたが、今は忘れてしまい思い出せません。
それから、私は柿を食べたj事がありません。これからも食べることはないでしょう!でも<柿の種>は、ビールのつまみとして最高です。
![]()
(公園で遊ぶカミさんと孫)
10月17日(金) ≪新潟県魚沼産コシヒカリ≫
今年もお取引先の社長さんから≪新潟県魚沼産コシヒカリ≫の新米を30Kg頂戴した。毎年この時期に玄米の状態で頂くもので、この年になると変な物を貰うより美味しい食物の方がずーと嬉しくて、有難く感じるものである。精米して近々来る予定の孫たちに透明で光り輝く『銀シャリ』を振舞うのが楽しみだ。
この社長さんとは、未だ10数年のお付き合いだが我々建機レンタル業界への造詣が深く、教えられることも随分多いため今の関係を大切にしたい数少ないお仲間の一人である。もともと関西出身だそうだが、大きな会社の東北や関東の責任者を長らく務められ、現在は後ろ盾は有るものの独立して個性的な経営手法で同業者貸しのレンタルを積極的に展開されており、その拡張振りは目を見張るものがある。
こう書くと業界の人は、「ははーん、あの人だな!」とお分かりになる方も多いかと思うが、人間成功すると何かと理由をつけて悪く言ったり、ねたむ人が出てくるもので彼の場合もそういう事例が見受けられる。しかし、私は彼の経営理念と手腕を高く評価しているし、信頼しているため末長くお付き合いを続けたいと常々思っている。
そうです、これだけ持ちあげると来年も≪新潟県魚沼産コシヒカリ≫がきっと来るだろうし、「ひよっとするとおまけで新潟の銘酒が付いてくるかも」と考えている私なのです。しかし、この辺りも彼は既に見抜いているかも!?(^◇^)
10月16日(木) ≪パーティ料理の無駄≫
昨日、千葉で勉強会があり終わった後、恒例のパーティとなった。料理が大変豪華で、刺身・すし・サンドイッチ・スパゲッテそしてデザートと種類も豊富であった。約120人のパーティなので恐らく80~90人分の料理しかオーダーしていないのだろうが、相当数余ったようである。
全国で同じような幾多のパーティが開催され同じように料理が残り、殆ど再利用されずきっと残飯として処理されているのだろう!世界には、飢餓で苦しむ人達が沢山いるが、日本人で餓死する人は滅多にいない。いまだ我が国は、飽食の時代が続いているのである。
出来ればこのような無駄を極力省き、リース業協会も社会のため、何らかの貢献をすべきと考えるのは飛躍し過ぎだろうか?![]()
10月15日(水) ≪KDN40周年大感謝祭≫
12日の日曜日、我が敬愛する機電サービスの石井社長が≪KDN40周年大感謝祭≫と銘打って開催された展示会に家内と共に行って来ました。機電さんの展示会はその日1日のみで、それもお客さんにプレッシャーをかけないように配慮して毎年は行わないため、逆にすこぶる評判が良く機械も沢山売れるようです。
石井社長のご活躍は勿論のこと、何と行ってもハッピをまとって会場内を駆け回る社員さんたちの動きが目に付きました。それにしても、何と食べ物の豊富な事か!タラバガニ・ジャガ芋・焼きソバ・おでん・メロンそして<新宿高野のメロンパン>と腹を空かしていった我々夫婦も帰る時は、立ち上がれない程ご馳走になった次第です。
又、出品各社にも配慮がなされ機種が競合するメーカーはせいぜい2社までで、小間代も一切取らないそうです。確かに、そうすればお客さんたちも物を購入する際に迷わないだろうし、どこかのレンタル屋さんように競合メーカー各社が入り乱れて出品する展示会に比べて、出品するメーカー側の力の入り方も違ってくるだろうと思います。
要するに、他の展示会は売上と利益優先ですが機電さんは、石井社長のポリシーからして文字通りお客さんに対する≪感謝祭≫の意味合いが強いのです。当日、この会社がここまで来れたのも、お客様、社員諸君、そして仕入先のお陰と真顔で話してくれた彼の姿が印象的でした。
引き続き10月22日に開催されるプレステージCCでの40組の豪華賞品付きの大ゴルフコンペ(残念ながら当社のコンペとバッティグしているため私は欠席)、来年6月の"ハワイご招待旅行"と≪感謝祭≫は続きます。私は当レンタル業界に身を投じた時から、石井社長を師と仰ぎ彼の背中を追い続けていますが、容易に追いつけそうにありません。
しかし、こういう褒め言葉をブログに書くと、覗いた彼が『いやいや、そんなことはないよ』と謙遜せず、『そうだよ、来世までかけても追いつくのは無理だよ!』と茶化して言うのが判っているだけに少々癪なのですが!
