Archive: 2008年8月
8月29日(金) ≪焼き肉の日≫
今日は、「やき(8)に(2)く(9)」の日そうだ。
1993年に制定?されたようで、日本人は江戸時代まで獣肉は食べなかったが、今はどんなに肉も殆ど胃袋に入れてしまう。
肉は宗教とも密接に関連している。
牛がダメなのは、ヒンズー教。牛は聖なるものだから。
豚がダメなのは、イスラム教。けがわらしいものだから。
私は、『肉』より『魚』が好きだ。肉は、すき焼き・ステーキ・カレーライスの具以外、年間を通しても殆ど食べない。しかし私のワイフは、正反対で『肉』の方が好きみたいだ。私が出張なんかで、家を空けると、ここぞとばかりに、一人でたらふく『肉』をやらかすらしい。それも豚肉を。
私の知る限り、女性はどちらかと言うと魚より肉が好きな人が多いように思える。
最近又、日本人の寿命が延びたようだが、常に女性の方が長生きである。あらゆる病気や怪我も圧倒的に男性の方が、罹りやすいし、しやすいそうだ。そして死因で女性が唯一多いのが老衰である。
一般的には、年をとると『魚』を食べる方が健康的だと言われているが、果たしてそうだろうか?
いずれにせよ、≪弱きもの、汝の名前は男なり!≫である。
8月28日(木) ≪久しぶりに囲んだ麻雀卓≫
昨日、久しぶりにトラックディーラーの部長さんや商社時代の仲間など、気が置けない連中と麻雀卓を囲んだ。最近だんだん回数も減り、今回も約1ヶ月ぶりのこととて、感を取り戻すのに少し時間を要したが、そこは『昔とった杵柄』で半チャンを終える頃には絶好調?いつもの強気の攻めが奏効し始めた。
大学時代の前半2年間は、グリークラブやフォークソンググループを作って現をぬかし、学園紛争の嵐が吹きまくった後半の3年、4年生当時は、麻雀、合コンそして休みの時は旅行とキャンパスライフを大いに謳歌していた。いわゆる軟派というやつである。
私は、昭和43年の<お茶の水カルチェラタン>、同44年の1月の全共闘の<東大安田講堂占拠事件>を横目に、お茶の水の雀荘(確か『マリ』という名前だった?)で、ほぼ毎日のように友人と組んで知らない学生相手に打っていた不埒ものであるが、大学がロックアウトされていたため論文で卒業できた幸運の持ち主でもあった。
つい最近、大学の同窓で建機レンタルに携わっているほぼ年恰好も似通っている方とお話をしていたら、彼はバリバリの全学連の闘志だったそうで、お陰で就職もままならず専門誌の出版社に何とか滑り込んだ後、途中で方向転換し現業に就いたとの事。
歩んできた道は180度違うものの、私達の大学入学当時の出発点と社会人としての終着駅が同じという現実に何か運命的なものを感じたのは、私だけでは無かったようだ。
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(まずまずの手だな!)
8月27日(水) ≪秋のおとずれ/秋きぬと・・・≫
<秋きぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞ驚かれぬる>
36歌仙の一人である藤原敏行が、古今和歌集で立秋の日(現在は8月7日)に詠んだ歌で、「秋がきたと目には鮮やかに見えないけれど、これまでとは違う風の音には驚かされる。もう秋が来たと感じずにはいられない。」という意味ですが、何ともシンプルで透明感のある歌でしょう。
我々も今、暑さのピークが過ぎて同じような心境ですが、この時期に思い出すのは中学や高校時代の宿題の追い込みや補習授業などの余り楽しくなく、どちらかといえば忌まわしい出来事です。
社会人になっても追い込みはしんどいもので、益して経営者としての月末・期末或いは決算期の〆は景気が悪い昨今では、尚更のことです。
新古今和歌集に同じ秋の歌で、紫式部が請われて詠んで藤原道長が返歌した次のような名歌が有ります。
紫式部 <女郎花(おみなえし) 盛りの色を見るからに 露の分けきる身こそ知らるれ>
(女郎花の花盛りを見ると、露を含んできれいですね。わが身を振り返ると衰えを感じます。露は人を区別するのでしょうか。)
藤原道長 <白露は分きても置かじ女郎花 心からにや色の染むらん>
(そんなことはないよ、露は差別して葉っぱに置くわけでもないだろうからね。女郎花はきっと自分の心から、美しい色に染まっているんだよ。)
何とも、季節を映した淋しい歌です。
でも、花粉が飛びしきる『春』よりも淋しくて忌まわしい思い出がある『秋』方が、私はずっと好きです。皆様はいかがですか?
