8月2日(土) ≪我が家の愛犬『パク』と『花火大会』≫
我が家には以前、愛犬『パク』が居た。
彼は、平成17年12月15日の午前中にワイフの腕の中で静かに逝った。享年15歳であった。
彼は、生まれて間もなく私がサラリーマン当時に住んでいた同じ柏市の社宅のお隣さんちからやって来た。
私のワイフは、物事の名称を面白おかしく短縮したり(例えば・・・長寿テレビ番組の『渡る世間は鬼ばかり』を世間では『わたおに』というが、我が家では初回に放送された時から『わたせけ』で通っている)、直感で名前を付けるのが得意で、彼を見たとたん『パク』ちゃんと叫んでいた。
彼の名はその日から死ぬまで『パク』であった。
彼を飼う羽目になったのは、現在身長185cm体重93kgで社会人になった今でもラグビー漬けの人生を送っている次男が幼い頃、興味はあるものの犬が怖くて犬が居ると大回りして我が家に帰ってきたからである。 そこで男の子がこの体たらくでは婿に行けない?、早速犬を飼おうと考えた次第である。
彼(『パク』)は、私達夫婦が大好きであった。
それは彼を育てる約束をしていた二人の息子たちが、部活を始めてさっさとその義務を放棄したため、朝夕必ず私達夫婦が手分けをしながら30分以上かけて裏の『大津川』の土手周辺を散歩していたからである。
彼は、大変大人しく紳士?であった。
成犬になってからも決して吠えることなく誰にでもなついた。(彼は決して番犬にはなり得なかった)但し、この夏のシーズンに、"吠えるわ、咆哮するわ、涎を垂らすわ"で恐れ慄く日が1日だけあった。
それは『手賀沼花火大会』の日である。彼は雷や花火などの大きな音が大嫌いであった。
今日がその『花火大会』の日である。
たくさんの思い出を残してくれたもともと外犬の『パク』は、死ぬ前の晩、私のベッドルームに敷いたマットの上で、私の口移しの水を美味そうに『ゴクリ』と飲んだ。
そしてそれが今生の別れとなったのである。
彼は、京都に行って買い求めた我が家の庭の"お地蔵さん"の下で眠っている。
今宵は、愛犬『パク』を偲びつつ打ち上げ花火を眺めながら冷えたビールを飲む事にしよう!
≪我が家の愛犬『パク』≫
≪庭のお地蔵さん≫