(中央右のハッピ姿が石井社長)
10月14日(火) ≪ガマの油売り≫
我がホームコース、茨城県石岡市の「やさと国際ゴルフクラブ」の5番ホールのティグランドから天気の良い日には日本100名山の一つである筑波山をはっきりと望む事が出来る。我々の年代では、筑波山と言えば幼い頃、時代劇で見た≪ガマの油売り≫を思い起こす人も少なくないであろう。
『さぁーさぁーお立会い、ご用とお急ぎでない方はゆっくりと聞いておいで。 (中略) 手前ここに取りいだしたるは、筑波山名物≪ガマの油≫、ガマと申しましてもただのガマとガマが違う、これより北、北は筑波山のふもとでおんばこと言う露草を食らって育った四六のガマ・・・・・・』、何ともユーモラスな口調で始まる≪ガマの油売り≫の口上であるが、行者風の香具師が切っ先が良く切れる刀を使って『一枚が二枚、二枚が四枚』と紙を切って見せ、その後自分の腕を切ったふりをし、≪ガマの油≫を塗って治してみせるのである。
本当は、刀の手前側を切れなくしておきそこに赤い色を塗って腕があたかも切れて血が滲んだように見せかけ≪ガマの油≫で消してしまうのである。事実を知ってしまうと何とも他愛のない事であるが、小さい頃は腕が痛いだろうし、なんと良く効く軟膏だろうと思い込んでいたのである。
知ってしまうと詰まらないと思う事は沢山有るが、例は少し異なるが「化粧を落とした美人」もその類かもしれない。厚化粧をしている場合は尚更で、その落差に驚く事が多いし、益して「美人は三日で飽きる」とも言う。本当の美人は、素顔が美しく笑顔が爽やかで、心がきれいな女の人を言うとの結論に異論を唱える男達はいないだろう。
しかし、≪ガマの油売り≫が何故美人の話になったのであろうか?やはり私は美人好き?
(「やさと国際ゴルフ倶楽部」5番ティーグラウンドから見た霞む『筑波山』10月/13日撮影)
10月10日 ≪言い訳≫
人は、期待外れの失敗をしたり約束を違えたり、或いは誘いを断る時に必ず『言い訳』をする。そのパターンは、真実又は嘘を含めいくつか有りそうだ。その一つは、責任を他人に転嫁する場合だ。例えば、待ち合わせ時間に遅れた時に、道路の渋滞や交通機関の遅れを理由にするなどがその典型で、北京オリンピックの野球監督の星野が敗戦を審判のせいにしたのもこの部類に入る。
もう一つが、全く出鱈目な嘘を言ってその場逃れの『言い訳』をするケースで、急に会社を休んだり大事な誘いを断る時に親戚の人間のケガや不幸を理由にする場合がそれである。この『言い訳』は、後で真実が判明した場合は大きく信用を失墜する。
又、「言い訳は一切しません」というのも『言い訳』の一つかも知れない。その他にもいくつか『言い訳』のパターンはありそうだが、特別な理由がある場合を除いて『言い訳』をせずにひたすら謝リ続ける方がどうも人からの受けは良さそうだ。よく亭主が奥さんに浮気の現場に踏み込まれた時、相手と裸で抱き合っているにも拘わらず、否定をし続けなければならないと言われる事があるが、これはどうも頂けないような気がする。
ある雑誌にこのような話が載っていた。雑誌の特派員をしながら長らくパリ生活をしている日本の女性が、パリのカフェは長時間いても平気なので近くのカフェに行き原稿を仕上げていたところ、隣のテーブルできちんとした身なりの紳士が一人でリキュールのグラスを傾けていたのがなんとなく気になった。暫くしてその男性の姿はなく、店のギャルソンが彼の勘定書を彼女に持ってきて払えと言ったそうだ。
「どういう意味?」と問いただすと「あなたのご主人が、払いは妻がするから・・・」と言って先に帰ったという。彼女がいくら見ず知らずの人だと言い訳?をしてもギャルソンは「店の主人に叱られるからどうしても払ってくれ」と言い張ったため、それ以上口論して騒ぎを大きくしても得策ではないと考え払ったそうだ。
そして、その手口が敵ながら天晴れだしお洒落だと思ったそうだ。このケースは『言い訳』をしなくていい人間が『言い訳』をする羽目になった訳だが、もしこの紳士が運悪く捕まった時にどんな『言い訳』を並べるか興味があるところである。
今日は10月10日(TEN)、<空の日>だそうだ。東京オリンピックの開会式があった日で、以前から<体育の日>として天気の好いことで知られている。私もこれからは諸事万端、今日の空のように晴れやかな気持ちで、一切≪言い訳≫をしなくていいような生活を送りたいと考えている。
![]()
(今日もいい天気です!<わが社を裏から望む>)
10月9日」(木) ≪東京三笠会≫
昨日は、転圧機メーカーである三笠産業さんの『東京三笠会』に参加させて貰った。館林工場見学の後、大宮パレスホテルで総会と懇親会が開催されたが、総会の席上での京谷社長の挨拶が強く印象に残った。それは、アメリカ発世界同時金融危機の影響で好調だった輸出が激減し、ここ数ヵ月の機械の出荷台数が前年比約半分に落ち込み、工場も生産調整を開始した為通常の70%の稼働となっているというものであった。