(おみなえし)
私達は遠くを見ているだろうか?
私は、小学校や中学校への通学路で田んぼや山々を眺めながら友と一緒に学校へ通った記憶がある。
小さな船の船影やカモメが飛び交う大海原やきらめく星座に目を凝らして眺めていたことも。
今、私やあなた達は遠くを見ているだろうか?
駅の電光掲示板、ファミリーレストランのメニューのカロリー欄、テレビのバラエティー番組、そして最たるものはPCや携帯電話の画面など大抵近くのものばかり見て暮らしているように思う。
電車に乗ると約3分の1の人達、いや大げさに言うと約半分の人達が、携帯電話の画面を覗き込みメールを打ったり、ゲームに興じている。確かに市街地ではビルやマンションが林立して遠くを望めなくなったし、それにも増してインターネットや携帯電話サイトの情報は今の時代、必要不可欠となり遠くを見る機会も少なくなりつつある。
最近、日本人の大きな特徴と考えられているメガネをかけた人達が、昔に比べて急に増えて来たような気がする。それに伴い昔では考えられないような特異な犯罪の増加も。
それもこれも、きっと日本人に余裕が無くなり遠くを見なくなったせいかもしれない。
今でも東京を少し離れると、場所によっては富士山も見えるし、広がる田んぼや畑そして星空も眺めることができる。
よし、ここらでみんなでメガネを外し、昔みたいに目を凝らして遠くを眺めてみようでは有りませんか!
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<雨のそぼ降る手賀沼を望む/大津川に架かるヒドリ橋からの今朝の情景>
8月25日(月) ≪ワールドウォッチフェア≫
昨日の日曜日、池袋の東武デパートで開催されている≪ワールドウォッチフェア≫に行って来ました。私の少ない趣味の一つに『腕時計集め』があります。社会人になってから気の向くままに集めた安物の腕時計が、約17~18個ほどベッド脇の引き出しに入っています。
年に1度開催されるこの催しに、昨年も東武の外商の方にお誘いを受けたのですが、見れば欲しくなるしさりとて先立つものはないしと言う事で、今年初めて足を運んでみたのでした。
行ってみると、ローレックスやオメガ、カルティエは勿論の事、オーデマピゲ、パティックフィリップ、ブレゲ、ヴァシュロン・コンスタンティン、A.ランゲ&ゾーネ、フランクミュラー、ピアジェ、ブランバン、はてはスイス有数の機械式時計であるジャガー・ルクルトや幕末に初めて日本に伝来したスイス時計ジラール・ベルゴ、ドイツの地名をとったグラスヒュッテ、天才時計師と呼ばれた"ジャケ・ドロー"の名を冠するものまで、時計好きの者にとっては、垂涎の名機ばかりで瞬く間に3時間が過ぎ去ってしまったのです。
そして最後の最後に、20年来欲しいと思い続けていたあるブランドのショウケースの前に私は、立ちました。「この時計を見せてください!」と叫び?、1年間貯めた『虎の子』でなんとか手が届く、私の腕によく似合いそうな、そしてそんなにも高くない時計を買い求めたのでした。
それは、数週間後に私の元に届くはずです。
もし、すこしでも興味のある奇特な好事家の方は、その時以降に私の所にお越し下さい。お粗末ながらお披露目出来るかも?