又、国内の販売も低調で麻生内閣の<総合景気対策>の早期実現を希望するとも付け加えた。おりしも、日経平均株価が5日続落し終値は、952円安の9,203円と5年3か月ぶりに安値で円相場も1時半年ぶりに100円を突破したそうで、先行きが全く不透明である。
今回の三笠会では、新型ランマーと「エポックライト」という小型投光機のお披露目があったが、いずれも細かな部分に配慮が行き届いていて、価格もリーズナブルなものでヒット商品となるような予感がした。しかし我々購入する側も『動いてなんぼ!』の世界であるから、早期の補正予算の通過と追加予算の策定が、大いに望まれる今日この頃である。
![]()
(『東京三笠会』での京谷社長のご挨拶)
10月8日(水) ≪2026万円とは?・・・・・≫
ノーベル物理学賞の今年の受賞者が、日本の益川、小林及び南部氏の3人の日本人学者に決まったという明るい記事の脇で、大卒者の平均退職金が2026万円になったという見出しが目に止まった。何でも、ピーク時より400万円以上減ったそうで、その理由はバブル崩壊後の「失われた10年」で減少した事と終身雇用制が見直され転職者が増加して、勤続年数が短くなったせいだそうだ。
私もそのスピンアウトの口だが、2回貰った退職金を併せても、その4分の1にも満たない。自分が選んだ道なので愚痴る積もりもないが、私が思うに中小零細企業では金額はともかく退職金制度自体を明確に定めている企業がi意外と少ないのではないだろうか。
かく言うわが社は、従業員の将来を考えて加入済みの中退共に加え、12月から同じ確定拠出年金である『日本版401K』を導入する事とした。残念ながら何人かは、その資格を喪失しているが、これからは従業員の方々が、明確に意識できる退職金制度でないといけないだろうと考えたからだ。
中退共の運用益も3%から1%にダウンした今、『401K』でうまく運用していけば60歳時点では、運用益はその数倍にもなる筈だが、何とも此処に来ての株安が気がかりである!
(『日本版401K』のカタログ)
10月7日(火) ≪私の絵心とトラウマ≫
最近よく街中や公園などで、水彩画の写生をしている年配者の集団を見かけることがある。きっと、人生の終盤を迎え時間に余裕が出来た人達が、新たなる趣味を発掘するため絵画教室に通っているのだろう。
『絵』といえば、私には小さい頃の苦い思い出がある。それは、小学校の2年生の頃だったと記憶しているが、学年で≪絵心≫がある二人が選ばれて、絵を描き出来栄えの良い方が展覧会に出品される事になった。勿論?選ばれた二人の内の一人が私であった。
静物画で描くものは、その年柄『オモチャノの機関車』だった。私の『絵』は、会心でもなかったがまずまずの出来だったので、当然自分が選ばれると思っていた。ところがどうだろう、普段余り目立たないもう一人の彼の作品が選ばれ、私の作品が選考に漏れたのである。
理由を先生に問い質したところ、私の作品は平(表)面的(surface)で彼の作品の方が写実的(rialistic)であったとの答えが返ってきた。彼の作品には忠実に「光と影」が描かれていたのである。私は、人生初の敗北感を味わいそれがトラウマとなって、好んで『絵』を描くのをやめてしまった。
しかし最近になって、無性に『絵』が描きたいと思うことがある。出来たら暇を見つけて基本から習ってみたいと考える今日この頃である。
(展覧会出品用の絵の題材は『オモチャの機関車』だった)
10月6日(月) ≪我が家の庭の灯篭は親父の形見・・・≫
我が家には、「猫の額」ほどの庭がある。約20年程前に家を購入した際、私がその「猫の額」ほどの庭の半分を和風に、もう半分を芝生を敷き詰めた,所謂洋風に設計した。私は、中学時代の昭和36年に九州福岡から親父の転勤で、東京に来て約半世紀となるが、最初は西荻窪の社宅に住み、その2年後親父が、西東京市に(以前の保谷市)家を買って移り住んだ。
私の庭の設計は、その家の庭を模したものである。当時の庭は、私の記憶では我が家の庭の約3倍程の広さがあったように思うが、何でも高名な庭師が設計したものらしい。親父とお袋は子供達が独立した後、横浜に転居したが、その家の庭も同じ庭師が灯篭を含め一部移築して造ったという。
平成2年に親父が亡くなった時、葬儀はその横浜の自宅で執り行なった。その際、弔問客の今は亡き山田レンタルの社長である山田明氏が私にこう言ったのである。「藤本さん、この庭にあるあの灯篭は大事にしたほうが良いよ!何故って、全く同じ灯篭が金沢の≪兼六園≫に有るからだよ」と。彼は、骨董品の収集家ではちょっと名の知れた人だったので、真偽の程は判らないが、その言葉がずーと耳に残っていた。
その後、お袋も親父を追うように逝ってしまったが、数年前に横浜の家を処分した際に、その灯篭だけは、家内の反対を押し切り、顧客である造園業の方に依頼して今の家の庭に移築した。この灯篭だけが、唯一私の手元に残った両親の形見であり、眺める度に親父とお袋のことを思い出すのである。
さて、私達がこの世に居なくなった後のこの灯篭の運命や如何に?