〈或るスイス時計メーカーのブース)![]()
8月22日(金) ≪準決勝(セミファイナル)が面白い!≫
北京オリンピック女子ソフトボールで、日本がアメリカを破り悲願の金メダルを獲得した。
予選と準決勝・3位決定戦で2度もアメリカに敗れたにも拘わらず、上野投手の獅子奮迅の活躍で成し遂げた快挙である。よく高校野球などのトーナメントでは、準決勝が一番面白いと言われる。
北京オリンピックの決勝トーナメントは、ページシステムという方式が採用されていて予選1位と2位が対戦、3位と4位がそれぞれ対戦する。1位と2位の対戦で勝ったチームはそのまま決勝に進出し、負けたチームと3位と4位の対戦で勝ったチームが戦って、負けたチームが銅メダルとなる。又、そこで勝ったチームと最初に1位と2位で勝ったチームが金メダルと銀メダルをかけて決勝戦を戦うというものだ。
日本チームは、準決勝で延長12回の激戦の上、オーストラリアを下して決勝に勝ち上がった。アメリカとの過去2度の対戦は、完敗であったためアメリカのどこかに油断が有ったのかもしれない。1度気が緩むとなかなか引き締めることが、難しい。それに比較して日本は背水の陣だったため、チーム一丸となって、それこそ10回戦って1回勝てるかどうか分からない相手に対し、『火事場の馬鹿力』を発揮したのである。
女子球技の金メダルは、32年前のモントリオールの女子バレーボール以来だそうだ。これもオーストラリアとの準決勝の激戦を制したしたからこそと思う。
決勝は勿論であるが、準決勝がもっと面白かった!
≪今朝の散歩で見つけた秋≫
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8月21日(木) ≪あれから、もう40年・・・・?≫
昨日久しぶりに、大学時代の友人3人と酒を飲んだ。場所は、同じく付属高校・大学の同級生の三関(みせき)君がやっている上野の『ふみ作』(03-3834-2339)である。
高校・大学で一緒の吉原君以外の重藤君と昆ちゃんは私同様、現役バリバリで彼らが話す言葉に、新たな活力を貰った感じがした。一方、グリークラブで一緒に歌を歌っていた吉原君は、大企業を優秀な成績で勤めあげ、今では趣味が高じてピアノを習っているそうだ。「早く上達してレパートリーを増やしコンサートを開いてくれよ」と半分冗談、半分真顔で言いながら、ちょっぴり羨ましく思えた。
話題は、殆どが40年以上前の出来事やエピソードばかりであるが、不思議なことにそれらの光景が昨日のことの様に、目の前に再現されてくるのである。それこそ、昨日のことはすっかり忘れているのに・・・・・。当時、毎日のように同じ時間を過ごしていたわけだから、風貌や体形が変化しても声は余り変わらないようで、そう思えるのもあながち不思議ではないのかもしれない。
最後は、先に帰った重藤君以外の3人で場所を替えて互いに変わらぬ声で、遠い昔を偲びつつ思いっきり歌を歌って別れた。
勿論、次回会う時期と場所を決めたのは言うまでもない!
8月19日(火) ≪格闘技と球技/個人競技と団体競技≫
北京オリンピックも後半戦の大詰めに入ってきた。
今日現在日本の獲得メダル数は、金メダル8個を含む20個であるがその半数以上が、柔道、レスリング、フェンシング等の格闘技である。球技は、メダル確定の女子ソフトボール他、女子サッカー、女子バレーボール、野球を残すものの未だゼロ。
格闘技は、当然の事ながら個人競技でありボールゲームはチームプレイが大半である。日本人は、階級制がある格闘技即ち個人競技が向いているのかもしれない。陸上や水泳も殆どが個人の競技だが体力的に劣る日本人には、極めて厳しいスポーツだ。
過去球技でメダルを獲得した競技には、40年前のメキシコオリンピックの男子サッカー、東京オリンピックの女子バレーボール或いはミユヘンの男子バレーボールが記憶に残っているが、釜本選手や大松監督(河西主将)、松平監督(大古主将)等いずれも強烈な個性を持った指導者や『お山の大将』がいた。そういう意味では、個人プレイに近かったのかもしれない。
さて、企業に置き換えてみるとどうだろうか?当然、チームプレイと考えるべきだろうが、現在ビッグカンパニーのトヨタ、ソニーやホンダも昔は中小企業であった。強烈な個性とアイデアを持った指導者と有能な社員が居たからこそ現在があるという風に考えるのが自然だろう。
優良企業は、≪一騎当千≫の社員の集合体である。 そして我が社もそれを目指している!