![]()
≪兼六園の灯篭と同じもの?≫
10月3日(金) ≪松茸って本当に美味しいの?≫
二日続けて食べ物の話で恐縮だが、昨日の夜は赤ワインのつまみに今年初物の松茸のホイル焼きをたらふく食べた。いつもこの時分に、頂くので≪松茸≫好きの私としては楽しみにしているのだが、果たして≪松茸≫って本当に美味しいのだろうか?
「匂い松茸味シメジ」、世間では、松茸は匂いだけは良いが、同じキノコでもシメジの方が美味しいとされている。これだけ松茸を珍重するのは、日本人だけだそうで欧米では、あの独特な匂いを『軍人の靴下の匂い』と言って忌み嫌うそうだ。確かに松茸が椎茸やシメジほど、スーパーに溢れていれば誰も見向きもしないかもしれない。
人間は、自分が持っていなくて人が持っている物や数が少ない物を欲しがるものである。特に日本人はそういう人種の典型である。その証拠に『旬』の果物に、せりで目の飛び出るような値段がつくことが往々にしてある。なんと愚かしい事か!
そう言いながらも明日の夕餉に、香り溢れる熱い≪松茸ご飯≫を頂くのいが大いに楽しみな私なのである!
![]()
10月2日(木) ≪私のお弁当≫
私は毎日、家内の手作りの弁当持参で会社に来ています。そして弁当に必ず詰めて貰う物が三つ有ります。一つは、小さいころから大好きな少し甘みのある卵焼き、もう一つは薄塩味の焼き鮭や銀むつや鱈の粕漬け或いは焼き鱈子、そして最後は、我が家の庭で取れた梅で漬けた梅干しです。
加えて、夏場は、約35年前に家内が嫁いで来たときに持ってきた唯一の財産のぬか床で漬けたぬか漬け、冬場は白菜の塩漬けが有れば何も言うことは有りません。家内も共働きなので、朝早く起きての弁当作りは大変だろうと思うのですが、弁当屋さんの弁当やコンビニ弁当では到底満足出来ないのであります。
今日の献立は、キノコと玉ねぎ入りオムレツ、イカフライ、さつま芋の甘煮、昆布巻き、秋鮭の照り焼き、焼き鱈子、もやしのおしたし、ブロッコリーです。当然、我が家の梅干しやきゅうりのぬか漬けも添えてあります。少しカロリーオーバーかもしれませんが、きっとバランスを考えての献立だろうと思います。
家内は今回のブログに弁当を載せる事に、恥ずかしいとして大いに抵抗致しましたが、昨今話題が乏しくなってきたため敢えて押し切りました。先ずは、早起きの家内に、感謝、感謝!
(左が私の,右が家内の弁当です)
10月1日(水) ≪NY株大暴落と日本経済≫
29日の米下院の金融安定化法案の否決をうけてNY株式市場のダウ平均株価が777ドルも暴落した。(30日の午前には今現在270ドルほど反発しているらしいが・・・)当然日経平均株価も約483円下がり、年初以来の安値を更新した。
私も「すずめの涙」ほどの株を持っているが、最近では株価を確認しようともしないし、見たくもない。「あーあ、あの時に売っておけばよかった」と考えているのは、私だけではないだろう。証券会社の営業マンの口車に乗ったのを後悔している愚かしい私である。
麻生太郎新首相は所信表明演説で、日本経済を3年で立て直すと言っていたらしい。ということは、少なくとも3年間は不景気を覚悟しなければならないと取るべきなのか?銀行も貸し渋りが始まり、我々建設業関連には貸したがらないらしい。何れは建機レンタル業者にも波及するだろうと考え、本当は借りたくないが、我が社も久し振りに融資を受けた。この資金を如何に有効利用するかが、今現在の最大の課題である。
今日は、お客様のゴルフコンペで栃木県まで行く。さーて、雨の中100点ゴルファーとしては、仕事の事はしばし忘れて頑張るとするか!