8月18日(月) ≪盂蘭盆/ウラバーナ≫
13日から17日までの長めのお盆休みで、久しぶりにのんびりと二人の息子達家族と過ごし、英気を養うことができました。 その間、暇にまかせて『お盆』の起源である≪盂蘭盆(うらぼん)≫に付いて調べてみることにしました。
≪盂蘭盆≫の語源は、インドのサンスクリット語で「ウラバーナ」から出典しており、「逆さ吊り」を意味するそうです。つまり≪盂蘭盆会(うらぼんえ)≫は、もともと苦しい逆さ吊りを逃れるためにやった行事が、現在の死者を年に一度現生に呼び戻す行事に変化して行ったようです。
昔、中国に『目蓮』という僧が居て、母親が餓鬼道(地獄)に落ちて苦しんでいるのを見て、師である『釈迦』に「なんとかして母を供養したいのですが、如何したらよろしいでしょうか?」と尋ねたところ、『釈迦』から「100日行という厳しい修行を終え、伝導に出る衆僧に食べ物を振舞い供養するが良かろう!」との教えを受け実行したことが始まりと≪盂蘭盆経典≫に記載されているそうです、
我が国での≪盂蘭盆会≫は、推古14年(606年)に法興寺で催されたのが最初だそうで、それ以来≪お正月≫と並んで、国民的な行事になった様ですが、 我々建機のレンタルに従事する者たちにとっては、売上の面で決して歓迎すべき行事でないのは、言うまでも有りません。
【我が家で見つけた蝉の抜け殻】
8月12日(火) ≪ミニショベル減産体制へ≫
我が国の建設機械の生産台数の約1割を占めるミニショベルが、減産体制に入ったという記事が日経新聞の昨日の夕刊の1面に載っていた。その左隣には『北島 世界新で連覇』という明るい文字が躍っているのとは対照的に、我々建機のレンタルに携わっている者としては、重苦しい話題である。
その記事によれば、ミニショベルの需要の9割を我が国、北米、ヨーロッパの先進国市場で占めているそうで、北米のサブプライムローン問題や我が国の改正建築基準法の施行、そしてヨーロッパでも英国やスペインでの住宅建設ブームが下火になったことを受け急激に需要が落ち込んいるみたいだ。
ミニショベルの生産世界1位のクボタ、同2位のコマツが共に、2~3割程度の減産体制に入った事は、トヨタの自動車減産のニュースと並んで日本経済が完全に景気後退局面に立ち至った証左であり、今後景気対策の議論が再燃する筈だある。
今の日本には、明るい話題が余りない。
しかし、北京五輪の開会式の瞬間視聴率が40%を超えた模様で、国民的行事には何事にも無関心な若者たちも興味が有るようだ!高齢化社会に向かう我が国に於いて、8年後の東京オリンピックはどうもカンフル剤になりそうである。
ここ数年の彼女の戦法に、私は首を傾げざるを得なかった。勝っても若い当時の攻めの姿勢が感じられず、相手の攻めを返すという戦法を取り続けた。ボクシングで言えばカウンター戦法で、良く言えば相手の力を利用する、悪く言えば消極的なのだ。
12年前にアトランタで北朝鮮選手に負けて以来の外国人選手に対する敗退だそうだが、私は最初から、金メダルをとったルーマニアの選手に気持ちの上で、負けていたように思える。彼女は、国内選考会で負けた日本人選手のためにも積極的に攻め続け、絶対に金メダルを持ち帰えなければならない宿命を背負っていた筈だ。
かつて日本柔道界に君臨した山下泰裕も、外国人選手に負けないことで有名だった。彼の場合、全盛期の前半は遠藤、後半は斉藤という強力なライバル達が居たが、彼らにも決して負けなかった。何故なら、彼はどんな状況でも攻め続けたからである。
勝負事でよく使う言葉に"攻撃は最大の防御なり"というのがあるが、谷亮子は北京オリンピック準決勝の5分間、いや後半の2分間を悔いているだろう。恐らく5個目のメダル獲得の感激は全く無いと思う。 そしてこの2分間は、一生死ぬまで悔しい思い出として残るであろう。
企業においても、経営者は"攻めるべきか守るべきか"の選択を迫られる時がよくある。
私は迷った時は、"攻める"事にしている。
それは、勝利の女神が往々にして"攻める"側に微笑むからである。
8月9日(土) ≪我が社のボーリング大会≫
昨日は、我が社の年に一度のボーリング大会だった、
3人一組に別れて成績を競い、優勝チームには1人3千万円?の賞金が出る。ベストグロス賞や最多ストライク賞を併せて取った日には、家族総出でリッチな夕飯が喰える(I'ts joke!)手筈になっていた。
期待を込めて投げてみたものの吾輩の成績は、1ゲーム目は僅か93点、2ゲーム目は116点、併せて209点と散々な結果に終わってしまった。多少腰痛が再発していたものの、1ゲーム100点以下のスコアは初めてである。
要するに足腰が弱っていて、ボールを投げた後のフィニッシュスタイルが取れないのである。
何と情けないことか!
吾輩達ボーリング世代は、一時期ほぼ毎日のようにボーリング場に通い、連続5、6ゲーム位は平気で投げていたもので、ハイゲームは確か205点だったと記憶している。今思うと隔世の感があるが、同じチームの女性スタッフ山本さんの奮迅の活躍で、それでも何とか3位/1千万円?の賞金を頂戴した。
"謝々!山本さん、来年も同じチームでお願いしまーす!!
8月8日(金) ≪星野ジャパン・団塊監督と団塊コーチ≫
注目の北京オリンピック、星野ジャパンの初戦まで後5日となった。
去年、ある建機メーカーさんの会で星野仙一監督の講演会があったが、コーチ選びが最初の仕事だったそうだ。先ず、閃いたのが大学時代の"同期の桜"田淵幸一(元ダイエーホークス監督)と山本浩二(元広島東洋カープ監督)だそうで、明治大学出身の星野と法政大学出身の二人とは、プロ野球に入団した後もしのぎを削った間柄ながら無二の親友であることは、つとに有名である。
星野が、彼らに電話してそれ以外言わず「わかったな!」と第一声を発すると、両者とも「わかった!」と答えたそうで、特に阪神時代に広島カープ山本監督から阪神優勝の立役者である金本選手を引き抜いた際の苦労話を交えながらそう語ってくれた。
田淵を打撃兼任のヘッドコーチに、山本を守備・走塁コーチにしたが、必ずしも彼らの手腕を買ったわけではなく、見識ある大野投手コーチを加えたコーチ陣がムードを高めていく為のベストの布陣と考えたようである。
星野、田淵、山本の3人は前にも述べたように昭和44年卒の私と同じ『団塊の世代』なので、私自身一方ならぬ思い入れがある。もし優勝するとなると日本プロ野球界では、約3年半前のワールドベースボールクラシックの王ジャパンに継ぐ偉業となるわけだが、恐らくその盛り上がり方は、当時を遥かに越えるものとなるだろう。
プロ野球は現在、ペナントレースの真只中ながら話題は既に来年の監督交代まで及んでおり、ヤクルト、中日、阪神、西武、日ハム以外の球団は監督交代の可能性が極めて高い。
オリンピック優勝となると"星野巨人"という話が再燃することも確実で、注目されるところである。又、残る田淵や山本の監督就任も有り得ない話でなく、そうなった時の彼らが敵味方に分かれて戦うプロ野球人気は、きっとうなぎ登りとなるであろう!
そして我々『団塊の世』の熟年パワーも復活するのである。
8月7日(木) 熱い≪旭川ラーメン『うえだ』≫
山の手線恵比寿駅の近くに旭川ラーメン『うえだ』という店がある。
そこの経営者、植田治俊君は私のサラリーマン時代の4年後輩である。サラリーマン当時の彼は、トップセールスマンで営業全般をきっちりとクロージングできる数少ない一人であった。
学生時代に空手をやっていた彼は、普段はそれを感じさせない優しい風貌の持主だが、一旦燃え上る?と簡単には消せない"熱血漢"でもあった。バブル期の銀座のタクシーは、行き先を聞いて妙味がないと乗せない「乗車拒否」が横行していたが、ある日彼は先輩の私のためにタクシーのボンネットの上に乗ってそれを阻止してくれた。
静岡県修善寺町の有名な旅館の御曹司で坊ちゃん育ちだった彼は、兄貴が継いだ旅館業を手伝うため、惜しまれながら数年でさっさと会社を辞めていった。当時その潔さに感心したものだが、時代の流れで旅館業がうまくいかなくなると今度は、予てよりやりたいと思っていた『ラーメン屋』をいつの間にか恵比寿で開業してしまったのである。
その勇敢なる変身ぶりに、私は驚き、感心させられそして大きな勇気を貰った。
今、彼は新たなる"挑戦"を考えているそうで、きっと又驚かされるだろうし、新たな勇気を貰えると思うと大いに楽しみである。
≪旭川ラーメン『うえだ』 03-3791-8755≫
8月6日(水) 交遊抄≪兄貴分の師・・・石井 日出徳氏≫
昨日、機電サービスさんの納涼大会に招かれて伺った。今回の会には二つの重要な目的があった。それは、同社が創立40周年を記念して4年ぶりに開催する『記念建機展』の決起集会と併せて昨年3月の火事で焼失した石井邸の建替え新築ご披露の意味を含んでいた。
石井社長と私の付き合いは、周囲の皆さんが思っているほど決して長くはない。以前から存じ上げていたものの、本格的に交遊を持ったのは私がサラリーマン時代、九州から転勤で東京に戻って来た昭和62年からである。約5年ぶりに、ご挨拶に伺った私に、転勤前のチョッとしたトラブルをよく覚えて下さっていて、それを修復するために私から機械を買ってくれたことがきっかけである。
それ以来、家内共々公私に亘り大変お世話いただいている。特に私が10年前に起業した際には、本店登記地をご提供いただいた上に、お願いした役員就任も二つ返事でご承諾頂く等その恩義は筆舌に尽くせない程である。私にとって、兄貴分であり、決して足を向けて寝られない大恩人である。
又、石井社長の商売に対するひたむきさと天性の"商売勘"は余人をもってして決してなし得ないものである。私は、困難に遭遇した際は必ず石井社長に相談するし、相談しないまでもあの人だったらどう乗り切るだろうかと考え、結論を導くようにしている。
ウイットにとんだジョークやユーモアも一流で、『吉本興業』にでも入っていれば、今ごろバリバリの大幹部?に成っていたかもしれない。
見た目に依らず趣味は、書画骨董で下手な『ゴルフ』も私とどっこいというところか?
将棋も互いに『へぼ将棋』で、以前ハワイからの機中、食事もそっちのけで指し続け疲労困憊したことがあったが、今となっては良い思い出である。
我々建機レンタル業界も市場の縮小、談合禁止、改正建築基準法の制定或いは材料の高騰等で、大変厳しい状況にあるが、石井社長であれば10月の『40周年記念大感謝祭』を成功裏に終わらせるだろうと信じている。私も0.7のバックホーは無理としても水中ポンプの1台でも付き合わなければなるまい。(It's joke!・・・)
そして、成功を祝いつつ、一向に決着がつかなかった『ゴルフ』と『将棋』で彼を"ギャフン"と言わせることが出来たら、最高である。
≪KDN40周年記念大感謝祭のチラシ≫
≪40年間の歴史を刻む"ハワイ旅行"や"ゴルフコンペ"の写真集≫
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8月5日(火) ≪サモトラケのニケ≫
昨日8時過ぎに帰宅し、テレビのリモコンスイッチをONにしたら、私の好きなクイズ番組"Qさま! 能力検定プレシャー学力試験"という番組が目に飛び込んできた。そこで私は、スポーツ用品の「ナイキ」のマークが、ギリシャ神話に出てくる『勝利の女神・・・ニケの像』の羽根をシンボリックにデザインしたものだという事を、初めて知った。
確かに「ナイキ」は『NIKE』を呼び変えたもので、スポーツ好きのの大方の人達が知っているだろうと思うと、常々「ナイキ」のゴルフ用品を愛用している自分の無知さに恥じ入ってしまった。
『ニケ』はローマ神話でも『victoria』(ビクトリア又はウィクトリア)と言い、『勝利の女神』である。最も有名なそれは、フランスのルーブル美術館にあるギリシャのサモトラケ島で発見された≪サモトラケのニケ≫であろう。頭と手が無く、羽根を広げている女神と思しき像は、皆さんもむかし美術の教科書かなんかで1度や2度見た事があると思う。
この像は、ルーブル美術館においては、≪ミロのビーナス≫と並び称される至宝で、頭が無いだけに想像力が逞しい私としては、興味をそそられる作品である。残念な事に、今から約25年前に1度だけフランスを訪れた際、ルーブルは何らかの理由で閉館中だったため"千載一遇のチャンス"を逃してしまったが、私にとって、その日から≪サモトラケのニケ≫は文字通り永遠の女神となってしまったのである。
北京オリンピックまで、後3日! この≪サモトラケのニケ≫は、何人の日本人選手の前に舞い降りて来てくれるのだろうか?それを思うと興味は尽きずワクワクする今日この頃である。
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8月4日(月) ≪自然との戦い!≫
全英女子オープンの日本勢の活躍に触発されたわけではないが、昨日久しぶりにゴルフの練習に行った。
私がよく行くゴルフ練習場は、2階は別としてご覧の通り足場が土である。近くにはいくつかの設備が行き届いた練習場があるが、足場が土の所はここだけである。私は、土の練習場が好きだ。
何故なら、ゴルフコースのスルーザ・グリーンは、当然の事ながら、全て土の上に芝生が張ってあり、土のほうがよりゴルフコースにに近い状況にあるからだ。同じように、夏の練習場の冷房(扇風機程度は許せるが)や冬の暖房も私は、嫌いである。夏のコースは暑いのが当たり前、冬のコースは寒いのが当たり前で、「打ちっぱなし」もより自然に近いほうが、本番で自分の実力が発揮しやすい。
そう、≪ゴルフは、自然との戦い!≫なのだ。
但し、打球マットだけは別で、これが無いと打てない。
私の実力では、土の上でフェアウエイウッドやロングアイアンは元よりショートアイアンも打てないのである。たまに、アプローチの練習で土の上で打ってはみるものの、トップしたりダフたりするのがおちで直ぐ止めてしまう。
私のオフィシャルハンデキャップは、恥ずかし?ながら"14"である。
このハンデキャップは10年以上前に取得したもので、今では100を切るのがやっとである。
そう、年を重ねるに従ってゴルフが下手になってきた。
これも≪自然?との戦い!≫で、止むを得ないところか?!
8月2日(土) ≪我が家の愛犬『パク』と『花火大会』≫
我が家には以前、愛犬『パク』が居た。
彼は、平成17年12月15日の午前中にワイフの腕の中で静かに逝った。享年15歳であった。
彼は、生まれて間もなく私がサラリーマン当時に住んでいた同じ柏市の社宅のお隣さんちからやって来た。
私のワイフは、物事の名称を面白おかしく短縮したり(例えば・・・長寿テレビ番組の『渡る世間は鬼ばかり』を世間では『わたおに』というが、我が家では初回に放送された時から『わたせけ』で通っている)、直感で名前を付けるのが得意で、彼を見たとたん『パク』ちゃんと叫んでいた。
彼の名はその日から死ぬまで『パク』であった。
彼を飼う羽目になったのは、現在身長185cm体重93kgで社会人になった今でもラグビー漬けの人生を送っている次男が幼い頃、興味はあるものの犬が怖くて犬が居ると大回りして我が家に帰ってきたからである。 そこで男の子がこの体たらくでは婿に行けない?、早速犬を飼おうと考えた次第である。
彼(『パク』)は、私達夫婦が大好きであった。
それは彼を育てる約束をしていた二人の息子たちが、部活を始めてさっさとその義務を放棄したため、朝夕必ず私達夫婦が手分けをしながら30分以上かけて裏の『大津川』の土手周辺を散歩していたからである。
彼は、大変大人しく紳士?であった。
成犬になってからも決して吠えることなく誰にでもなついた。(彼は決して番犬にはなり得なかった)但し、この夏のシーズンに、"吠えるわ、咆哮するわ、涎を垂らすわ"で恐れ慄く日が1日だけあった。
それは『手賀沼花火大会』の日である。彼は雷や花火などの大きな音が大嫌いであった。
今日がその『花火大会』の日である。
たくさんの思い出を残してくれたもともと外犬の『パク』は、死ぬ前の晩、私のベッドルームに敷いたマットの上で、私の口移しの水を美味そうに『ゴクリ』と飲んだ。
そしてそれが今生の別れとなったのである。
彼は、京都に行って買い求めた我が家の庭の"お地蔵さん"の下で眠っている。
今宵は、愛犬『パク』を偲びつつ打ち上げ花火を眺めながら冷えたビールを飲む事にしよう!
≪我が家の愛犬『パク』≫
≪庭のお地蔵さん≫
今日の日経新聞の社会面で"振り込め詐欺 最悪ペース"という記事が目をひいた。
今年の上半期(1~6月)の全国の被害総額が約166億8千8百万円に上ったことが警察庁の調べで分かった。
その内、高齢者を狙い税金や年金などの還付と偽って現金を振り込ませる「還付金詐欺」が件数で約30%弱、額で20%強を占めているとのこと。
さて、冒頭の数字だが、お分かりになった方も多いと思うが、同じく今日の新聞に載っていた日本人の平均寿命である。女性が前年より0.18歳、男性が0.19歳延びてそれぞれ85.99歳(世界1位)と79.19歳(同3位)になったそうだ。
又、住民基本台帳によると75歳以上の後期高齢者が総人口の10.04%となり、初めて1割を超え15歳未満の年少人口の13.62%に近付きつつある由、いよいよ我が国は世界で類を見ない高齢者社会に突入したわけである。
"振り込め詐欺"が横行する原因としては、犯人側に被害者と直接コンタクトしないため、罪の意識が薄く、「お金持ちのお年寄りから少しお金をせしめる」程度の感覚しかないのかもしれない。
振込の際、使用される携帯電話やコンビニにも常設されたATMが重要な役割を占めていることと、高齢者社会という環境が、このての犯罪を生んだ大きな要因と考えられる。
『なぜこんな単純な詐欺に引っかかるんだろ?』と常々思うが、さて自分がもし独居老人になった時に、更に巧妙な言い回しで勧誘された場合、被害に遭わない保証がどこにあるだろうか?
過去の行状からして、私が平均寿命まで生きるとは思えないが、もし生きるとしたら後約・・・年、家族の大切さを思いつつ、つくづく歳はとりたくないと考える今日この頃である。
(携帯電話とATM)



